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ささやかな復讐劇

作者: 徳坂 新太郎

僕は山田彩が好きだ。

ポーカーフェイスとは縁のない僕にとっては隠しようがないし、隠すつもりもないのだが、彼女に惚れている。

断言していい。

そしてクラスが変わり、2年連続で同じクラスにいられることが保証された今、あとは素直に気持ちを伝えるだけ、と思うだろう。

その通りだ。

もちろん、そのつもりだ。

しかし、僕の学校では恋愛をするうえで注意を払わないといけないものがある。

「新聞部」だ。



うちの「新聞部」は変わっている。

新聞部なので、校内新聞の作成が主な活動内容であるのは間違いないのだが、問題はその内容にある。

週刊と月刊に分けられた新聞には、高確率で生徒間の恋愛沙汰のスキャンダルが掲載される。

それが校内屈指の美男美女であれば、その話はたちまち広まり、瞬く間にホットな話題となる。

その逆も然りで、地味なカップルの場合、スポットは当たらないのではないかとは言えない。

それはそれでネタにされるのだ。

なんとも被害者からすればプライバシーの侵害であり、非道徳的な活動なのだが、彼らは報道の自由を一貫して主張している。

それだけでなく、実際のところ、生徒間の人気も強く、それなりの需要があるため、今日まで続いている伝統である。



山田彩はかわいい。

これはもちろん僕の主観であり、100%そうだとは言い切れないが、少なからず他でも同じような意見を耳にする。

そんな彼女に告白する輩が現れたとあれば、新聞部は黙ってはいないだろう。

彼らはSNSを駆使し、時には購買などで生徒から情報を買い、広い情報網を張り巡らせている。

しかし、新聞部を気にかけて告白を断念することなどあってはならないはずだ。

そうして僕は、今日告白することに決めていた。



「おい。どうだ。自信のほどは。」

宮崎だ。

同じサッカー部に所属し、その爽やかな見た目とは裏腹にスキャンダル好きで、周りのカップルに関する情報を常に収集している。

「あるって言ったら絶対騒ぐだろ。だからないと言っておくよ。」

「お前そりゃ、自信あるって言ってるようなもんだろ。よっ!色男!期待してるぞ!」

鬱陶しさを感じつつ、軽くあしらう。

「はいはい。どうも色男です。この国を変えてみせます。」

「まぁ部活の時、結果聞かせてくれよな!」

そう、掃除が終わり、帰りのホームルームが終わった後、部活に所属している生徒は部活へ、そうじゃない生徒は帰宅する、この合間の時間で告白する予定なのだ。

「フラれたら部活に顔出す余裕ないから、来るか来ないかで判断してくれよ。」

「ははっ!それもわかりやすくていいな!」

ドン!と僕の背中を叩き、自分の席に戻って行った。



去年から僕は定期的に山田彩と連絡を取り、ーーー主に明日の課題が何だとか、テストの範囲がどうだとか、そう言った事務的な内容ではあるが、ーーーそれなりに、関係を温めてきたつもりだ。

僕の印象は悪くないはずだ。

しかし、良いとも言えないだろう。

とりあえずまずは、しっかり想いを伝えられるかどうかが重要だ。

新聞部に撮られないよう、細心の注意を払いつつ事を運べれば、ひとまず任務完了と言える。



ホームルームが終わった。

右斜め前に座る彼女に話しかける。

「あ、あの山田さん。ちょっと時間あるかな?話したいことがあるんだけど。」

ベタだ。

いや、ベタこそbetterだ。

うちの英語の担任も言っていたじゃないか。

「んー、いいよ。今日部活ないし。」

彼女はバドミントン部に所属している。

そのユニフォームがスカートの為、その女子達に同じ体育館を使っている男子群がいやらしい視線を投げかけていることは周知の事実だ。

僕もフットサル部があれば間違いなくそっちに入ったのだが、残念ながら存在しない。

クラスの半数程度が退室していき、ちらほら賑わいが冷めたところで、切り出した。

「ちょっと屋上まで付き合ってくれない?」

まずは勝負できる場所に誘導しなくては。

人目につく所はまず避けたい。

「屋上?わかった。行こっか。」

従順で愛おしい。

思わず声に出してしまいそうになる。



屋上のドアを開けると、春の匂いを感じさせる柔らかな風が吹き抜けた。

「今日は涼しいなぁ。」

「そうだね。夏なんてすぐ来ちゃうし、そうしたらこの自然な涼しさともお別れだね。」

「本当にね。名残惜しいよ。」

よし、切り出そう。

キックオフだ。

「で、話って何?」

出鼻を挫かれた。

「ああっ…! えっと、うん。ちょっと待って。」

一旦深呼吸をする。

キックオフ早々にボールを取られ、自陣に攻め込まれるあの感覚だ。

自分のペースで。

自分のペースでやろう。

サッカーの試合中はみんなにそう声をかけるのだが、今日は自分自身に言うことになった。

もちろん仲間はいない。

「あの、実は、山田さんのこと好きなんだ。僕と付き合ってくれないかな。」

脈打つ心臓の鼓動が耳のすぐ側で聞こえているような気がして、聴診器でも付けていたんだっけかと思ってしまう。

「えっ…!」

彼女は驚いていた。

どうやら僕の好意はあまり伝わってなかったようだ。

「ダ、ダメかな。」

緊張のあまり、声を震わせてしまった。

男らしさ、減点。

「んっと、そのいきなりで何て言ったらいいかわかんないっていうか… と、とりあえず!ちょっと考えさせて!」

彼女は、困惑しているのか焦っているのか、よくわからないテンションで言い放った。

「わ、わかった!じゃあ待つね!待ちます!で、できれば早めに返事、欲しいな!」

お堅い言葉遣いになっているが、そんなことを気に止めている余裕はない。

最低限、言わなきゃならないことは言ったはずだ。

「う、うん。じゃあ、またね。」

彼女はそそくさとドアの向こうに消えていった。

「はぁ… 緊張したぁ〜。」

全身の力が抜けるようだ。

風はさっきより強く吹いているが、さっきより心地良く感じられた。



その日、僕は部活に行った。

なぜかと言えばそれは、得られた結果が元々用意していた2択に当てはまらなかったのだから仕方ない。

明確な理由も無しにサボるほど、不真面目になれないのが僕の長所でもある。

「おーーー!来たか!」

宮崎が駆け寄ってくる。

「いや、まだ返事もらってないんだ。」

きょとんとした。

それから不服そうに口元をとがらせ、

「は?なんだよ。だったら返事待ちっていう仕草も用意しとけばよかったな。ユニフォーム裏表逆に着てくる、とか。」

「悪かったね。」

「まぁわかったら教えてくれよな。」

先ほどまでのテンションはどこへ行ったのかと問いたくなるくらい興味を失ったようだった。




翌日、いつも通りホームルーム15分前に教室に着くと、ずかずかと近づいてくる人物がいた。

山田彩だ。

「おはよう。」

僕はぎょっとしてしまう。

「お、おはよう…」

朝からなんて頼りない挨拶だろう。

自分のこういうところにはよく失望させられる。

「ちょっと、来て。」

荷物を置く間も無く、連れ出される。

後半戦のキックオフだ。



また屋上だ。

今日も一段と晴れ渡り、その空の懐の深さは、小さな悩み程度なら全て包み込んでくれそうな勢いすらある。

「昨日の話だけど。」

いきなり核心だ。

まるで油断していた所にロングボールを放り込まれ、自陣のペナルティエリアに攻め込まれたような感覚を得る。

「は、はい。」

シャキッとしろ、自分。

走ってもいないのに、震えるな、足。

「よく考えたんだけど、杉田くんって嫌な感じしないよね。」

「えっ。」

いきなりマイナス要素を取り払われた。

安堵するが、この後に来るのは残念な報告なのではないかと想像してしまう。

「で、私、男子で仲良い人あんまりいないし、正直男子のことよくわかってないから。こういうのってどうしたらいいかわかんなくて。」

確かに彼女が男遊びをしているだとか、そういった話は聞いたことがない。

そして、そういった清純なイメージがよりいっそう彼女を魅力的にしていることは間違いない。

「あ、うん。」

「でさ、こういう機会ってこれから何度来るかわからないし、簡単に逃していいものな気はしないんだよね。」

思っていたより、話が長い、が、ちゃんと考えてくれていたことに感動を覚える。

「僕も、そう思う。」

「だから私、とりあえず付き合ってみようかなって。」

決めた。

いや、決められた。

引き分けで迎えたアディショナルタイムでの決定弾だ。

頭がゴールネットのように揺れるのを感じた。

そうか、彼女はきっとリオネル・メッシで、これからゴールパフォーマンスを披露しに行くに違いない。

と、思ったがそんなことはもちろんない。




それから1週間が経った。

僕と山田彩は付き合っていた。

2度、部活が休みになった日に一緒に帰った。

宮崎にはすぐに伝えたが、その口からはすぐさま漏洩しそうな予感がしたので、きつく釘を刺した。

「僕が直々に話した相手以外でこのことを知る人間がいたら、まずお前を疑うからな。」

すると彼は心苦しそうな顔をしながらも、すぐに顔を綻ばせ、

「まぁ1週間もすれば、新聞部によって白日のもとに晒されるだろ。」

その通りだった。

新聞部の手際はよかった。

付き合うことになった日の2日後、それが僕と彼女の初の共同作業、下校だったわけだが、しっかり撮られていた。

完全に盗撮だ。

もちろん僕も彼女も全く気づくことはなく、その様は生徒たちから「サイレント・パパラッチ」と称されるほどだ。

そしてその翌月曜日、僕らの関係は白日のもとに晒されることとなった。

それからは一瞬だ。

まずはクラス、そして部活、学年と幅を広げていき、瞬く間に周知の事実となった。

僕はといえば、初めてこうしたスポットライトを当てられて浮かれるような余裕はなく、廊下ですれ違いざまに話したことがないどころか、顔も知らない生徒から

「おめでとう。」

であるとか、

「いいなぁ〜。」

などと声をかけられる状況にストレスを感じていた。

今なら芸能人の気持ちがわかる。

彼らはよく穏便に済ませられるものだ。

天皇に人権はないと言うが、テレビに出るという特殊性を考えると芸能人にも人権はないのかもしれない。

平気で侵害されるプライバシーが、一方では人の生活を支えているというのは皮肉なものだ。

山田彩は冷静だった。

「別にいいんじゃないかな。むしろ、ああやって騒いで、みんなが少しでも学校生活を楽しむ一因になるなら、いい事してる気分だし。」

彼女は芸能人気質なのかもしれない。

まぁ彼女がそうであるなら、それで良いと思えた。




それから約1ヶ月が経ち、夏休みまで残り2ヶ月というところで事件が起きた。

朝、僕はいつも通りホームルーム15分前に教室に着くよう家を出て、学校の玄関で靴を履き替えていた。

最近の僕はといえば、部活でもなかなかの活躍をしており、放課後はたいてい彼女と帰り、つい先日初めてファーストキスに至った。

それはそれは思い出深く、今でも思い出そうとすれば思い出せそうで、思い出そうとして恥ずかしくなり、結局思い出さないというサイクルを一人でやっては幸せな気分になっていた。

傍目にこれを目撃されたら、さぞ年季の入った樹の年輪さながらに歪んだ表情に驚かれるかもしれない。

教室に至るまでの廊下には様々な掲示があり、その中にはもちろん新聞部による記事もある。

そこで僕は、目を丸くした。

一面分の新聞記事、その右下に小さく区切られた枠内。

そこにあったのは男女が腕を組み歩いている一枚の写真と、小さな見出し。

ー山田彩さん、新しい彼氏誕生か?ー

「な、なんだ、これ。」

動揺した。

それはもちろん僕には覚えのないことであり、彼女からそんな様子は微塵も感じ取れていなかったからである。

そもそもこれは本物の記事なのだろうか。

偽りのでっち上げ記事じゃないだろうか。

僕単体を攻撃する為に用意された悪意に満ちた記事ではないか。

いや、ならば彼女も被害者だ。

と、思考を巡らせ、なんとか目を背けようとする。

教室に着くと彼女はいなかった。

「おいおい、あれ見たかよ!」

宮崎だ。

「見たよ。」

動揺を悟られないよう必死に平静を装う。

「お前も残念だったなぁ。しかしまさかあの子がそんなタイプだとはな。」

その言葉に思わず身体が熱を帯びた。

「まだ決まったわけじゃないだろ…!」

「そうは言っても新聞部の記事が誤報を載せたことはないだろ? それがあのプライバシー侵害集団の唯一の信頼じゃないか。」

その通りだった。

彼らの記事が今まで、でっち上げであったとか、勘違いであったことはないと言われている。

「今回が初めてのそれかもしれない。」

自棄になってそう言った。

「そう言いたくなるのもわかるけど、まぁその可能性は非常に低いだろうな。」

「とにかく彼女がそう認めるまで、僕は信じない。」

「彼氏の鑑だな。中にはあの記事だけで断定して、話し合いもせずに別れる奴もいるってのに。」

一刻も早く彼女と話さなくては。

しかし、その日彼女が姿を現すことはなかった。




その夜、僕は彼女に電話をかけた。

4.5回とコールが鳴ったあとで彼女は電話に出た。

「はい、もしもし。」

その声に力は無く、申し訳なさが滲み出てくるような気がした。

「あ、もしもし、杉田です。今日来なかったから大丈夫かなと思って。」

くだらない理由で心配できるのが彼氏という立場の特権である。

「う、うん。ちょっと気分悪くて…」

本当にそうなら、心配だ。

「そっか。ならゆっくり休んでよ。」

「うん。」

切り出すべきか、切り出さぬべきか逡巡した。

ゴールキーパーを前にして、左右どちらに蹴るか、よく逡巡しているうちに後ろから迫るディフェンダーにボールを奪われるというのは、僕が試合でよくやってしまうミスだった。

問われるのは一瞬の判断力。

そして思い切りの良さ。

「あ、あの、今日新聞部の記事にさ。」

「ごめんなさい!」

それは思いも寄らぬ反応だった。

「えっ…」

「私も、見たの、記事。」

「え? 記事が掲載されたのは今日だよ。」

頭は少々混乱しているが、冷静に対処できている。

「今日、学校行ったんだ。だけど教室入る前に、あの記事を見て、私…」

そうか、そうだったのか。

彼女は記事を見つけ、教室にいるであろう僕と顔を合わせるのが嫌で帰った。

つまり、それは、そういうことだ。

「そうだったんだ。じゃああれって…」

「あの先輩と腕を組んで帰ったのは本当。でも彼とはそういうのじゃなくて、一回一緒にご飯行っただけ。」

僕はこういう時、何と言うべきなのかを必死に考えた。

なぜ彼氏のいる身で、彼氏に何も告げずに他の男とデートをするのか、と糾弾するべきなのか。

それとも温厚に、それなら今後はそんなことしないでほしい、と諭すべきなのか。

結局わからずに

「わかった。体調良くなったら学校来なよ。おやすみ。」

と、だけ言って電話を切った。

ファールだ。

1枚目のイエローカードが出される。

2枚目を拝む時、それは退場を意味する。

フェアプレーを心掛けないといけないのだ。

ベッドに倒れ込むように身を投げた。

全身の力が抜けるようだった。



翌日、教室に着くと、彼女の姿があった。

おはよう、とだけ声をかける。

気のせいかいつもより、周りから視線を感じた。

「修羅場だ。」

「別れるぞ。別れるぞ。」

などと聞こえてくるようだ。

気が重いのは間違いない。

さらに言えば、今日起きてからここに来るまで、周りより重力がかかっているんじゃないかと錯覚するくらいには身体も重かった。

午前中の授業はほとんど上の空で、圧倒的に集中力を欠いていた。

昼休みになって、僕から声をかけた。

「屋上で一緒に食べない?」

普段はお互いそれぞれ仲の良い同性グループと一緒に昼食をとっていた。

「あ、うん。」

彼女は一瞬逡巡したが、すぐに了承してくれた。




ここ最近で屋上に来るのも3度目。

しかし今日は夏のイメージにはそぐわない曇り空で、どんよりとした空気はまるで僕が産み出した物ではないかとすら思えてくる。

「あの、昨日話したことだけどさ。」

「私もそれについて言いたいことがあるの。」

まただ。

なぜ彼女はこうも僕の出鼻を挫くのか。

「あ、うん。何?」

俯き気味だった瞳には力が戻り、しっかりと僕を見据えていた。

「あの記事のことは昨日話した通りなの。信じて。」

信じているさ。

信じていなかったら、どんな想像を巡らせばいいのだ。

僕は言葉を返さなかった。

「それでね、思ったの。新聞部のやり方って酷いんじゃないかって。確かに私も当事者じゃない頃は全く気にも留めてなかったし、いざ騒がれ出してもいいかなと思ってたの。」

彼女の言葉が怒気を帯びていく。

「でもね、まさかあんな一度のことで杉田くんと揉めることになるなんて思わなかった。 私の身勝手な行動に責任があるって言われたらそうかもしれないけど、それをわざわざ人目につくところに公開する意味ってなんなのかな。あの人たちは誰かからお金を貰ってるわけでもないのにさ。ただの趣味の一環で、人の人間関係を邪魔するのってすごく趣味悪くない?」

その話しぶりはさながらマシンガンだった。

押し寄せる敵攻撃陣による波状攻撃を受けているかのようだった。

「う、うん、確かに。それはその通りだと思う。」

彼女の怒りの矛先が新聞部に向いていることに違和感は感じなかった。

自分にも責任があることを認めたうえでの発言だったからだ。

「でも、かと言って彼らの活動を止めることはできないし。」

「そう。だからね、私考えたの。」

ニヤっとした彼女は今まで見せたことのないような表情をしていた。

「ささやかな復讐劇の幕開けだよ。」

リベンジマッチのキックオフだ。



3日後、僕は部活が終わった後、門前で人を待った。

10数分待ったところで駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「杉田くんごめんねー! 部活の片付け長引いちゃってさ〜!」

綺麗な長髪をたなびかせ、やってきた彼女の疲れを感じさせないその笑顔は眩しかった。

「あ、いや全然。お疲れ様。」

凝り固まった表情筋を解すように一度頬を触る。

「それにしても面白いこと考えるんだね。今日はよろしく!」

「僕が考えたわけじゃないけどね。うん。行こうか。」

彼女は山田彩と同じくバドミントン部所属の、篠崎楓。

クラスは違うのだが、山田彩のおかげで顔馴染みくらいにはなっていた。

「せっかくだから普段の話聞かせてよ!」

夏の夜、虫の飛び交う外灯の下、僕は彼女ではない女子と帰路についた。




その日から僕と山田彩は口を聞かなくなった。

もちろんその様子は見た通りであり、宮崎も当然のように

「お前ら、終わったのか?」

と聞いてきた。

僕は曖昧に返事を濁し、追撃を躱した。

翌週、例によって僕と篠崎楓が一緒に帰っている写真が週刊新聞に掲載された。

見出しはこうだ。

ーささやかな彼氏の逆襲!?ー

そりゃそうなるだろう。

これはたちまち全校に知れ渡り、前代未聞の2週連続で同じカップルの片割れが記事に掲載されるということはインパクトがあった。

反響は途轍もないものであり、付き合い始めの頃を優に超える挨拶、質問、妬み、暴言、をいただくこととなった。

「なんでまた、あんなことしたんだよ。お前ってそういうタイプだったっけ?」

宮崎が心配そうに、いや、呆れつつ声をかけてくる。

「僕がどういうタイプだろうが関係ないだろ。」

「とはいえ、お前の評判ガタ落ちだぜ。もともと良い評判あったわけでもないのによ。」

それは承知のうえだった。

「気にしてないから大丈夫。それに最後のは余計なお世話だ。」

そう、これは逆襲なのだ。

しかし、彼氏の、ではない。

僕と山田彩によるささやかな逆襲なのだ。




翌週、全校はさらに湧いた。

なにせ、山田彩がまたも記事を飾ったからである。

記事の大きさも拡大され、またもや男子と帰っている写真が掲載された。

それも今度は前回のとは別の男子、また彼には彼女がいるとのことであった。

これによる山田彩へのバッシングは酷いものだった。

男子よりも女子から痛烈な批判を受けていた。

しかし、この日から状況は変わり始める。

僕と山田彩が以前となんら変わらない様子で話し始めたのだ。

これには周りも唖然としたことだろう。

宮崎ですら、

「お前らには人の血が通っていないのか…?」

と青ざめた顔で言ってくるほどだった。




その翌週、記事を飾ったのは僕だった。

やはり、別の女子と一緒に帰っているところを撮られた。

しかし、周りの反応は違っていた。

「おい、これ本当なのかよ。」

「一緒に帰ってるのしか目撃されてないっておかしいよね。」

「あのカップルと一緒に帰ってた奴らも普通に何食わぬ顔で生活してるしな。」

「しかもあのカップル、前と同じように付き合ってるみたいだよ。」

疑惑の煙が校内に充満していた。

新聞部も違和感を察知したのか、僕らと関連した男女に直接話を聞きにきたりした。

しかし、僕ら側からは何の事実も語らない。

それが山田彩の企んだ復讐劇だった。

あたかも自分たちが互いに競い合うように男女を取っ替え引っ替えしてしているところを写真で撮らせ、にもかかわらずいつも通り付き合っている様子を周りに見せる。

そして協力者たちーーー僕らと一緒に帰った人たちーーーは悪びれる様子なく、生活してもらう。

これにより、周りからは

「なぜ、関係に亀裂が入らない?」

「記事自体が間違っているのでは?」

という疑問が湧き上がる。

記事の信頼に関わるので、新聞部は必死に関係者から情報を得ようとするが、誰も真実を語らない。

しかし、最近で1番のインパクトのあった記事なので、下手に掲載を打ち切ることもできないというジレンマを抱える。

僕らの復讐劇は夏休みまで毎週行われた。

そして僕ら側から新聞部以外の友人たちに、少しずつ真実を漏らすことで、一連の騒動が僕と山田彩カップルによって引き起こされたことだというのも無事に知れ渡った。

これには思いの外、賞賛の声が多くあがり、

「お前らすっげえ面白かったよ!」

「私も彼氏いたらやりたかったな〜!」

などという声を聞いた。

僕と彼女はと言えば、終業式の日、午後から互いに部活があったので、一緒に昼食をとることにした。

「久しぶりに行かない?」

彼女が言った。

「あー。行こうか。久しぶりに。」




夏休みを目前にした屋上には雲ひとつない夏空が広がり、太陽がこれでもかと言うほどに輝いていた。

「面白かったね。4月からここまで。」

そう言ったのは彼女だった。

僕も同意見だったので、静かに首肯した。

「それにしても新聞部ったら情けないよ。謝罪記事のひとつもなく、しれっと方向転換しちゃってさ。」

そう、今回の騒動を経て、新聞部は長年の伝統だった生徒間の恋愛スキャンダルを報道することを止めた。

報道される側が結託して、報道する側を手玉に取れるということが証明されてしまったこと、また、その動機はたいてい、人間関係の縺れを引き起こされたことによる怒りからくることを思い知ったからである。

触らぬ神に祟りなし。

否、書かぬ紙に怒りなし。

と言ったところだろうか。

「でもまた、何か新しいことを企んでるみたいだけどね。」

「私も夏休み明けたら始めるとかって聞いた。今度は生徒間の賄賂問題かな。宿題を代わりにやってあげるとか。」

「それなら彼らも情報を得るのにやってるからなんともやりにくいんじゃないかな。」

「確かに。」

彼女は屈託なく笑った。

僅かに滲む汗が光に反射して、太陽よりも輝いて見えた。

「よかった。彩と付き合えて。」

今や僕らは名前で呼び合っていた。

「私も。でもカケルって変わらないよね。最初から今まで。」

良いことなのか、悪いことか判断しかねた。

「良いことだよ、きっと。こうやってさ、今回みたいに信頼を得ている誰かの言ったことって簡単に人の関係を壊せるじゃん。でもさ、そんな時に自分だけはって、壊れずにいられたら絶対にわかってくれる人はいると思うんだ。」

確かに今回の件で僕らは一度、崩れかけた。

しかし絶対的な信頼を得る者たちに立ち向かうことを選んだ。

それを互いの共通の目的とすることで同じ方向を向いていられたのかもしれない。

「そうだね。ならこれからも周りがどう変わって、壊れていっても、僕らだけは僕らでいられるようにがんばろう。」

「なにそれ。クサいよ。」

おいおい、そういう流れに持っていったのは君じゃないか。

と言いたくなるが、その笑顔を曇らせるような言葉はいらないように感じた。

「また、来ようね。屋上。」

「そうだね。」

どんな季節のどんな天気の時でも、僕だけの太陽がある限り、僕は何度でもここに足を運ぶことになるだろう。

校庭から笛の音が聞こえる。

さあ、次はどんな試合が待っているだろう。






〜end〜

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― 新着の感想 ―
[良い点]  自由だからこそいいのだと思いました。 [一言]  だれしも弱点をつけば、一貫の終わりです。
2016/05/08 11:23 退会済み
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