第二話「腐天使はおせっかいを引き受ける」
葉桜の並木通りも、この時期になると少しずつ枯れ葉に変化していく。次第に移り行く自然の営みを感じる……訳もない。
ただただめんどくさい。春もそうだがこういった桜並木の通りに構える家は掃除が大変なのだ。
「ここ桜の花が幻想的で素敵ね」などと言って家を購入した母親に文句を言いたい。もう少し楽な家はなかったのかと。そんなめんどくさい一軒家に暮らしているのは今は姉と弟の二人だけだ。
両親は海外で仕事をしており、姉はすでに独立して副業としてOLをしている。
ちなみに、言い間違いではない。OLは副業なのだ。
「やばい!! このアイハチのシンジ君コス神!!」
「華恋さんこそ!! なんですかこの新作同人誌!! 尊い!!!」
本業はこっちである。
この腐女子を家に上げたという時点で大体予想してたが、女二人が全開のオタトークを繰り広げている。一人はスマホ片手にコスプレ写真を見て緩んだ顔を見せ、もう一人は姉の作ったBL同人誌を見て鼻血流してる。
なお、あのエセ武士オタクがアサリアだという事は哲也にも想像ついていたので、この家にアサリアがいても対して驚きはしなかった。
哲也がオタクを毛嫌いしている理由はこれである。
あまりに姉が本来の本業であるはずのOLそっちのけで同人作家でBL本ばっかり描いてるため、いい加減うんざりしてきているのだ。
なので、ここはひとつ。そっとこの場を退散しよう。
哲也は、リビングの扉を気付かれないようにそっと閉じていく。
「ひっ!?」
それはホラー映画のワンシーンのようだった。閉めようとした扉から腕が生え、扉をつかんでくる。次第に扉があき、眼前にピンク髪の女が目を鋭くしていた。
「哲也君とか言ったわねぇ……なぜ逃げるの?」
首をかしげるが、骨が折れたように直角に曲がってる。
「……そりゃそんな怖い顔してたら逃げたくもなる」
哲也は観念してアサリアの話を聞くことにした。
「私……天使なんです」
「はぁ……」
驚くというより、「ああそうですか」程度。
「……え? いや、私天使」
「さっき聞いた」
「……ははーん。なるほどなるほど。信じてもらえないパターンですね! ならば証拠をお見せするまで!!」
そう言い放つと、座っていた椅子から大きな音が出るほど勢いよく立ち上がり仁王立ちする。
「哲也さん! 一度見たはずですが、もう一度お見せすればわかっていただけるはず!! いきますよぉ~~~」
全身に力が入っているのがわかる。次第に体全体が光を放つ。その光の中心から風が吹き荒れ、それはやがて背中に集約し、形を形成していく。
その形は翼、身の丈ほどの大きさの翼が開くと一つの羽ばたきと共に、ハクチョウのような美しい羽が姿を現す。
「わーすごいすごい」
「ヴぇ!? い、いや! 今人間的にはものすごい事したんですよ!?」
「いやだからすごいって言ったじゃん」
「えー反応薄いー」
あまりの反応の薄さに茫然とする。
だけど、どう驚いたらいいのかよくわからないのだ。
と言うより、天使と言われたほうが手品って事にするよりは納得するくらいだ。だから驚くというよりはああ、だから翼が出せるのか~と言う納得した気持ちのほうが強い。
「い、いや、哲也。彼女本当に天使なの!?」
一方の華恋は腰を抜かすレベルで驚いてる。
「たぶんなー」
「~~っ!! もうちょっとくらい驚いてくださいよぉ~~~!!!」
「驚いたわ~。だから去年の天使コスクオリティ高かったのね」
「うぅ……去年は確かにコスとして天使の羽出しましたけどぉ……この羽一応飛べるんですよ!?」
「……で? その天使さんがどうしてあの写真を消せと?正体ばれたら大変ってこと?」
「いいえ違います」
あれ? そこは違うだ。と肩透かし。てっきり本当に天使かなんかだとするとそういう理由で消せって言ってくるものだと思っていたのだ。
「私が翼を出している写真は正直どうでもいいんです。どうせ世間一般で天使って信じる人いないですしコスプレとかマジックって思うのが普通です」
実際に哲也もマジックだろうと予想していただけに納得できる話だった。
「問題なのはツーショット写真のほうです!!」
ツーショットと言われ「なんのことだ?」と考え込む。
「あ、あったなそんなの」
まるで遠い日の出来事を思い出すかのようだった。
「忘れないでください!! あなたのせいで……見てくださいこれぇ!!!」
「ん?」
アサリアの見せたスマホの画面を見ると、どうやらブログの用だった。
「あなたのせいでっ! 私のブログ!! 炎上しちゃったじゃないですかぁ!!!」
「………はぁ」
なんだそんな事かとため息をつく。
「なんですかその態度ぉ!!! コツコツユーザー獲得したんですよぉ!! いっぱいコスプレ衣装作って!! 似てないって罵倒されながらも、頑張って獲得したフォロアーなんですよぉ!!!」
その言葉で哲也が動かされるなら等の昔に炎上トゥイッターなんてやってない。
だからこう答える。
「ざまぁ」
「え?」
「俺はそういう”私はがんばりましたよ~”って奴が一番大っ嫌いなんだよ。本当に頑張った奴は自分からそう言わねーんだよ」
「哲也、アンタいい加減にしなさいよ」
態度を見かねた華恋が叱責する。
「姉さんも姉さんだ。いい年して変な漫画なんか描いてんじゃねーよ」
「今は私の話じゃないでしょ!!」
「ふん……」
哲也はそっぽを向いて自室に戻る。
「哲也っ!!」
咎める姉を無視して、リビングから出ていく。
「……うぜぇんだよ」
「ごめんなさいね、アサリアさん」
「い、いえ…ちょっとびっくりしましたけど」
アサリアの背中にはいつの間にか翼がなくなっていた。どうやら出し入れは自由らしい。
「……あの子も昔はああじゃなかったの」
アサリアは華恋のその言葉をなぜか素直に納得できた。
「私、この前コミサで哲也さんに助けてもらったんです。だから、本当はいい人なんじゃないかと思って消すようにお願いしてみたんですが……」
「あの子がコミサにねぇ……私にはいまだに信じられないわ」
華恋はその過去を思い返す。
「あの子の周りは昔から悪い子ばかりが集まってた。だけど……芯だけはしっかりしていた。悪戯とかはするけど、絶対に人を悲しませることだけはしなかった」
空気の重さをごまかすように麦茶の入ったコップをとって一口飲む。
「じゃあ、どうしてああなってしまったんですか?」
「……あの子ね。一度友達と本気で喧嘩して怪我させてしまってるの。……その怪我でその子は下半身が麻痺して動かなくなってしまったの」
あまりの出来事に言葉を失う。一瞬哲也をなんて人だと怒りがこみあげてきたが、だが、華恋の表情は弟の非だけを認めるようなものではなかった。
「喧嘩の原因はあの子はずっと語らなかった。被害者の子も何も言わなくてね。結局治療費と慰謝料を私達の両親が払うことで示談成立。さらに、哲也を転校させることで向こうの親御さんにも納得してもらったわ」
「お互いに喧嘩の原因は言わなかったんですか?」
「ええ、なぜか。周りで見てた友達もみんな知らないって……まるで口裏合わせているようにね」
「………」
そのことを聞いてアサリアは何か考え込むように口元を手でふさいだ。
「………なんだよ、あいつ」
どこか遠くを見つめるように窓の星々を見つめていた。
部屋の明かりをつけることも鬱陶しい。天使? だからどうした?
「だからどうした……そんなのどうだっていい」
そう、どうでもよかった。他人のブログが炎上したからと言ってどうなる?自分に被害があるわけでもない。
大体炎上したからと言ってどうなるというのだろうか? ネット上でブログやトゥイッターをする以上辛辣な言葉を言われる事くらいよくある話じゃないか。
だからそういう言葉に耐えられない奴が、そもそもそんなものに手を出すべきではない。
哲也はと言えばもう慣れてしまった。あの日の傷に比べれば大したことはない。
(天使って言うなら人を幸せにして見せろよ……。あいつを助けてみせろよ……)
「わっかりました!!!」
「はっ!?」
勢いよく哲也の部屋の扉が開く。
「なっ…なに勝手に開けてんだよ!!」
その先には、あの天使がいた。
「そのご依頼!! 天使商会所属の一級天使アサリアが引き受けまっす!!!」