アオ
人探しに欠かせないものは何といっても情報だ。新鮮さと正確さを兼ね備えたものであればなお良い。だが私のような一般人がいくら走り回ったところで、そんな高品質な情報を手に入れる確率などほぼゼロに等しい。そこでしばしば重宝されるのが情報屋である。情報屋といってもこの国では正式な職業として認められていないため、普段は別の仕事を生業とし、客からの要望があった場合にのみ情報屋としての顔をあらわすことになっている。逆に言えば、客さえ必要としてくれれば誰でも情報屋としての仕事ができてしまうため、店によってはそれぞれの稼業ついでに軽い気持ちで情報を売りさばいていることもある。そのため情報屋を利用する客にとって、店の見極めは最も注意を払うべき点なのだ。
そんな数ある店の中でも、素人からプロの傭兵にまで愛される情報屋―――ここ酒場「ノウ」には有益な情報が集まっていると評判で、朝から晩まで客が絶えることはなく(もちろんただ飲みに来ている連中もいるが)常に活気に満ち溢れている。特に人探しをするにはもってこいの場所らしく、かく言う私もその噂を聞きつけてこの場所を足を運んだわけである。ああそれからどうでもいい話であるが、ここのマスターが出す酒は格別に美味い。酒は。そして不思議なことにノンアルコールドリンクが悶えるほど不味い。なぜだか何を飲んでも酒の風味がプラスされてくる。仕入れたジュースをそのまま出すだけでいいのに、せっかくだからと頼んでもいない雑味をサービスしてくれているらしい。今すぐその奉仕活動をやめてくれと抗議しているが、この3ヶ月間で改善したことは一度もない。むしろ日に日に強くなっている感じがするのは気のせいだろうか。
話を戻そう。とにかく酒場「ノウ」の情報屋としての格は非常に高く、これは覆しようのない事実である。しかし当然ながら、どれだけ素晴らしい場所であっても求める情報が必ずしも常に手に入るとは限らない。私がこの店を訪れたのは3ヶ月も前のことになるが、実は未だにこれといっためぼしい収穫が一つもない。そもそもそれほど期待していたわけでもなかったのだが、まさかここまで難航するとも思っていなかったため、正直お手上げ状態だ。かといって今さら別の情報屋を探すのも面倒である。そのため毎日こうやって酒くささ全開の酒場で、酒くささ全開のソフトドリンクと格闘しながら、情報収集に勤しんでいる。
今日もいつもと同じように、アルコール風味付きのノンアルコールドリンク(本日はココア)を食道に流し込みながら、特に新しい情報も得られず静かに一日を終える予定であったが…とりあえず静かに過ごすことは無理そうだ。
「いやぁ、お姉さん細いのにめちゃめちゃ力強いね。鍛えてるの?ダイエット、は違うか、する必要はなさそうだもんね。じゃあ趣味で?まぁ最近は何かと物騒だから強くなるに越したことはないよね。特に君とても可愛いし、ちゃらんぽらんしたお兄さんとかおじさんとか寄ってきそうだし。え、僕?やだなぁ、僕は健全な一般市民だよ、そこら辺のちゃらついた人たちと一緒にしな
「うるさい。」
何なのだこいつは。急に現れたと思ったら当然のように隣に座るわマスターの大量の手料理を口に突っ込みながらべらべら喋るわ、それに鍛えてるって何だ、殴られて力強いね鍛えてるのっていやバカだろ。文句をあげればきりがないが、もはやいちいち口にするだけエネルギーが勿体無い。
すぅーーはぁーーーー。呼吸が乱れることは人格が乱れること。師匠の言葉を思い出す。とにかく落ち着こう、そう自分の心に言い聞かせ、もう一度だけすぅーーはぁーーーーと深呼吸をした。
「あなた、名前は?」
まずは相手の素性を知ること。
「お、やっと僕に興味をもってくれたのか、嬉しいねぇ。でも相手に名前を聞くときはまず自分から名乗れって教わらなかった?」
クソ野郎。
「…私は、マリカ。あなたは?」
「マリカか、うん、可愛い名前だね、とっても素敵だ。僕はアオ。ここで情報屋の見習いをしているのさ。」
情報屋の見習い?そんなもの聞いたことがない。そもそも情報屋とはライセンスも資格も必要ない「自称」の世界である。見習いという段階をわざわざ踏まずとも、いつでもどこでも誰でも始められる。ふむ、少し興味が湧いてきた。
「情報屋の見習いなんて初めて聞いたけど。」
「まぁ世界中探しても僕くらいだろうね。ほら情報屋ってすごくリスキーじゃん?自分が見聞きしたネタを誰も介さずにそのまま客に売るわけだから、仮に知らず知らずのうちにやばい情報を入手してしまっていてそのまま気づかずに客に提供していたなんてことがばれた日には、もれなく各方面の黒ぉーい方々から命を狙われる羽目になる。実際問題、それが原因で店主が襲われるケースがここ数年増えてきているからね。だから僕はあくまで情報を手に入れるまでのお手伝いをしているだけで、情報そのものを取り扱うことはないんだ。たとえばこの地方では今こういう話題に注目が集まってるからそれに詳しそうな人物や団体を調べるのがよさそうだよって助言したり、情報を提供したいっていう人がいたらここまで案内したり、そんな感じ。だから誰にでもできるお仕事ではあるけど、商品の質にダイレクトで影響してくる業務でもあるから、そこに関しては結構誇りと自信をもって頑張っているつもりだよ。」
なるほど合点がいった。「ノウ」ほどの店の質を維持するためには常に客が欲しがるようなネタを調査し仕入れる必要がある。ところが不思議なことに、私が初めてここを訪れてから今に至るまで、そのようなことに勤しむマスターの姿を一度たりとも目撃したことがない。一体どんなからくりで情報屋を経営しているのかずっと気になっていたのだが、まさかこんなちゃらんぽらんが「ノウ」の評判の要になっていたとは。
「…ちょっと、ちゃらんぽらんはひどいよ。」
やばい、声に出てしまっていた。
「ともかく、そんなわけで割と遠出することが多いからあんまり店には居られなくて、それでさっきやっと戻ってこられたと思ったら何だかすごくお腹が空いてね、思わずごはーんって叫んじゃったの。お姉さん何か考え事してる最中だったんだよね?急にうるさくしてほんとごめんね。お詫びにそのココア僕が奢るから、機嫌直してくれると嬉しいな。」
本当に悪いと思っているなら今すぐその口を閉じてはくれないだろうか。本音を声にする代わりにはぁ、と盛大な溜息を溢すことにした。まだ聞かなければならないことがある。黙らせるのはその後だ。
「それで、あなたが帰ってきたということは、つまり、何かいい情報源を見つけたってことなのよね?」
瞬間、彼の雰囲気が一変した。気の抜けるような表情がきっと引き締まり、目がすっと細められる。がやがやとした酒場の喧騒がまるでヴェールに包まれたかのように遠くなる。いつの間にかマスターが目の前に移動してきている。さっと瞳だけ動かし、周りの状況を確認したのち、自称情報屋の見習いは、誰に告げる素振りも見せず、文字通りつぶやいた、、、、、。
「史上最悪の殺人鬼が生まれるかもしれない。」