期末試験狂詩曲
作者としては物語を書くと言う点においての習作としての投稿となっております。指摘等も受け付けております。
期末試験。それは、学生たる者たちに例外なくやって来て、さらに平穏なる長期休暇を脅かす存在である。
…などと益体も無い事を考え始めたのは、今日が期末のちょうど一週間前にあたるからである。おかげで部活も無く、ユニフォームに着替えて鬼の監督にしごかれているはずの時間帯に、制服のまま帰宅の途についているという状況となっている。帰って勉強する気など起こるはずも無く、手持ち無沙汰な気分で近所の本屋に向かう。
「あ、おーい、渡辺~」
本屋に入ろうとしていた俺に声をかけてきたのは、同じクラスの篠田里香であった。こいつは小中高と同じ学校で、いわゆる腐れ縁というヤツである。さらに言えば、落ちこぼれ寸前の俺と違って、成績は非常に良好だったりする。
「また立ち読み?それでテスト前日に泣きついて来ないでよ?」
そうなのだ。前日になってからテスト勉強がわからずにコイツに泣きついたことは一度や二度ではない。というかすでに世界史は彼女のノートを見せてもらう気満々でいた。
「今回は三日前に世界史のノートを見せてください」
「いや、そういうこと言ってるんじゃないんだけど…」
あえてその言葉は聞かないことにして、会話を続ける。
「他は多分自力でどうにかできると思う」
「じゃあ前日になって泣き付かれても無視するけど、いい?」
「それはやめてください」
そう言うと篠田は苦笑した。
「即答って…。ま、いいや。ちゃんと現実的な時間に帰ってよ?」
「お前は俺のかーちゃんかよ」
「手のかかる息子だよ、あんたは全く…」
母親の仕草も含めた無駄に凝ったモノマネをされ、「これだから腐れ縁って奴は…」とひとりごちる。それでも、どうにもおかしさがこみ上げてきて、ついに声を出して笑い始めた。それを見て篠田もくすくすと笑っていた。
突然の幼馴染の襲撃?に本屋に行く気力をなくし、そのまま家に帰った。ああ言ってしまった手前、せめて、試験前日に泣きつくにも、「何もわかりません」は不味いと思い始め、柄でもなく机に向かって勉強を始める。得意科目である数学と理科は、直前に提出範囲の問題集の答えを、わざと間違いつつ写す作業だけで事足りるので、当座は国語(特に古典)と英語、そして授業を聞いてすらいない世界史の勉強を重点的にやることにした。
「春はあけぼの、ようよう白くなりゆく…」
「国破れて山河あり、城春にして草木深し…」
夕食の時、母親に「あのお前が勉強するなんて、どんな風の吹きまわし?」と聞かれたが、言うのも恥ずかしいので黙りこくってしまった。
試験最終日、今日を乗り切ればほぼ夏休みである。今日は苦手科目の古典、そして比較的得意な代数である。
まずは古典。一夜漬けが功を奏したのか、今まで何を言っているのか全くわからなかった試験問題の意図がおぼろげながらにつかめるようになった。
これは助動詞の接続、これは係結び。こっちは二重否定と部分否定の返り点の位置…。
古典で初めて「できた」という感触を味わいながら、試験終了の鐘を聴く。
そして次の代数の試験が問題だった。徹夜明けの頭はもはや限界に近く、普段なら解けるであろう問題にすら苦戦した。
それでもどうにか解答用紙を全て埋め終わるが、見直しする暇もなく試験が終わった。
ふと問題用紙の最後の問題を見ると、そこには「文系用」の文字が目に入った。慌てて次のページをめくると、「理系用」と書かれた問題が別にあった。
「やっちゃった…」
そんな暗鬱な気分と共に、今回の試験は幕を下ろした。落ち込んでいると、篠田が声をかけてきた。
「あんたまさか、文理問題取り違えてないよね?まさかね?」
傷口に塩を塗りこむその言い方に、怒る気力も奪われた。
「図星だよ…ちくしょうめ」
「うわ…それにしても世界史以外本当に何も聞いてこないとは思わなかったよ」
露骨に話題を変えてきた篠田の気遣いに、不覚にもありがたみを感じる。
「やればできるんだよ、多分」
「それを毎回やってくれればいいのに」
いつも通りの篠田の様子にどこか安心しつつ、帰宅の途についた。家に着く頃には、先ほどの大失敗のことは頭から抜け落ちていた。
帰宅してからは、まずは合宿の荷物をまとめ、そして夕食の時間まで爆睡していた。
終業式の日。試験明け一週間は合宿に行っていたので、嫌でも早起きの習慣がついてしまった。おかげで遅刻せずに済んだものの、周囲の意外そうな目にため息をつく。まあ、この生活リズムもおそらくは三日で崩れるのであろうが。
そんな一コマもあったが、まずは朝礼などというものに駆り出される。そして、起立したまま校長以下複数の教師のありがた(くな)い、そして長ったらしいお話と延々と聞かされる。俺の前のやつなんて、立ったまま舟を漕いでいた。本当に器用な奴である。俺は、校長先生の口癖である「え〜」の回数を数えて退屈を紛らわせていた。
そんなことをやっているうちに朝礼が終わり、ホームルームの時間になる。
「ほーい、じゃあ皆がお待ちかねのテスト返しだぞー」
担任の世界史教師がそう言うと、教室がざわめき出す。そして番号順に呼び出される。当然のごとく、俺は一番最後に呼ばれる。恐る恐る通知表を見ると、苦手科目は相変わらずパッとしない点数だったが、それでも、全科目赤点は回避していた。思わずガッツポーズをとるも、担任に大声で笑われた。
「おい渡辺、赤点がなかった程度で喜んでるんじゃねーよ」
クラス中が爆笑に包まれた。何食わぬ顔をして席に戻るが、耳は熱くなっていた。
「起立!礼!」
今日の日直による号令が終わると、篠田がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「で、ガッツポーズしてた渡辺『くん』、どうだったの?」
コイツがわざわざ「くん」をつけて呼ぶ時は、大抵ロクなことがない。
「とりあえず赤点回避しててよかった、あとは思ったより代数が取れ…ってちょっと返せお前っ」
案の定、言い終わる前に俺の手から通知表をひったくって眺め始めた、取り返そうと手を伸ばすも、背を向けられてそれはかなわなかった。
「ああ、理系なのに文系用の問題解いてたって言ってたしね。と言うか、あれだけノート見せてあげたのに世界史赤点スレスレって…」
「うっせ。そう言うお前はどうなんだよ」
「うーん。代数が少し悪かったかな。他はまずまずってとこ」
「へえ、どんぐらいなん?」
そう言い篠田の成績表を覗けば、
代数 80
「悪いって、なんだっけ?」
思わずそう呟いた俺は、何も間違っていないはず。
「あ、そうだ。篠田に渡辺」
急に担任が声をかける。
「「はい?」」
「お前ら世界史で全く同じところで全く同じ間違いしてたからな。まあ、どうせ篠田が渡辺に教えてたんだろうが、教えるならちゃんと気を付けてくれ給えよ」
苦笑する俺の横で、篠田は小さく「ごめん」と言ってきた。
篠田と目が合うと、彼女は頬を少し赤く染めた。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
やっぱり物語を描くというのは儘なりませんね。