前編
書籍化記念に一発(笑)
ムーンさんで連載していたお話のスピンオフ(もどき)です。
6月1日。ありがたいことに日刊5位です。ありがとうございます!
わたくし、怒っておりますの。
ですから、全てなかったことにさせて頂きますわ。
「トリーチェ・ヴェルーナ!! 婚約者である俺と、国王である父と、俺の最愛であるアンバーを訴えるとは何事か!!」
北の国、王都にある国立学院、その廊下で。やたらと騒がしい怒鳴り声に振り向いたわたくしは呆れを隠し切れませんでしたの。
「……あらまぁ」
仮にも王族がそんな大声で怒鳴るなど、なんとはしたなく下品な行いなのかしら。ため息が出ますわね、乙女として。
怒鳴ったのは、王立学院に通うこの国の第二王子。名前はどうだっていいわね、どうせ誰からも呼ばれないし。王太子じゃなくてよかったわ。この国の品位が疑われるもの。
金髪碧眼の一応顔だけは整ったこの王子、それ以外は目も当てられないレベルでのおバカさんなのだから。
「トリーチェ・ヴェルーナ!! 聞いてるのか!!」
ああ、ほらまた、品のないこと。学院の廊下でこの騒ぎ。どこか部屋に入ろうとは思わないのかしら。皆さまご覧になってますのに。まぁ、隣に準男爵令嬢を侍らせて、後ろには側近候補のお取り巻きをお連れの時点で思考が足りないのは皆さま周知の事実かしら。
「そう怒鳴らなくとも聞こえますわ。ただ、呼び捨てされる覚えがないので戸惑いましたの」
そう、呼び捨て。王族の血を引く公爵令嬢であるわたくしを。例え王子だとしても許すことはできませんわ。
「二度ですわ、殿下。わたくし、貴方に名を呼び捨てにされることを許した覚えがありませんの。これも司法院に届けさせていただきますわね」
「なっ!? お前は俺の婚約者だろう!?」
「違いますわ」
「はぁ!?」
「王命でその様になってはおりますけれど、あくまで仮のお話、婚約者候補ですわよ? わたくしが出した条件を反故にされた場合は即座に白紙に戻る程度の、誰も認めていないものですわ」
そして、それを反故になさったので、わたくしは殿下の婚約者候補ではありませんの。
「……はぁ!?」
笑顔で述べたわたくしに、呆れるほど呆然とした殿下。
「先程、ご自分を訴えるとは何事か、と仰いましたわね」
「あ、ああ! そうだ、何様のつも」
「わたくし、陛下からの王命に条件をつけましたの。ひとつ、殿下に他に想い人ができたらこの婚約は白紙に戻すこと。ふたつ、殿下は学院卒業時に主席で卒業なさること。みっつ、婚約者候補であるわたくしをないがしろにした時点で婚約は白紙、慰謝料を請求すること」
「なっ、王族に条件を出すなど……!」
「ですから、わたくしは殿下の婚約者ではありませんわ。気安く呼び捨てになどなさりませんよう」
そもそもわたくし達ヴェルーナ公爵家はこの婚約は本意ではなかったのですわ。あんな愚王子と結婚など、吐き気がしますもの。王弟である父も南の国の王女であった母も、とても常識ある方々なので、この件は反対でしたし。
なのに、わたくしを見初めたとかいう第二王子の戯言を真に受けた陛下が無理矢理に!
……だからこその条件でしたの。陛下はそんなことはあり得ないだろうから、と快く条件を受け入れて下さいましたわ。すぐに書面に残してサインを頂いたあと、司法院に届けましたの。我ながらよくやりましたわ。
「ですから、わたくしをないがしろにし、学院の成績も主席には程遠く地に這う程で、他に想い人がいらっしゃる殿下との婚約は白紙に戻すことを司法院に訴えましたの。それはもうすぐに枢機卿様方によって認められましたわ。そして契約を反故にされましたことで陛下と殿下を訴えましたし、わたくしに冤罪をかけ尚且つ他の婚約者がおられる殿方に色目を使ったことでそちらの準男爵令嬢を訴えましたわ」
ご存知でした? そちらの準男爵令嬢と、殿下の後ろの方々との婚約届が司法院に提出されてますのよ? 一枚ではありませんの、人数分ですから、五枚ほど。女性の名は全て同じ、の婚約届が、ですわ。
わたくしの説明を、はしたなく口を開けたまま聞いてらした殿下は、最後の言葉に反応されました。お隣のピンクベージュのふわふわした髪を振り乱して、違う違うと叫んでらした令嬢から一歩、距離をとりましたもの。そこまで愚かではないということかしら。今さらなのでどうでもいいけれど。
「違うの! 違うのよ殿下! 私そんなの知らなくて、皆さまに無理矢理!」
大きな瞳からわざとらしく涙を溢れさせた令嬢が、殿下を下から見上げるけれど、なにか化け物を見るかのように驚いてますわね、殿下。今までそのあざとさに騙されていたじゃありませんの。
「殿下の側近候補の方々、それぞれがそちらの令嬢との婚約届を提出なさったことで、皆さまの婚約者の方々が訴えましたわ。令嬢はこれから裁判がたくさんありますので、きちんと出廷なさってくださいませ」
ちなみに、これらの訴えの全ては司法院を通り、法王猊下の名の元に裁かれることが既に決まっておりますわ。
「トリーチェ、嬢」
わたくしに睨み付けられて、殿下が呼び捨てを改めてこちらに向き直りましたの。
「す、すまな」
「謝罪も、婚約を白紙に戻すことの撤回も認めませんわ。貴方の軽はずみな一言で、わたくし相思相愛の殿方との婚約がなくなりましたのよ。貴方は自分に選ばれたことを光栄に思え、と以前仰いましたけれど、むしろ憎んでおりますわ。心から。それ以外の感情が浮かばないほどに」
「…………は?」
だから余計に怒りが増しましたの。わたくしの事情をご存知でいらっしゃる枢機卿様方も、同情してくださって、さくさく婚約の白紙及び、殿下との新たな婚約届の不受理届を法王猊下まで通してくださったのです。
「……あぁ、でも。ひとつだけ、感謝いたしますわ」
猊下はわたくしを孫のように可愛がってくださる、とても素敵なおじいさまですわ。今頃陛下をシメにシメてくださっているはず。
「殿下の愚かな行為のおかげで、わたくし、最愛の方との婚約が整いましたの。もう二度と邪魔されたくありませんので、婚姻届を猊下に承認していただきましたわ」
そもそも、陛下がわたくしを王家へと取り込みたかったのは、今現在取引を無期限停止されている、魔王領とのつなぎを作りたかったからなのですわ。
陛下の父である前国王陛下が、狩猟や隷属を禁止されている竜を捕らえ、飼い慣らそうとなさったことで我が国は魔王陛下の怒りを買い、許しを乞うために魔王陛下に謁見した現陛下までも、更なる怒りを煽ってしまったのですわ。
この一件で、宰相閣下の多くない頭髪は瀕死の重症ですの。一時は下克上がまかり通る所でしたのよ。危なかったですわ。
現陛下の次世代である、王太子殿下は可もなく不可もなく、言ってしまえば普通。第二王子は見ての通りおバカさん。ですから、王位継承権を持つわたくしが王家に嫁ぐことで、影から国政の舵をとる予定でしたの。
「その準備も無駄になりましたわね」
本当に、ここまで愚かな方々と同じ血が流れているかと思うと悲しくなりますわね。
「……待て。お前が王家に入ったくらいで魔王陛下の怒りが解けるとは思えないが」
あら、少しは考えるお頭がありましたのね。
「簡単なことですわ」
でも、遅すぎましたわ。
わたくし、もう我慢することに疲れましたのよ。
「わたくし、魔王陛下と親しくさせていただいておりますの。そのおかげで、国とは取引をしてはいただけませんけれど、我が公爵家とは取引がありますのよ」
唖然とした顔が笑えますわね、愚王子。
どうやら、ハラスメントストーカー、訳してハラストにイライラしてた模様。殿下に八つ当たりが半端ねぇー(笑)すまぬ。