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諸々の報告を終え、部屋に戻る。途中、自動販売機に通りがかったので、以前と同じように右端の飲み物を買う。
「………………」
近くには飲み物を買って座って飲めるように椅子がおいてあり、そこに座る。
「はあ……」
精神状態はあまり良くはない。長い間組織で仕事をやっている以上、人の死には何度も立ち会っている。仕事中の部隊員の死は何度も経験しているし、今回のような全滅もあった。俺の秘法の都合上、どうしても俺だけが生き残ることになる事態は珍しくない。慣れているつもりだったが、やはりこういうことは慣れないものだ。
「はあ……」
飲み物を買ったが、あまり飲む気になれない。俺の秘法の能力が精神状態も維持してくれているなら楽だったのだが。
「暗い顔してどうしたの? 何かあった?」
「アーシェ……」
通路の先から来たアーシェが話しかけてきた。
「買ったのに飲んでないわね。本当にどうしたの?」
そう言って俺の買ったペットボトルを取り上げ、ふたを開ける。
「おい、人の買ったのをとるなよ」
「飲んでないからいいじゃない。私程度ににあっさり取られるなんて本当にどうしたの?」
そのまま人の買ったものをアーシェが飲む。
「……炭酸以外も飲めるんだな」
「別に炭酸以外が飲めないから炭酸しか飲まないわけじゃないわよ」
軽く会話が行われるが、直ぐに途切れる。こちらが話をうまく続けられないからだ。
「……何かあったんでしょ。話したら」
長い付き合いだからすぐに察される。まあ、最初から心配されていたのだから普通に気付かれていたんだが。
「……仲間が全滅した、それだけだよ」
「……そう」
自分以外の仲間が死んでしまう事態はアーシェも経験済みだ。それ故に、下手に意味のない慰めを言ったりはしない。
「部隊の再編はどうなってるの?」
「今は新しく配属できるような人員は数が足りていないからしばらくは休暇だな」
「……休暇かぁ」
遠い目をしている。アーシェも現在は休暇だ。この施設に勤めている人間にとっては休暇は本当に暇だ。
「……何かすることでもある? 滅茶苦茶暇よ? 休暇」
「……ないなあ。食堂辺りで適当に駄弁ってるか?」
基本的に仕事をする以外でやることがない。ある意味長生きしてきたせいであれこれ娯楽に手を出さなくなってきたせいだ。老成したとでもいうんだろうか。これでも見た目は若いんだけど。
「それもいいわね。でも、暇つぶしになるようなものも持って行った方がいいわ。話す内容が尽きるもの」
「……そうだな。昔話に花を咲かせるのもいいけど、毎日そればっかりってのも無理だしな」
暇は人を殺すと言うが、本当に精神が殺されたりしないだろうな。
「あー。それじゃア、交渉決裂カな?」
遠く離れた山奥。一人の大きな籠を背負った女性と三メートルほどの大きさを持つ大猿が対話している。
「アタリマエダ。ワレワレガヒトノイウコトヲキクヒツヨウハナイ」
大猿の言葉は片言だ。しかし、人の使う言語を話す程度に知恵がついた、秘法を得た生物の一種だ。周りには二人の会話を見守っている無数の猿たちが存在している。大猿はこの群れのリーダーなのだろう。
「面倒だナぁ……お仕事オ休みしたいなァ……」
女性は頭の後ろに手を当てて、はぁー、と大きくため息をつく。
「ソれじゃあ、一度帰るヨ。また今度話ニ来るからソの時はよろシく」
「ナニヲイッテイル。ワレワレノナカマヲコロシタオマエヲニガスハズガナイダロウ」
ここに来る途中、女性はこの群れの猿に何度か襲われ、それを返り討ちにした。そのことを大猿は言っているのだろう。
「えー。でモ、襲われタから戦った結果ダよー? 倒してナかったらあタしが死んでタよー?」
「ソンナコトハカンケイナイ。オマエガワレワレノナカマヲコロシタ。ダカラオマエヲコロス。ソレダケダ」
大猿はそう告げ、周りにいる猿たちに向けて吠えた。猿たちはその声を聴き、ぎゃっぎゃっ、と騒ぎ始める。そして、ぞろぞろと女性の周りに集まり始める。
「はア……ま、いッか。手間が省けル」
そう言って女性は周囲の猿にぐるっと目を向け、大猿の方に向きなおす。
「しかタない、しカたないなー。あたシが襲われルんじゃあ、全部皆殺シにするしかナいなー」
そう言って女性はケラケラと笑い始める。その異様な雰囲気に圧されたのか、大猿が女性を襲うように命令を下す。猿たちが女性に襲い掛かる。
「行け」
女性がそういうと同時に背中の籠が破裂するように破壊された。
数分後、そこには無数の猿の死体とまだかろうじて息のあるぼろぼろとなった大猿がいた。女性はまったくの無傷で、その隣にはたくさんの猿のパーツと人のパーツで作られた巨人が存在した。
「オ、オマエハイッタイ……」
大猿は自分をボロボロにした巨人とそれを従える女性に対し明らかな怯えを見せている。
「もとモとあんタらは全滅させる予定ダったんだけどなー。せっかク性格の悪イ私じゃナくて、殺し慣れテる本職に頼んデ来ようと思ったノにー」
女性は大猿と交渉していたが、もともと大猿を含めた群れは殲滅することとなっていた。秘宝を得た動物、とくにその中でも社会性を持った動物は危険だ。なので、その全てを確実に滅ぼすために、大猿たちの群れに場所を移動してもらい、その全てを把握したうえで全滅させる予定だった。今回彼女が襲われたので、仕方なくこの場で全滅させる次第になってしまった。
「ナンダト……!」
「生き残リがいたら嫌だナぁー。山狩リしてチェックしてもらわナいといけなイから嫌だナー」
女性がどうでもいい動きをしながら独り言を言っている。彼女の言っている通り、事の次第を報告し、山に生き残りがいないかを調べるための部隊を送ってもらうことになるだろう。彼女はそうなった原因として色々言われることになる。それは彼女にとっては面倒ごとだ。だから微妙に彼女の機嫌は悪い。
「そうダ。どうせ死んでもらウけど、色々話を聞カないといけないシ」
そう彼女が言うと、巨人が大猿の元に動き始める。
「ヤ、ヤメロ」
「ですとローい」
ぐしゃり、と大猿の体に巨人の体を構成する多くの人と猿の手が大猿に突き刺さり、その命を奪った。女性が死んだ大猿の躯に近づき、その頭に手をかける。
「貰っテくね」
ぶちっ、と軽い音がして大猿の頭がとられる。それを籠に入れ、仕事を終えた彼女は巨人を引き連れ山を下りた。
「次ハー…………人の確保? 珍しイ指示ダなー」
女性が次の仕事内容の書かれた紙を読み、その内容につい声を出す。内容はとある秘法を得たと思われる女性の確保だ。場所だけはわかっているようで、その場所が記されている。この指示書の場所はうっすらと幻のように揺らいでおり、どうやら秘法の力で常に現在いる場所を記しているようだ。
「アたしが人の確保ダなんて難しイこと苦手だってわカってるはずなのにー」
女性の能力はあまり人を捕まえるのには向かない。それは彼女に指示を出した側もわかっているはずだ。つまり、それは生死不問ということなのだろう、と彼女は指示書を呼んで思った。
「おー、今イる場所、あそこニ近いなー」
秘法の力で記されている場所は彼女の知り合いがいるある場所に近かった。
「久々ニ会いに行ッてみるかなー」
目的地の近くで昔なじみに会える、と楽しそうに鼻歌を歌いながら、横に存在する巨人を四つん這いにし、その背中に乗って彼女は移動を始めた。