第一話「腐天使、泣く」
「テツー!カラオケいこーぜ!!」
「うわぁっ!このタイミングで言うなよー!!小遣いねぇぞ!!」
「あ、今日第三土曜日だったか。すまん」
バイトをしていない哲也にとってこの第三週は悪夢の週だった。給料入ってても入ってなくても小遣いが入るのは第四週の日曜日と家族間の取り決めがあるからだ。
せめて金曜日にしてくれればこの土日くらいは遊べるのだが、ここだけはどうにも譲ってくれない。
ならば計画的に使えばいいという答えに対してはごもっともと言うほかない。ただ、一言付け加えるなら、斎条哲也という青少年に計画性を求めるのはナンセンスだと言うことだ。
「しゃーね。来週誘うわ。んじゃ!」
「おう!歯ぁ磨けよ!」
「ネタ古いわ!!じゃな」
そう言って金髪の青年はユニフォームをロッカーに投げつけて鼻歌を歌いながら上機嫌に帰っていく。
高坂智樹と書かれたロッカーの扉は閉まりきらず、キィキィと錆びついた音色を奏でながら揺れる。
「くぉら!トモぉ!ちゃんと閉めてけよ!」
少しの苛立ちを込めて閉めると、大きな不快音が心根をあらわすように鳴り響く。
ちょっとしたストレス発散を終えて哲也はロッカーに添えつけられた鏡を見る。
残念ながらとてもイケメンとは言えない。不細工でもなく、ありきたりで普通の顔だ。
「俺も染めっかなー?」
少し想像して見る。ハリネズミのようなガチガチの金髪。細すぎる目に藍色の光が灯る。
「バンドマンか!!」
思わずツッコミを入れた。
せめてもう少し整ってれば十分似合うのだが、これはもう諦めた方が良さそうだ。
タワシのような黒髪をくしゃくしゃにしながら学ランを引っ張り出す。
その学ランに隠れたバスケットボールが姿を表し、着替えが止まる。
「もう一汗流そうかな?」
だが、今も汗が大洪水を起こしている。これ以上はある意味災害につながりかねない。
仕方なく未練がましくポンっとボールを叩き、畳んであったタオルを取り出す。
汗を拭きながら先週あった事を思い出す。
タオルを頭に乗せがならスマホを取り出し、写真アイコンをクリック。1枚目に飛び込んでくるのは目を疑う光景だ。
ピンク髪の少女に白い翼が生えているのだ。
哲也も最初は「すげぇコスプレ」と思って後ろ姿を取ったのだが、翼が天を指し示したと思うとはためきとともに上空へ。気がついたらすっかり姿を消していた。
あっという間の出来事にポカンとして口が塞がらないでいた哲也だったが、口が乾ききった頃に空気を唾のように飲み込み一つの結論に達した。
「すっげぇ手品だった」
これである。
仮に駅前なんかでジャグリングをしてて、最後にこの技が出たら財布ごとシルクハットに突っ込みたいくらい感動していた。
風もかなりリアルで、空気を地面に叩きつけたように土煙を込めた気流。哲也の鍛えた足腰でさえ吹っ飛ばされそうになった。
「人間一人飛ばすんだから、やっぱあれくらいの風が必要なんだろうなー」
手品だと思い、感動した哲也は昨日速攻でトゥイッターに写真をあげた。
『鳥人間!?噂のコスプレイヤーは天使だった?!』
まるでスクープ記者になったかのような気分で上げた昨日の写真は人気を示す通称「よいね」ボタンの件数が五十万超え、拡散した「リトゥイート」件数が百万をゆうに超える。
炎上で稼いでいた彼のトゥイッター人生だったが、今回の内容は今までの比ではない。下手したら今までの「よいね」「リトゥイート」を足し合わせても今回の「トゥイート」に敵わないんじゃないかとすら思う。
昨日の武士風のオタクの返信も待っていたが、もし返信してきていたとしても掻き消えているだろう。果てにはニュースサイトまでこの「トゥイート」を記事にし始めた。
「ふふん」
思わぬ拾い物に得意げに口角を上げる。
これまで悪い意味での「リトゥイート」しかなかっただけにこれは嬉しい。そんな画面を自動バックライトOFFになるまで眺めていると、ダイレクトメッセージが届いた事を知らせる通知が届く。
『お、お主!!その写真を今すぐ消すでござる!!!命はないでござるよ!!!』
昨日絡んできた武士道オタクだ。
焦った様子のイキリオタクに、にんまりと顔いっぱいに「ざまぁ」という感情を表す。
『なんででござるかーwwww君の大好きなアサリアたんの写真でござるよーーーwwww』
ついでに顔文字もつけて煽り文完成。
すぐにその返信がくる。
『あ、アサリアたん!?!?い、いったいなんのことかしら?』
「ん?」
かしら?さっきまで武士風の話し方だったのに急に女言葉になってた。
まぁ、焦ってるのはよくわかったからとりあえず『プギャーー!!武士語がなくなってやがら!!!』とだけ返した。
また返信。と言うか早い。
『とにかくその写真は消してください!訴えますよ?』
ところがどっこい。それで止まるなら最初っから炎上トゥイッターなんてやってられない。顔文字だけ返しておちょくる。
『わかりました。今日があなたの命日です!!首を洗って待ってなさい!!』
それに対する返事は当然これである。
『いや〜ん。こ〜わぁ〜〜い』
少し待ってたが返事がなかった。もうすでに乾ききった汗はべとついて不快な感触だった。
学校の古臭いシャワーを使うのは嫌だったが、このまま学ランを着るのもそれはそれでいやだ。
なのでシャワーを浴びてきて、なんとなく喉が乾き自動販売機でスポーツドリンクを一つ。
ついでにソーシャルゲームの「パズルストライク」略してパズストでノリでガチャを回したら、ずっと欲しかったモンスターが確定演出とともにゴトリ!
速攻で育てて行きたかったクエストを回して気がつけばもう夜になっていた。
「あれ?」
いつのまにか「トゥイッター」にダイレクトメッセージが来ていた。さっきの似非武士オタクだ。
そういえば通知がうるさくて設定で通知オフにしたんだっけ?さてなにが返ってきたかなとニヤニヤしながら開いて見る。
「え………!」
『今から乗り込むから!!』と言う怒りマークをつけた顔文字とともに送られてきた写真に写ってたのは間違いなく斎条家だった。珍しくもない苗字だったが、どういうわけかこいつは自分の家を探し当てていた。
さらにもう一つメッセージがきていたので開いてみる。
『留守のようね。また来るから!逃げないでよ!!』
さらに次を開く。
『アンタいつ帰ってくるのよ!!』
さらに次。
『ねぇーーーー!!ほんっとマジでいつ帰るのよぉーーー!!!』
次。
『もぅ許してよぉ……ついにはお姉さんにまで同情され始めたんですけどぉ?……もう写真消してくれるだけでいいからお願いしますぅ』
そして着信音。
『アンタどこほっつき回ってんの!?彼女さん泣いちゃってるわよ!!』
と、お姉さんこと斎条香恋の声が部室内に響き渡った。