プロローグ「不良少年、初めての同人即売会」
「〇〇た~ん!!マジ天使!!!」とか言ってる奴らに問いたい。
お前ら天使見た事あんのって?
俺はそんな妄言を吐く奴らに言いたいね。
案外お前らは見た事あるのかもしれないって–––––––。
その存在は意外と近くて……見た目よりも遠かった–––––––。
「オタクきめぇ」
舌打ちしながらスマホのキーボードをタップする。
「今年の映画アニメ圧勝だった件について」とか「アサリアたんマジ天使」とか「野党が無能すぎてワロス」とかご丁寧に連続の「w」で大草原を広げながら粋がっている。
じゃあ、返答をしてあげようか?とでも言いたげにニヤリと笑う。
「アニメ圧勝とか、たまたま去年盛り上がっただけだろが。キモオタマジ死ね」「アサリアたん?たんってなにそれ(笑い)舌フェチ?キメェ」「ネトウヨが粋がってやがる。アニメでも見てクソして寝ろキモオタ」
こう書くと面白いくらいに自分の返信に批判が集まってくる。それを見てにんまりと笑うのは斎条哲也。
彼の趣味はキモオタフィッシングと名付けたこの遊びである。トゥイッターと言うSNSで流れてくるオタクっぽい発言を真っ向から批判……と言うより煽り倒すことで怒らせて遊んでいるのだ。
何が楽しいかっていえば、芋虫を見て気持ち悪いけど見てしまうなどと同じ感覚と言った感じだろうか?彼は決して、オタクのトゥイート(トゥイッターでの発言の事)を見て共感しているわけではない。煽って顔真っ赤にして返してくるオタクの表情を想像して気持ち悪くて笑えて来るのだ。
オタクは犯罪者予備軍だと持論を述べる哲也は一部の層で人気だった。
「オタクやばすぎ。マジでサイコパスじゃん。こえー」
まさに草生える。である。
さてと、ストレス発散したところで少しのどが渇いた。
自室を出ると、エアコンの効いた室内にむわっとした熱気が押し寄せる。そういえば今日は最高気温が38度を突破とか言ってたっけ?
あれ?37度だっけ?
そんなどうでもいい疑問が無駄に気になってきて、哲也は階段を下りながらニュースサイトを開く。
「うげっ」
嫌なものを見た。トップニュースには「日本最大級の同人即売会コミサ115開催。美少女コスプレイヤー大特集」と書かれたテロップと肌色がやけに目立つ写真。これが青年誌のグラビアだと言われれば素直に信じるだろうというくらいの露出の高い服。
コスプレする奴も大概だ。恥ずかしくないの?お前ら、たいしてかわいくもないよ?AV女優ですら最下位レベルの女をなぜ美少女と言えるのだろうか?
彼の思考回路は大体こんな感じだった。
まさにオタクの天敵。友達も素行がいいほうではない。カツアゲで遊んだことをまるで青春の一ページのように嬉々として語り合うほどの屑。
今日は哲也一人夏休みで家にいた。そのため一階のリビングのエアコンは切ってある。冷蔵庫を開けると、この短い距離で流れ出た汗がさらに冷やされ、快適でさわやかな涼しさを感じる。
しばらくこのままにしたいと思うくらいだが、さすがに電気代がもったいない。麦茶のボトルを取り、冷蔵庫を閉める。
安物のガラスコップにお茶を注ぐと、またスマホからトゥイッターの通知が流れる。
「……なんだ?」
『これを見てもそう言えるでござるか!?』
「ござるって!クハハハッ!!マジで草生えるわ!!!」
はいはい、どうせなんかのイラストでしょ?がっつりけなしてやるわ!!とそいつの送り付けてきた画像を見てみる。
「え……?」
イラストではなかった。コスプレイヤーの写真で体のラインを強調したライダースーツのようなピンクの服で、ピンクの銃を持ってウインクしていた。
普段の哲也だったら「ぷぎゃーオタクキメェ」といつもの定型文を返すだけだったが、この画像だけはそれをためらった。
「かわいい……」
服装ではない。
整った顔立ち。小顔にまるくて大きな瞳。出るところは出て締まるところは締まるモデル体型。明らかに今までけなしてきたコスプレイヤーとは一線を引いていた。
髪型はウィッグで隠れているが、どんな髪型でも彼女なら似合うだろう。
思わず見とれていると『最近人気のコスプレイヤーのアサリアたんでござる!!この天使を見てもまだコスプレイヤーを批判できるでござるか?』と言う追加の返信が届く。
だが、哲也にも譲れないものがある。
「クセェんだよデブオタ。どうせこの女もおつむの足りてないアバズレだろが」
と、返そうとした瞬間指が止まる。
「……さすがにアバズレはかわいそうか」
バックスペースで戻していき「クセェんだよデブオタ」だけにして返信。
秒で返ってきた返信には『なぜアサリアたんの批判をしないんでござるか?まさか惚れちゃったでござるか?ん?』と煽り返してきた。
「くっそ!キモオタのくせに粋がんじゃねーよ」
返信する指につい力がこもる。
『えーえー僕はキモオタだよー?でアサリアたんは可愛いと思ったんでござるか?ん?』
血管が何本かちぎれたようだ。さらに高速で返信ボタンを押す。
『ワロスwwwぜひ見せてもらいましょうか?』
「は…?」
(見せてもらうって何を?ってか、さっき俺なんて返したっけ?)
哲也は少し戻って自分の返信を見てみる。
「げっ!?」
『こんなクソアマくらい一発で落とせるしwツーショット写真UPして見せびらかしてやる』
しくじった……哲也は頭を抱えてからぬるくなった麦茶をテーブルに置いた。
東京スモールサイト。
スモールと言う割に、めちゃくちゃの広さがあるその空間で汗をぬぐう。
あの、クソオタに粋がられるのもしゃくだし、何とかここまで来た。
ここでは現在コミックサーキット115と言う同人誌即売会が開かれている。
「いいや。さっさと行ってツーショットっぽい写真撮って帰ろう」
なんかお願いしたら撮ってくれるだろうと思っていた。
「にしてもなんだここ人多いな。なんかコミックサーキット以外になんかやってるのか?電車もすし詰めだったし……まぁ、さっさといこ」
確か釣り具のイベントに来た時にこの会場には入ったことあるし、同じように通ればいいだろう。と言う考えで会場に直接歩いていく。
「こらこら!ここは立ち入り禁止だぞ?」
「はぁ?なんで」
警備員に止められて不機嫌に言葉を投げる。
「最後尾はあっち!君コミサは初めて?」
「あ、そっすか。まぁ初めてなんすけど」
「そうか。熱中症には気を付けてね?あと、シルバーアクセとかは外したほうがいいよ」
「???は、はい」
なぜにシルバーアクセを外さなければならない?とよくわからないまま一応外してカバンの中に突っ込む。
そして、訳もわからぬまま指さされた方向へ行くと、ようやく警備員の言ってた意味が分かった。
「は、はぁ!?なんだこれ!!」
それは人の海だった。
池なんて生易しいものではない。人で埋め尽くされた大海原が、どこまでも、どこまでも続いていた。
「うっそだろおい!ふざけんなよ!!……こいつら全員オタクなのか?」
東京の総人口の全員がオタクなのかと錯覚してしまうほどの規模。もちろん東京以外からも来てるだろうが相当なマニアだけだろうと思っていた。
釣り具のイベントとはレベルが違う。あまりにもでかすぎる規模に空いた口がふさがらない。
「おい、突っ立ってると邪魔だよ!!さっさと並んでくださいよ!!」
「あ、すんません!」
普段なら「は?調子に乗んなよカス」とでも返すところだが、その元気も圧倒されすぎてうまく言葉にならなかった。
「嘘だろ!嘘だろおい!!俺、どこにいるんだ?」
まさかこんなにすごいイベントだったとは。いつもの元気はどこへやら。ただただ、おろおろとしていた。