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「これで終わりか、ようやく帰れるぜ」
ワレンコフが大亀を討伐し終わり、大きく息を吐いて体を伸ばしている。
「何を言ってる。まだ大亀の巣を探す必要があるぞ」
「へ?」
こちらの言葉に間抜けな返事が返ってくる。
「秘法は大抵の場合それを得た生物の子孫が持つことは珍しくない。だから巣を探して子供なんかがいないかを確認する必要がある」
「そいつ雌なのか?」
「性別は関係ない。秘法を得た生物は大体の場合、単独で子孫を残す方法を持っていることが多いし、分裂で個体を増やす場合もあるからな」
まあ、今回のように普通の生物が巨大化、強靭化、硬質化などの場合は単独で生殖する、という場合が殆どだ。通常の個体が特殊能力を得る場合ならばともかく、大きさが普通の生物よりも大きくなると同じ種族でも生殖が難しくなるから必然的にそういう傾向になるらしい。
「ディナエリー、狼を」
「はい!」
狼に死んだ大亀の匂いを覚えさせる。ディナエリーの出す狼は生きている秘法を持っている生物を見つけることができるが、子供などの成長しきっていない場合は難しい。大亀の巣の場所を見つけるには大亀の匂いを追って探すのが一番だ。
「覚えました。大亀の巣を探させます」
大亀から狼が離れ、大亀の通ってきたであろう道を辿る。しばらくその場で待っていると、大亀の巣と思われる場所を狼が見つけたとディナエリーが報告してきた。
俺たちはその場所まで行き、巣を確認した。卵や子供の類は存在しない。大亀以外の生物は狼が匂いを探り、いないことがわかったので巣をワレンコフに焼却させ、車両に戻り施設まで帰還した。
施設に戻り、今回の仕事の報告をした。今回の大亀の戦闘状況、およびその戦闘から推察される相手の秘法の能力など。そして、巣や卵など、その生物の子供が存在したかどうかなどだ。
あの大亀は特殊な能力などはなく、秘法は生物を進化、成長させる単純な強化をする類のものだったと推測される。巣は存在したが、卵などの子供の類はいなかった。特筆するところは頭殻が俺の所有している秘宝の銃弾を弾くほどの強度を保有していることだった。
その報告から、後で大亀の死体を回収することが決定したようだ。俺の使う銃の弾で貫通できないほどの強度を持つ頭殻であれば、色々な用途に使用できる可能性があるからである。秘宝や秘法を得た生物を回収したり、破壊したりしなければならない俺達にはそういった特別な装備も重要になる。そういったものを作るために使われる。
「ふう……」
報告を終えて、部屋に戻る途中にある自動販売機に寄る。この自動販売機は入れた飲み物を補充の必要なく、無制限に売り出してくれるものだ。最も、その飲み物のその時点での価値に等しいだけの、硬貨を入れないとならないが。
どうせならばただで出せばいいのにと思うが、秘宝は本来誰かが作り出すものではなく勝手に生まれてしまうものだ。その秘宝が持つ特性を選べるのならば今のような苦労は誰もしていないだろう。
硬貨を入れ、右端のボタンを押す。この自動販売機は入れられた時期が古いものが右に行く。自分のものが右端に移動してもう長い。もう昔の仲間のほとんどが死んで、生きているのも殆どここにいないことを寂しく思う。
「私のも買ってくれない?」
自動販売機からペットボトルを取り出そうとしたところに声をかけられる。
「いつものでいいんだな。アーシェ」
「ええ」
そこにいたのは調査部隊の隊長、アーシェ・キツミだ。彼女の飲むものは右端から二番目、俺の買うものの隣だ。
「たまには炭酸じゃなくてこっちでも飲んでみたらどうだ?」
「別にいいけど、そっちも炭酸嫌いを直したらどう? お互い自分の好きなのを交換して飲んでみる?」
彼女の好きないつもの炭酸飲料のペットボトルを自動販売機から取り、渡す。
「ほら、炭酸」
「好き嫌いくらい治したらどう?」
「別に何を飲んでもいいだろ」
先に買ったペットボトルの蓋を開け、少し飲む。
「……また小さくなったな。今は十六くらいか?」
「十五。だから調査部隊は一時解散することになったわ」
アーシェは以前会った時よりも少し小さくなっている。アーシェの能力は願いを叶える、というきわめて強力な能力を持つ秘法だ。際限なく願いをかなえられわけではないが、その強力な秘法のおかげで部隊員の生存率、帰還率が高い。部隊の数字はより長く存続しているほど小さくなる。
だがその能力の代償は極めて重い。彼女の能力を使う上で必要なものは自分自身の寿命、それもどんな願いであっても一年分の寿命を消費するのだ。その代償ゆえに、昔は滅多なことで部隊として活動できなかった。
しかし、ある日彼女の能力における代償の寿命、その考え方を変えたことで大きくその事柄が変化した。寿命というのは、年齢を積み重ねることでその人間の器の許容量を超えてしまうことで死に至る、という考え方だ。
もちろん、寿命がそういうものであるというのはただの妄想、妄言に近い。だが、彼女の能力は願いを叶える、というものだ。代償をなくすことは出来ないが、代償の消費の仕方を変えることは可能だった。その時から彼女は能力を使うたびに若返る、という状態になった。
以前よりは使いやすいが、もちろん年齢が生まれた時よりも前になれば消滅するだろうし、そもそもある程度の幼さまで行けば行動自体が難しくてどうしようもなくなる。そのため、十五歳まで若返った時点で部隊から離れ、暫くは年齢の経過を待つことになっている。
「しばらくは休暇ね」
「そのしばらくはどれくらい先になるんだよ……」
「部隊の中身が変わってないといいけどね……」
その能力の代償を使用してもいいくらいになるまで待機するとなると、最低五年、最大でも十年は待機だ。下手をすると仲間だった人員が何かの事件で死ぬことも珍しくない。
「そう言えば何に能力を使ったんだ?」
「前に会ったときから、一回は調査中に。もう一回は……確かあなたも関わった、食堂で起きた事件の動画関係者の調査よ」
「あれか」
あの時の事件、その動画の撮影者、および映された歌っていた女性のことだろう。
「わかったことは?」
「気になる?」
「……まあ、俺も少し関わったからな」
あの時動画を確認し、移されていた人物のスクリーンショットを移したのは俺だ。直接事件の起きた現場にもいたしな。
「……今、どこにいるかは分かったけど、それだけしかわからなかったわ」
「……お前の能力でもそれだけしかわからなかったのか」
「ええ。恐らくとんでもない秘法を持っているか、秘宝があるかでしょうね」
寿命一年を必要とするアーシェの能力は強力だが、相手がそれ以上に強力な力を秘めた秘宝の類であれば、その能力でも調査が難しい。
「……そろそろ、私は行くわ。引き留めた形になって悪かったわね」
「ああ、またな」
「またね。後ろの子も」
後ろ? アーシェの言葉に振り向くとディナエリーが廊下の角からこちらを覗いているのが見えた。発見されたことで気まずそうに出てくる。そちらを向いているうちに、アーシェは行ってしまったようだ。
「ディナエリー……なんで隠れてたんだ?」
「い、いえ。その、仲よさそうに話していたので邪魔しちゃダメかなって……でも、あのひと前に話してた時と全然違いません?」
「ああ。アーシェは仕事中とプライベートで口調が変わるんだよ」
「そうなんですか」
ディナエリーが公私がしっかりしているなんて凄いと感心している。まあ、あいつのあれは秘法の能力でああなったんだが……
「そうだ。どうせだから何か飲むか? ちょうどそこに販売機もあるし、奢るぞ」
「え!? い、いえ、いいですよ!?」
「じゃあ、俺がいつも買っているのをやろう」
そう言って自動販売機に硬貨を入れ、いつものを買って取り出し、ディナエリーに渡す。素直に受け取ってくれたが、困ったような表情と他に何かよくわからない表情が混ざったような顔だ。
「じゃあ、まだ指令があるまでゆっくりするんだぞ」
「は、はい」
俺はディナエリーをその場に残し、部屋まで戻った。




