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支部長室、そこに椅子に座ったフレデリックが一人で窓の外を見ている。
「ドリー・モーデックの来訪……クロと呼ばれる少女の確保……さて、これからどうなるのだろうね」
先ほど窓の外でドリーがこの施設にクロと呼ばれる少女を連れてきたのを確認し、フレデリックが呟いた。
フレデリックの秘法、その能力は予知能力である。この先起こる未来、その内容を見ることができる能力だ。この能力で見る対象を選ぶことは出来ず、世界的な分岐点、もしくはこの先の未来における大きな出来事を見てしまうことになる。
「まあ、彼らがいるんだ。なんとでもなるだろう……なってくれるといいんだけど」
フレデリックの未来予知は救いのない能力だ。彼の見る能力による予知はすでに確定した未来である。そのため、その予知を回避するいかなる努力も無駄となる。たとえそれが世界が滅亡するような出来事であっても回避することは出来ない。しかし、その出来事に至るまでの過程、時間を変えることは出来る。
「…………あの少女はなんなんだろうね」
騒がしくて目が覚める。今は朝方だが、施設内がどたばたと騒がしい。
「……って、のんびりしている場合か!?」
自分で自分についツッコミを入れてしまう。施設内が騒がしいということは何かが起きているに決まっている。呼びつけられたわけでもないが、すぐに着替えをして部屋の外にでる。
「っ!?」
施設内は黒で覆われていた。
「これは……あの時の?」
以前にも同じようなことがあったことを思い出す。"闇の祝杯"という秘宝を回収したときのことだ。
「明かりがないとだめだな」
光がない。周囲の壁は黒一色で覆われており、明かりの類が全く機能していない。いや、光があれば闇は消えるはずだ。もしかしたら電力がダウンしている可能性もある。とりあえず部屋に戻り、明かりになるものを探す。懐中電灯くらいはあったはずだ。
「窓の外もだったか……」
朝方だと思っていたが、よく見ればうぞうぞと闇が窓の外を蠢いている。消えないということは発生源から出続けているということだろうか。すぐに懐中電灯を見つけ出し、施設の中の探索をする。まずは"闇の祝杯"を探し出し、闇をあふれさせるのを止めないといけない。
施設内を探索していると、闇に覆われた倒れ伏した職員がいることが確認できる。しかし、今すぐ助けるというわけにもいかない。施設が闇に覆われている現状を解決しなければ一時的に救出しても意味がない。彼らを無視して"闇の祝杯"を探す。と言っても、そもそも探す方向に見当があるわけでもない。闇雲に歩いていると、明かりを出している存在を見つける。
「ツキヤ! そっちは大丈夫だった?」
「アーシェ? いや、無事だけど……」
光を出していたのはアーシェだ。しかし、彼女の能力的に大丈夫なのだろうか。
「そっちこそ、光を出して代償のほうはいいのか?」
「この光はストック分だから大丈夫だけど……」
アーシェは自分の能力を用いて、数回分の魔術的な能力使用を可能としている。攻撃性能を持たせる場合は、三度の魔術行使で一年分、それ以外では十回で一年分、現在どれだけのストックがあるかは知らないが、あまり使うわけにもいかないだろう。
「懐中電灯とかじゃダメなのか?」
「光の強さの問題よ。私の出す光と懐中電灯程度の光じゃこの黒いのを払う強さが違うわ」
「ああ……俺は影響を受けないからなぁ」
多少闇が寄ってきたところで意味がないので無視できる。だがアーシェはそういうわけにはいかないだろう。
「とりあえず、元凶を見つけないとどうしようもないな」
「……私の能力を使って探すわ」
「……いいのか?」
今は十五の状態だ。これ以上若返ることになるのは本人的にはよくないはずだ。
「対処が優先よ。このままだと、どのみち消費する羽目になるわ」
確かに、現状歩いて探し続けるとなると、ストックの消費をしてしまうことになる。流石に使い切ることはないだろうが、その分の消費を補うのであれば今使おうが後で使おうが変わらないだろう。
「それもそうだな……頼む」
アーシェの能力により、この闇の発生原因の場所が判明した。何故かその原因が二つあったが、そのうちの一つがここ、研究室だ。
「……ある意味予測できたわね」
「まあ、そうだな。回収してきた秘宝をおいてるのはここだしな」
明らかに"闇の祝杯"の影響なのだから、回収した秘宝を置いていた場所で起きているに決まっている。いや、管理下であれば起きないのだから持ち出された可能性も大いにあるだろうが。
「あの博士は無事かしら?」
「どうだろうな。あの博士が実験した結果こうなった、ってのはないとは言えないが、あれを回収したのはだいぶ前だ」
あの博士はすでに実験を行っているはずだ。少なくともこれほどまで待ってから実験を行うなんてことはないだろう。
俺たちは研究室内部に入る。明らかに闇の量が多い。発生場所は確実にここだ。
「博士! いるのか!?」
大きな声で研究室内部に呼びかける。返事はない。
「二つ出すわ」
アーシェがストックの魔術を使い、追加で光を二つだす。合計三つの光を出し、周囲の闇を一気に消し去る。それでもまだ奥の方に闇が残る。一応こちらの光が闇を消し去る量のほうがあふれ出る量よりも多いようだ。
先に進むのに憂いがなくなったので、奥からあふれる闇を消し去りつつ先に進む。先を進み、闇を生み出す元凶を発見した。
「…………博士」
そこにいたのは、ハロンド・メルカーベル博士。しかし、その様相は明らかに異常だった。
「ほう……よく無事でいたものだ」
そこには胸元に大きく黒い穴をあけた博士がいた。その黒い穴からはこの施設を覆いつくしていた闇が生まれ続けている。
「その胸の穴は何なんですか?」
アーシェが博士に尋ねる。
「これか……何、私の心に穴をあけられたにすぎん。この闇はその心から生まれているものだ」
「…………一体どうして?」
どうしてそうなったのか、理由が不明だ。それを博士に尋ねる。
「く、くくくくく、ははははははははは!!!!」
突然博士が笑い始めた。
「お前たちは知らない。この世界に存在する底の知れない闇を! その闇がこの世界のどこかを闊歩していることを! 秘宝? そんな生温いものを知って人間は実にいい気になっていることを知らないのだ! 世の中にはもっと恐ろしい、人知の全く及ばぬ世界があることを知れ!!」
博士が叫ぶ。いったい博士に何があったのだろう。
「……教えてやろう。この胸の穴は"闇の祝杯"を用いてあけられたものだ。それを行ったのはクロと呼ばれる少女だ」
「……あの食堂の事件の時の動画の少女?」
「そうだ。そういえばあの時動画の確認をさせたのはお前だったな。あの少女が確保され、連れてこられた。私はあの少女の秘法を確認するため、その内を覗いた。そこにあったのは底知れぬ闇だ。"闇の祝杯"なぞあれには及ばん。そして、それを向こうは知ったのだろう。深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちら側を覗き込んでいるとはよく言ったものだ。そもそもの意味とは違うのだろうがな」
クロという少女、その恐ろしさを博士が説明している。それを素直に受け取ることは無理だが、今まで数多くの秘宝を確認してきた博士がそこまで言うほどだ。
「……私はメッセンジャーのようなものだ。お前たちにクロと呼ばれる少女が向かった先を教えてやろう。どうするかはお前たちが決めると言い」
そう言って博士がクロという少女の向かった先を言う。それは小学校、彼女が発見された場所だと言う。
「それ以上のことは知らん。とっとと行くがいい」
だが、その前にやることがある。
「その胸の穴はどうすれば?」
「対処法などない。私を殺すか、"闇の祝杯"を破壊するか、クロと呼ばれる少女でも言いくるめればいいのではないか?」
投げやりな反応だ。本人はもうどうでもいいのかもしれない。どうするか、と悩んでいると、アーシェが博士に近づく。
「直します」
「アーシェ!? 能力をまだ使う気か!?」
流石にきついと思う。しかし、博士を殺さず終わらせるのであるならばそうするしかないだろう。
「代償に関しては気にする必要はないわ。私が困るだけだもの」
そう言って、アーシェは博士に能力を使う。それにより、博士の胸元に空いた黒い穴が閉じる。
「…………やはりとんでもない能力だな」
博士はアーシェの能力で穴が閉じられた自分の胸元を見てつぶやいた。
「あレ? ツキヤにアーシェ?」
研究室から出たところで、ドリーに会う。そういえば、クロという少女の確保はドリーの仕事だったはずだ。
「ドリー! クロって少女を確保したのはお前だよな?」
「ソうだケど……そレがどうかしタ?」
首をかしげてこちらを見るドリー。
「見つけた場所を教えてほしい。施設が闇に覆われているのはわかってるだろ? その元凶がその少女だ。今は発見された場所にいるらしい」
「なルほど。そウいう理由なラ教えテあげヨう」
ドリーから少女の場所を教えられる。施設の北東、小学校の跡地。
「ありがとう、ドリー。ツキヤ、行きましょう」
「……まだ行く気か?」
流石にこれ以上の寿命の消費は厳しいのではないだろうか。今でさえ、二年若返っている。
「ここまで関わって終わりだけ何もしない、ってわけにもいかないでしょう? ほら、行くわよ」
「……無理するなよ」
「何か知ラないけド、頑張ッてネ」
ドリーがいってらっしゃーいと手を振って研究室のほうに去っていった。俺とアーシェは施設の外に向かい、クロという少女をどうにかしに向かう。




