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「今回の仕事は秘法を得た人物の確保、もしくは殺害だ」
部隊の人員に今回の仕事内容を説明した。最も、言った通りで詳しい内容があるものではない。
「リーダー、もっと具体的な内容を言ってください……」
「それじゃあ何もわかりませんぜ」
ディナエリーとフェルモートが全く内容のない説明に言及してくる。
「……全く内容が分かっていないんだ。今回は調査班と連絡がつかなくなって、その捜索も兼ねたものだ」
今回の指令は本当に簡潔な内容で、ある場所で確認された秘法を得た人物を確保する、それができないならば殺害して対処しろという指示だった。
もちろんそれだけでは何も分かったものではない。通常、人であろうが他の動植物であろうが、秘宝であろうが調査班が一度調査して、何らかの情報があるはずなのだ。何故全く情報が存在しないのか。それについて聞くと、眉間にしわを寄せ、苦々しい表情をして調査班が消息不明になったことを告げられた。
つまり、調査部隊がその秘法を持った人物に接触した結果、失踪してしまったという可能性があるということだ。もちろん、ほかの要因があるのかもしれないが、一番高い可能性がそれだ。だからこそ、確保できなければ殺害しろと言われている。
「…………つまり、今回の仕事は危険なんですね?」
「恐らくはな。もちろん、そうでない可能性はあるが……」
その可能性は低い。
しばらく車両で移動していると、部隊員が互いに会話している様子が見られる。以前から仲のいい者同士での会話はそこそこ見られたが、少し前に入ったワレンコフも含めての話は珍しい。
しかし、楽しそうに話しているのは良いが、その内容が今回はどうせ簡単な仕事、俺なら楽勝とか、この仕事が終わったらパーッと飲み会に行こうぜ、とか、恋話で帰ったら食堂の子をデートに誘うんだ、とか露骨な死亡フラグめいたセリフを吐くのはいかがなものか。そういうものはいわゆるジンクスというか迷信じみたものだが、秘宝関連の仕事をしているとそういうものは注意しておくべきだろう。
「リ、リーダー」
「何だ、ディナエリー」
会話に入っていないディナエリーが真剣な表情をしてこちらに話しかけてきた。
「そ、その話があって…………」
「……話とは?」
「…………帰ってから言います」
なぜ今言わないのだろうか。というか、お前も露骨な死亡フラグを立てるんじゃない。
「この建物の中か」
指示された対象のいる場所そのものは、調査隊からの連絡が途絶えるまでの調査とその秘宝を得た人物のいくらかの目撃情報などでほぼ判明している。
建物は昔使われていた、小さな三階くらいまでのビルだ。
「人の出入りの跡あるよ」
ビルの入り口付近の荒れ具合の状況を見て、明らかに人が行き来していることが確認できた。中に入るとより顕著にそれがわかる。埃に足跡が残っており、それが部屋の奥まで続いている。三階建てなので、おそらくこの足跡の主は上層階にいるのだろう。
「ディナエリー、狼を出して気配を探れるか?」
「一応できます。やりますね」
ディナエリーの狼は秘法を持っている存在であれば、匂いを覚えなくても追跡できる。ディナエリーの出した狼たちはここにいるかどうかを尋ねられ、少し匂いを探るように動き、上を向き、そこにいると告げている。
「上にいるみたいです」
「……今ここにいるならちょうどいい。狼は入り口付近、外から見えない場所に待機させてくれ。他に誰かいて、そいつが外から戻ってくる可能性もあるかもしれない」
「了解」
狼が入り口付近の壁側にまで移動する。何かあれば、一方が相手に襲い掛かり、もう一方がディナエリーの元に向かうように指示を与えられた。
俺たちは足跡をたどり、階段を昇る。三階への階段は瓦礫でふさがれている。恐らくは二階だ。小声で指示を出す。
「一度、話しかけてこちらの施設に来るように言う。会話の途中でも何か攻撃をしようとするような動きがあればすぐに対処をするように」
「了解」
返事を確認し、足跡の主を探し、すぐにその対象を見つけた。中年の少しやせ気味の男だ。
「ん、誰だ?」
足音で気づいたのか男はこちらに問いかけてくる。
「俺は秘法を確保する組織に所属している部隊の隊長だ。話がしたい」
「…………」
男はこちらをじっ、とみてくる。どこか気持ち悪い嫌な視線だ。
「いいぜ。何の話がしたいんだ」
「お前は秘法を持っている人間だろう? どんなものかは知らないが、何らかの特殊能力を使える」
「ああ、そうだな」
男は秘法を持っていることをあっさりと肯定する。ただ、それだけなのだが意図が見えないのが不気味だ。
「俺たちは秘法を持っている人物をそのまま放置するわけにはいかない。そのためにも、一度こちらの施設に来て、管理下に入ってほしい」
「………………」
男はまた無言でこちらを見てくる。しかし、今度はその口角を吊り上げた。
「前にもお前らのような奴が来たよ。全く、嫌な話だ。俺は自由でいたいんだ」
「!」
男は以前にも俺たちのような部隊に会っていると言う。恐らくは調査部隊のはずだ。
「……そいつらはどうなった? 恐らくは俺たちの前に調査のために送られた部隊のはずだが」
「どうなったと思う?」
「聞いているのはこちらだ。答えろ」
男はこちらを見たまま何も言わない。しかし、間をおいて口を開く。
「すぐにわかるぜ」
男がそういうと同時に、後ろから肉が勢いよく折り曲げられる音が聞こえる。その音に振り向くと、俺以外の部隊の隊員全員が、腰の部分から頭が足に着く程に真っ二つに折られていた。まだ生きてはいるが、わずかな間だろう。治癒能力を持つような隊員はいない。もう助けるのは無理だ。
「フェルモート! ワレンコフ! ディナエリー! メイシエ! ジェイド! カルボニー!」
六人全員が一瞬でこんな状態にされた。ほぼ確実に今話していた男の能力によるものだ。男の方を向くと、なぜか男は狼狽えた様子だ。
「な、なんでお前は無事なんだよ!! お前にも旗は見えてるのに!!」
よくわからないが、こいつは俺にも能力を使ったようだ。物理的な干渉、念動力みたいなものならば俺もダメージを追うが、特定の条件を持つ相手に作用する条件発動型の能力であるならば俺の能力には通用しない。
俺は銃を抜き、男に近づく。男は近づく俺からうまく逃げることができず、後ろに後ずさりしている途中でこけた。倒れた男の頭に銃を突きつける。
「お前の能力は何だ?」
「ひ、ひぃっ! 殺さないでくれ!」
「……もう一度聞くぞ。お前の能力は何だ?」
がっ、と頭に銃をぶつける。
「言う! 言うから殺さないでくれ!!」
「早く言え」
男が自分の能力について話し始める。
男の能力は、人間に旗が立っているのが見え、それを折りたい、と思うと折ることができる。そして、旗を折られた人間はその旗と同じように真っ二つに折られるというものだ。この能力は男からある程度以上近くまで来ると、影響を受け、旗ができやすい状況を作るらしい。
恐らくは、こいつの言っている旗はフラグのことだろう。死亡フラグ、本当にフラグを立て、それを折られることでその命を潰える死の旗だ。本来旗を折るのは回避の意味合いになるが、秘法はそんな元々の意味合いを考えてくれるようなものではない。
この能力は人間だけに作用するもので、動植物には旗が立たないらしい。死亡フラグはそもそも人間の文化で生まれたものだからある意味仕方ないのかもしれない。
「な、話しただろ! その銃をしまってくれよ!」
「…………ああ、そうだな。今片付けるよ」
引き金を引く。だん、と銃を撃つ音がして、男の頭に銃弾がぶち込まれる。そして、内部で破裂し、頭を爆散させた。血が、肉が、男の脳がかかる。だが、気にならない。気がすまない。男の死体にも幾つか銃弾を撃ち込み破壊する。
「……………………」
男の能力は人間にしか作用せずそれも、特定条件の相手を殺害するという使い勝手の悪い能力だ。もっと利便性のあるものであれば、まだ無理やり従わせるなどして使い道はあったかもしれないが、使えない能力であれば殺すしかない。いや、たとえ使い勝手が良くても、俺は殺しただろう。部隊の仲間を殺した相手を、簡単に許す事なんてできない。
「………帰って、仲間を連れて帰って、報告をしないとな」
遺体を運ぶのはつらい。大変だろう。だが、俺がやるしかない。それが俺の役目だ。