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車両は森の傍まで近づいたところで停車し、メイシエとジェイドを待機させ、何かあったときは連絡を入れることと、場合によっては車両ごと一時的に逃げることを指示した。
「ディナエリー、狼を頼む」
「了解」
ディナエリーが自身の秘法を用いて、月光とともに狼を二体出現させる。
「おおっ!?」
ワレンコフが突然現れた狼に驚く。ワレンコフはこの部隊に入ったばかり、仲間の能力はほとんど把握していないようだ。
「ワレンコフ、お前が一々驚くと今後面倒なことになりかねん。一度隊員の能力について把握してもらおう」
まず、俺の能力について解説した。車両で一度話したので、精神系の秘宝の影響を受けない、怪我をしてもそのうち回復する、半ば不死身に近い能力だと説明した。
次に今見せたディナエリーの能力について教えた。ディナエリーの能力は月を象徴とする存在を召喚する能力だ。この召喚というのは生物をそのまま転移させるものではなく、一時的に概念的な要素を物質化させるものであるらしく、いくら死んでも問題がない。ただし、この能力は呼び出すと一日間をおかないと使えない。もう一つ、この能力の派生みたいなもので月ができるようなことをできる、というのもあるが、そちらは月明りの光を生み出すことしかできない、
今ここにいないメイシエの能力は、物質の転移能力だ。あくまで一時的な移動であり、物質的に分離するようなことはなく、能力を解くと自動で戻る。主にヌンチャクでの攻撃を転移させ、相手の狙った個所に一方的な攻撃を仕掛けることに使用している。
ジェイドの能力は物を貼り、くっつける能力だ。その能力もあり、組織で作られている治療用のセロハンを傷口に貼る簡易治療が主な仕事だ。治療以外にも、生物の足を貼り付けて行動不能にすることなどもできるのだが、そういう手法は場所の都合もある。今回は外での行動なので無理だな。
カルボニーの能力は、見ている場所であるならばあらゆる投擲物、攻撃などを誘導し、その場所に命中させることができるという能力だ。なので主に銃器を使っている。見えないところは無理なので、待機させてから相手の攻撃したい部位が狙えるようになってから攻撃させることが多いな。
フェルモートは一度見せたことがある。鉄壁の六角柱を展開する能力だ。フェルモート以外の生物を範囲から追い出し、物理的に通行不可能な壁を作り出す能力だ。あまり過信すると秘宝相手では概念や精神の攻撃みたいなものがあるため、使いどころを間違ってはいけない能力だ。
彼らの能力についてワレンコフにざっくりと説明した。
「は、はあ……」
「無理に覚える必要はない。ただ、一度説明しておけば能力を見た時に一々驚かないだろう?」
「まあ、そうだと思うが……」
不安になる返答だ。まあ、説明されるのと実際に見るのは違う。
「……ま、あまりあれこれ言ってもしかたがない」
成るように成るだけだ。
「悪い、少し話に時間をとった。すぐに大亀を探すぞ」
秘法を得た生物は意外に面倒な相手だ。まず、相手は生物であるため、住んでいる場所から色々な場所に移動していることが多い。彼らはその生命力、強靭さもあり、数日住処に戻る必要がないことも多く、場合によっては寝ることもあまり必要としない場合も珍しくはない。
そのため、調査部隊が発見した当時から大きく場所を移動していることは珍しくない。一応、調査部隊は巣を見つけるところまでを仕事としているが、数日追っても巣に戻らない場合は巣を作らないものとされ、帰還しその旨を報告することとなっている。実は巣を作る生物であった、と後で判明することも少なからずある。
多くの場合、見つけた場所付近からいくらか捜索してようやく相手を発見するが、俺の部隊の場合はディナエリーの存在がある。ディナエリーの能力で生み出した狼は、指定した存在を匂いを知らなくても見つけることが可能だ。どうして発見できるのか、ディナエリーが理解している限りでは聞いた相手の存在の強さからその痕跡を把握しているらしい。相手が秘法をもっているからこそ可能なのだそうだ。普通の生物の場合は匂いがないとダメであるらしい。
「……いました」
小声で発見の報告をディナエリーがしてくる。ディナエリーは無言で指さす。そちらに視線を向けると、遠くに大亀がのしのしと森を歩いているのが見える。
「場所が悪いな」
ここは森の中だ。相手に攻撃を仕掛けるにも、木が障害物となるのでよくない。相手も同条件だが、できれば一方的に素早く倒したい。
「……相手が開けた場所に出るまで待つ。気づかれないよう、いくらか距離を置いて、ディナエリーの出した狼に相手を追ってもらう。ディナエリー、頼むぞ」
「はい」
そう言ってその場所から離れ、大亀の動きを待つ。ディナエリーの作った二匹の狼はお互いの状態を把握しているらしく、その狼を通じて大亀が俺たちの戦いやすい場所に来たら吠えて相手の場所まで案内してくれることになった。
しばらく待ち、狼が吠える。すぐに走り出し、俺たちは狼についていった。行った先では大亀が木のなくなった場所にでている。ただ、本当に出たばかりで、広い場所の中央とかではない。狼が攻撃をして、注意を引き付けている。
「ディナエリーは隠れて狼に戦闘を任せていろ。カルボニーは森の中に隠れて後ろから脚の関節を狙って撃て。フェルモートはもし相手がカルボニーのほうに向かってきたときに防壁を張って大亀が行くのを防げ。ワレンコフは俺と正面であいつに相対し、引き付けるぞ」
「え!? 俺が正面か!?」
ワレンコフが嫌そうな顔をする。
「俺が前に出てやる。お前は俺の後ろから炎で攻撃すればいい」
ディナエリーの狼もいる。俺は攻撃を受けてもある程度平気だから多少の壁にはなる。ワレンコフが前に出ても一撃で死ぬだろう。後ろから攻撃してもらうのが一番だ。
「それなら……」
「攻撃をする奴は攻撃の手を休めるなよ! 行動開始!」
「了解!」
全員がそれぞれ己の役目を果たすために分散し、配置につく。
「ワレンコフ、早くいくぞ!」
「あ、ああ!」
行動が遅れているワレンコフに怒鳴り、動かす。木の間を抜け、大亀の正面に出る。大亀はちょろちょろと攻撃してくる狼に構っているせいでこちらに気づいていないようだ。銃を構え、相手の頭を狙う。見る限り、鎧のような硬質的な殻ができている。あれを貫通できれば一撃で殺せるが、そう都合よくも行かないだろう。そう思いながら引き金を引く。
「行けぇっ!」
後ろでワレンコフも大きく声を出して攻撃を始めたようだ。炎が大亀に向かっていく。残念ながら先ほど撃った弾丸は殻を貫通できず、殻で弾かれてそれたようだ。ならば、身体の甲羅から出ている脚や、甲羅と足の隙間を狙おう。だだだ、と森から音がする。大亀の足を狙ったカルボニーの攻撃だ。相手の体が硬く、撃ちぬくほどではない。しかし、ある程度痛みを与え、動きを止めることには成功している。炎もある程度ダメージを与えているが、決定打にはならない。近づき、今度は首、を狙う。流石に甲羅とすれやすく、伸ばす部分である首は固いはずがない。首を貫き、中で弾丸が破裂する。大きなダメージになったが、そのせいで大亀が暴れてその暴れた動きに巻き込まれ吹き飛ばされた。
「リーダー!」
「大丈夫だ! 攻撃を続けろ!」
森から届くディナエリーの悲鳴のような叫びに声をだし、ワレンコフとカルボニーに攻撃続行の指示をだす。炎が大亀を焼き、弾丸が足の関節を痛めつける。大亀は大きく倒れる。しかし、まだ大亀は死んでいない。俺は倒れた大亀の体に登り、甲羅から首、頭を狙う。下から狙った方が頭に届きやすいだろうが、流石に体の下に入ると潰されるのが怖い。首を通じて頭を打ちぬく。途中で弾丸が破裂し、脳を破壊するまではいかなかったが、頭で弾丸が破裂したのが決定打となった。手足、頭を甲羅の中にゆっくりとしまう。その状態になって俺は甲羅から降りた。
「リーダー!」
「……死んだのか?」
森にいたメンバーが集まってくる。そんな中ワレンコフだけは大亀を見て呟いている。
「……まだ生きている可能性はある。ワレンコフ、大きな炎の球を作って大亀の頭をひっこめた穴にぶち込め。燃え上がるようにしてな」
「おお!」
元気よく返事をして、大きな一メートルほどの炎の球を作り、大亀の頭が引っ込んだ穴に放り込んだ。中で燃え上がり、流石に大亀も頭と足を出してくるが、その動きが弱々しい。
「みんな、離れて様子を見るぞ」
動きが鈍く、苦痛に暴れる様子もあまりない。しばらくそのまま相手の様子を見ていると、動きが完全に止まり、地面に倒れこんだ。何度か攻撃し、反応がないのを確かめ、大亀が死んだことを確認した。




