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3話 春風

桜がヒラヒラと舞うのが、出版社の窓から見えるようになった季節。

春の心地よい陽射しが窓から、じんわりと私の身体を包み睡魔に誘われる。


そんな睡魔をなんとか追いやりながら、仕事をしていると。


壁に掛けられている、編集長がどこぞの国に海外旅行に出かけて買ってきた。

アンティークの壁掛け時計が、12時のお昼の休憩時間を告げている。


『さて、みんな一回休憩しよう!』

編集長の相馬大翔の声が、響く。


出版社といえば、 締め切りに追われて忙しいイメージが世間一般がもつイメージだと思う。


だけど、我が社は少し違う。

編集長の考え方が心にいつも少しのゆとりがなくちゃ、良い作品には巡り会えないという考えがある。


編集長は前の職場で、バリバリの敏腕編集長として働いていた。

世間の思う編集の仕事そのものの、目まぐるしいくらいに忙しい日々を過ごしていたらしい。


編集者としては、ある意味幸せな日々を過ごしていたのかもしれない。

だけど、仕事人間としての幸せを手に入れたがために、人としての幸せを失ってしまったらしい。


仕事、仕事とそちらに視野を向けてばかりいて。

家庭のこと、子供達のこと。

全てを奥様の『大丈夫』の言葉に甘えて触れずにきたらしい。


その当時はそれで良い。

これからも、そういう人生を歩み続けるんだと思っていたらしい。


だけど、そんな時に奥様が病で倒れた。

病名は子宮ガン。

奥様が若かったこともあり、進行が早く。

気づいた時には、手遅れだったらしい。


ありとあらゆる手を尽くしたが、奥様は病気発覚から一年後に亡くなったらしい。

今のように、桜がヒラヒラと舞う4月だったそうです。


その時に、当時8歳だった息子さんに。

『お前のせいで、母さんは死んだんだ!

お前が母さんの辛いことに気づいてやらなかったから…。

お前が…、お前が母さんの代わりに死ねばよかったのに!』という言葉を投げつけられたらしい。


その時に、相馬さんは全てを失ったって言ってた。

今まで、編集長として作品に向き合えていたのは奥様という支えがあったからこそ。

そのことにずっと気づかずにいた。

失ってから、初めてそれらに気づいたらしい。


仕事が上手くいくのは、全て自分の力と過信していたからこそ盲目になってしまい。

現実が捉えられなかったのだと言っていた。


やり甲斐があるものに出逢っ時に、人は夢中になる。

だけどそうすると、大切な何かを人は必ず見落とす。

自分で自覚した時には、手遅れで失っていることが多い。


だから、心にゆとりを持ちいろんなことに視野を向けなければいけないと身をもって痛感したのだそうだ。


お子さんとは、溝が埋まることなく。

現在も離れて暮らしているらしい。



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