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城となった小学校跡、その中に入った俺たちは、まず最初に以前も戦った黒い人型の怪物に出会う。光があるせいで向こうのほうがこちらよりも探知が早く、攻撃を仕掛けてくる。しかし、その攻撃はアーシェの作る防壁に阻まれ、怯んだ怪物を俺が銃で撃ち、行動不能にする。そういったスタイルで対処していくことになった。
「しかし……数が多いな」
「相手の本拠地だし、しかたがないんじゃない?」
先ほどから何度もあの怪物に出会っている。"闇の祝杯"がここにある以上、あの怪物がいてもおかしくはないのだが、こうも数が多いとなると厄介だ。
「何度も使って大丈夫か?」
「……光を作り直すのは無理ね。ストック分は能力で補うしかないわ」
「それは……」
「そっちこそ、殺気から何度も撃ってるけど大丈夫? 連続使用は十発まででしょ?」
「ああ、次まで間があるから何とかなる」
俺の使う銃の秘宝は使用者の血を使い、弾を作る。俺はそれにより血を失うが、秘法の効果によりすぐに回復する。だが、この回復も瞬間的に全回復するという便利なものではない。ある程度時間をかけて元の状態に戻す。そのため、連続使用をすると実際に血がなくなってきて、その影響を受ける。
さっきから何度も撃っているが、一度に二、三発。しかも次に撃つまでに幾らかの間があるから今のところ問題はない。
「また来たわ!」
「先手を撃つ!」
今度は相手が攻撃してくる前にこちらか撃つ。これ以上アーシェを消耗させるのは色々な意味でまずい。アーシェの能力は限界がある。そもそも本当の意味で限度まで使わせられるものでもない。早めに終わらせなければ。
「ここか?」
「……うじゃうじゃ出てるわね」
閉じられた戸、その隙間から闇があふれ出ている。中がどうなっているか要素がつかない。
「光、大丈夫か?」
「……そろそろだめね。追加で出すわ。どうせこの光だと難しかったかもしれないし、ちょうどいいかもね」
そう言ってアーシェが能力で光を作り出す。ストックとは違い、寿命一年分を消費して作り出す光だ。戸の隙間からあふれていた闇がその光で一気に消えていく。
「開けるぞ!」
宣言と同時に戸に手をかけ、扉を開ける。どぱっ、と中から闇があふれ出てくるが、アーシェの作り出した光でこちらに届く前に消え去る。
「あら、お客様かしら?」
中から可愛らしい、しかしどこか恐ろしいものを秘めたような声がこちらに届く。俺たちはその声の方向に目を向ける。
そこにいたのは銀髪に白い肌を持つ少女、その色は闇の中でこそ映え、美しくも感じられる。そしてそれとは対照的な黒い瞳と服。それらは闇と同化するかのような漆黒だ。その黒さがさらに彼女の肌と髪を映えさせているのだろう。
その少女はとてもかわいく、美しいと誰もが感じるだろう。だが、相対すればわかる。明らかに、恐ろしく感じるものだ。なんでドリーはこれと相対して平気だったのが謎なくらいである。
「あんたがクロか?」
「ええ、そうよ」
こちらの問いかけにうっすらと笑みを浮かべ、彼女が答える。
「……この惨状を止めてほしい、といって聞いてくれるか?」
「ふふ、ずいぶん優しい対応ね。秘宝や秘法を管理する組織の人員なのだから、もう少し傲慢でもいいじゃないかしら?」
答えにならない返事をされる。
「もう一度言う。"闇の祝杯"から生み出す闇を止めてほしい」
「答えてあげる。ノー、よ」
「なら、実力行使で止めさせてもらう!!」
彼女に向けて銃を構え、撃つ。だん、だん、だんと連続で三発。しかし、その弾丸は彼女周りに存在する闇が伸び、壁となり受け止める。貫通した弾は闇の中で爆散し、壁となった闇を破壊したが、クロには届かない。
「行けっ!!」
アーシェも攻撃のためのストックを使い、炎、氷、風の球をつくり、クロに撃ちだす。クロはそれを見て、煩わしいものを振り払うかのような動作で手を振った。その動きに合わせ、闇が動き、彼女に対し撃ちだされた球を破壊する。
「っ!!」
球を破壊するだけでなく、アーシェにも闇が襲い掛かる。咄嗟に防壁で闇を防いだので無事なようだ。
「…………」
あっさりとこちらの攻撃に対処されてしまう。正直どうやって勝てばいいかわからない。いや、方法はないわけではないのだが。
「もう終わりかしら? せっかく"闇の祝杯"の力を見せてあげるのに、つまらないわ」
「……それは闇を生み出す杯、だと聞いたが違うのか?」
「間違ってはいないけど、正しくないわ。いくつか見せてあげようかしら」
どぽっ、と彼女が傾けた"闇の祝杯"から闇が溢れる。床に落ちた闇はそのまま一気に人型をとる。今まで何度もそうたいした怪物だ。
「ただ生み出すだけじゃないわ。やろうと思えばこんなふうに形を持たせることも容易よ。まあ、人が使うには大変でしょうけどね。この闇は世界の闇。いうなれば世界の裏側に通じる杯なのよ、これは。多くの世界に存在する者たちが目を逸らし、捨て去った世界の裏側。どの世界でも闇はそこにたまっていくの」
クロが語り出す。しかし、いったい何者なのだろう。博士でもそこまで詳しいことはわかっていなかったはずだ。
「これがあれば、世界を闇で覆いつくすのは容易よ。私としては嬉しい限りだわ」
「……なんでそんなことを?」
何故、彼女がそんなことをするのか。理由がわからない。
「私は"絶望の偶像"。世界の底、その闇から生まれた闇の存在。たまたまここにきて、偶然知ったこれを使っていろいろしてみようかな、と思ったからやってみているだけよ。もともと世界に闇を振りまくのは私の役目ですもの」
「………………」
異常だ。彼女の言うとおりであるなら、彼女は人ではないということだろうか。秘宝の一種か?
「ツキヤ」
「アーシェ?」
アーシェが後ろからこっそり話しかけてくる。
「いつまでも話していても仕方がないわ。能力を使って、全力で仕掛ける」
「……本当に大丈夫か?」
アーシェの能力使用の代償、寿命一年分。零歳になるまで、死をいとわなければそこからさらに一度使えるが、今日はもう三度も使用している。いくら問題解決のためとはいえ、回復にかける時間の都合上、大変になる。
「どのみちこのままでいてもしかたないじゃない。終わらせないと」
「……悪い、任せることになって」
「別にいいわ。後でいろいろ奢って頂戴ね」
アーシェが前に出る。
「……闇の見えない子の次は光の強い子ね。何の用かしら?」
「全力で叩き潰させてもらうわ!!」
アーシェが能力で攻撃に全力を注ぎ、クロに放つ。圧倒的な力のこもった圧力波、先ほど生み出された黒い怪物がそれを止めようと前に出るが、あっさりと消される。
「あら、怖い」
クロはくすり、と笑う。彼女は手に持った"闇の祝杯"を大きく振るう。
「でも、本当の闇、世界の底の闇には叶わないわ」
振るわれた"闇の祝杯"から引き出されるように大量の闇が現れた。部屋を覆いつくす、覆いつくすどころか膨れ上がり部屋を破壊しかねないほどに膨大な量の闇だ。アーシェの力で作られた圧力波と相殺するどころか、まだ闇のほうが残るほどだった。
「っ!!!」
流石にアーシェもやばいと感じ、もう一度同じ圧力波をつくり、ようやく相殺される。クロのはなった一撃を相殺するのに二年分。流石に洒落にならない。
「凄いわね。褒めてあげる。底層、この世界のすべての闇が落ちて溜まる、すべての闇の眠る世界、私の生まれた世界から引き出した闇を相殺できるなんて。でも、そう何度も使えるものではないみたいね。お嬢さん」
アーシェは今日だけで五年分の寿命を使い、現在十歳の姿にまでなってしまっている。
「……まだ、できるわ」
「無理だ……二年分で相殺だったんだろ」
流石に絶望的だ。どうしようもない。
「いいわね、その絶望。私の役割にぴったりの心情ね」
くすくす、とクロが笑う。確かに言った通り、絶望を感じてはいる。だが、最後まで抗う気概はある。どれだけ絶望的でも。




