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「全く、人を疑うということを知らないのか、彼らは」
ハロンドが出て行ったツキヤとアーシェを見送った後、呟く。彼の浮かべてる顔は嘲笑、出て行った二人を嘲笑うものだった。
「仮に私が彼女に穴をあけられ、闇を生み出す存在となり果てたのであるなら、変わっていないはずがないのだからな」
彼はそう言って自分の胸に手を当てる。その手には黒い闇が生まれ、彼の胸元に張り付く。
「自身の本質を、彼女が教えてくれたのはありがたかった。実にいい」
ハロンドの胸元の闇は、ハロンドとつながりはじめ、再び穴を作り、闇を生み出そうとし始める。
「彼女も無駄なことをしたものだ。一年の年齢という代償を用いたのにな」
「本当だヨね」
ハロンドの独り言に大して答える声が聞こえる。その声の存在に驚き、ハロンドは声がした方を向く。
「……"人形師"!」
「ほンと、アシエもツキヤも甘イ。マあ、あたシも聞いテなかったラ気づカなかったダろうねー」
「ふん。まさかお前が来るとはな。誰の差し金だ?」
ハロンドは不機嫌そうにドリーに聞く。
「こコの支部長。アんたも知ってルでしょ」
「マルシェル……"事実の観察者"か」
「あんタがこうスるのを知ってれバもウ少し対策してたダろうけド。事件当日に見るルんじゃ世話なイねー」
フレデリックはこの事件が起きることはわからなかった。彼が見たのは事件が起きた後、ツキヤとアーシェがハロンドと会う所までだ。そのハロンドの行動や、精神性に違和感を感じ、そこにドリーを送り込んだ形となった。
「まア、あタしがこレからどうスするか、あんたはワかってルよね」
「お前の作ったサンプルはよく知っている。やれやれ、せっかくまだまだやれると思っていたのだが」
「後でいロいろと喋ッてもらうダろうけど、今のアんたとはこれデお別れ。じゃアね」
ドリーの背中にある籠から無数の手が蓋を押し上げ、ハロンドに伸びる。そのまま胸に存在する闇ごと、腕がハロンドを押しつぶした。
「道が分かりやすいな」
「大分消えてるけど、黒いのが残っているみたいね」
近くにある小学校跡地でクロという少女を発見した、とドリーに教えられたものの、どこに向かえばいいのかはいまいちわからなかった。だが、外に出ると明らかに闇が残っている、通り道が見えた。そのおかげで道に迷うことはなかった。
「しかし、この闇は消えないのか」
施設内に存在していたのもそうだが、闇は光で消し去ることができる。外に存在しているこの闇は自然に光で消えるはずだ。
「全く消えていないってわけでもないみたいね。ただ、全然施設内のとは違うみたい」
恐らく、この闇の性質、強さの違いによるものだろう。つまり、この闇を生み出した"闇の祝杯"、その強さが変化したということになる。秘宝がその性質を変えることは基本的にはないが、同じ秘宝や秘法などでより強力なものにすることは可能だ。
「俺は影響を受けないから大丈夫だと思うが、アーシェの方はこの闇は大丈夫か?」
「…………試してみるまではわからないわ。最悪、能力の方で対処するけど」
また一年分を消費する、流石に大盤振る舞いすぎやしないか、とは思うが、そうするだけの相手であるならば仕方ないだろう。だが、やはり無茶はしてほしくはない。
「だめなら逃げたっていいんだぞ。そもそも、休暇中だったんだから、仕事じゃないんだし」
「放っておくわけにもいかないでしょ。それに、他の人に解決できるようなものじゃないもの」
「……確かに普通にやってどうにかなるとは思えないけどな」
明らかに異常な相手だ。そもそも、俺たちだけで対処できるかどうかも疑問だ。応援くらい欲しいところだが、この闇への対処ができるか、受け付けないくらいでないとどうしようもない。数だけそろえても無駄になるだけだ。
「見えたわ………あれかしら?」
「何だあれ………」
闇の跡を追って、辿った先にあったのは小学校の跡地、なんてものではなく、黒い城だ。いや、あの黒いのは施設内にもあった闇と同種のものだろう。つまり、あの城は闇で造られた城ということだ。あの秘宝でこんなことができるのか。それともクロという少女の能力なのだろうか。
とりあえず、俺たちは近づき、入口に向かう。入り口からは例のごとく、闇が溢れている。
「光を出してみるわ」
「懐中電灯を持ってきたは良いが……まるで意味がないな」
懐中電灯の光ではほぼ消えるような様子はない。外の光でもなかなか消える様子を見せない闇だ。アーシェの出した光も、直ぐに消すことは出来ない。二つ、三つと数を増やし、五つ出してようやく闇をすぐに消し去ることができる。
「五つ……厳しくないか?」
「中に入ることも考えて、五つじゃ厳しいわね。あと二つほど出さないと先に進むのは無理。七つ出すとなると、二回が限度。それ以降は能力を使うしかないわ」
「…………早めに決着をつけるしかないな」
覚悟を決め、中に入る。アーシェの能力を使う危険性も考えると、急ぐべきだろう。
「お仕事終ワったヨー」
「お疲れ」
支部長室にドリーが入ってくる。そのドリーの言葉に対し、フレデリックは軽く返事をする。
「言わレた通り、あノ博士は殺しテきたヨー。イる?」
ドリーが背中の籠からハロンド・メルカーベルの頭部を出し、フレデリックに尋ねた。
「一度話は聞く必要はあるね。そのあとはどうするかは未定かな」
「おーケー。ジゃ、しまってオくねー」
ドリーは出したハロンドの頭を再び籠にしまう。
「ま、この先があるかどうかは彼ら次第なんだけど」
「んー、ツキヤとアシエのコと?」
「そ。僕が知っているのは彼らがクロと呼ばれる少女と相対する場面だけだ。彼女がどういう存在なのか、その先どうなるのかはまったくわかっていないんだよね」
フレデリックは今までのことを思い出す。"闇の祝杯"がクロに渡ることはフレデリックの能力により、わかっていたことだった。しかし、フレデリックは確定した未来しか見ることはない。その能力の特性ゆえに、どうがんばって"闇の祝杯"を破壊しようとしても無駄だ。
過去に能力の結果を回避するための行動をとろうとしたが、どう頑張っても不可能だった。今回も、人に任せて破壊しようとすれば何らかの理由で不可能になるだろうし、自分で破壊しようとすればそもそも自分の手元に来ないことになるだろう。一番いいのは、手元に"闇の祝杯"を置くことで、結果までの過程を監視できる状態にすることだ。だが、その結果ハロンドが裏切り、施設の汚染になったのは彼には頭の痛い話だったが。
「アシエとツキヤヲ暇にしタのはそノためかー」
「そうだよ。彼らが同時にクロという少女に会うのだから、下手に分断するようなことになると面倒なことになるからね」
例えば、彼らが合流してからクロという少女に会いに行く、ということになると、今回の事件が起きてからすぐではなく、一度合流するまでの時間が生まれてしまう。そうなれば、すぐに終わらせることで対処できたのに、相手が何かをする時間を作ってしまうことで洒落にならない事態を引き起こす可能性がある。フレデリックは今までの経験からどうすれば最善なのかを知っていた。
「何とかなればいいんだけどね。彼らが相対した、そのあとの未来を見たことがないからこの先どうなるかわからなくて不安だよ」
未来が見えないのは確定していないからなのか、それとも存在しないから見えないのか。フレデリックにはわからない。彼にできるのはツキヤたちがクロという少女をどうにかしてくれることを祈るだけだ。
「それニしても、あンたも変ワんなイね、見た目。ツキヤみたいニ」
「僕の能力のせいなんだよね。見た未来の時間まで確実に生きられるように年齢の経過が止められるんだよね。死ななくもなるし。それよりもドリーの見た目が変わらないほうが謎だよ。君の能力って死体関連だろう?」
ドリーの能力は死体を改造できる能力、というのがフレデリックの知っている情報だ。自分で殺した相手の体のパーツを自由に変形、操作でき、その結果生まれたのが彼女の背中に存在する死体入りの籠とそれから生まれる人のパーツの巨人だ。別に人に限る必要はないが、人が一番操作しやすいらしい。
「……実は言っテないコとも多イからネー。あノ能力、自己改造デきるんダ」
「なんとなく知ってたよ。君の喋り方、昔は普通だったしね。自分をどうにかした結果、というのなら納得できるよ」
うんうん、と隠されたドリーの真実を知り、納得するフレデリック。推測はできたのだが、長い間謎だったということで今回その内容を知ることでようやく満足できたようだ。
「……ナんかムかつく」
そのフレデリックの反応はドリーには不満の残るものだったようだ。