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妄想設定作品集  作者: 蒼和考雪
artifact
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5

「……休みか」


 秘宝の回収をした後、基本的に暫くの間は休みだ。傷の治療、精神の休養など、直ぐに次の仕事に移れない状態になることも多いからだ。場合によっては部隊員の補充として誰を回すかなどの話し合いも必要になる。今回は運よく死亡者が出なかったが、秘宝によっては全滅することも珍しくはない。熟練のリーダーと隊員、便利で強力な秘法を持っていても、運が悪ければ死ぬこともあるのがこの仕事だ。


「……もう昼過ぎだな」


 最後の博士の相手も含め、仕事の時間は丸一日だった。部屋に戻ったのは夜遅くというほどの時間ではないが、疲労の貯まり具合が大きかったためだろう。昼まで寝てしまっていたようだ。


「食べに行くか」


 朝を寝て過ごしていたのでお腹もすいている。少し遅めになるが昼食を取りに行く。







 施設の食堂は食券制だ。食券を購入し、それを提出してすぐに料理が作られ渡される。どう考えても料理のできる速度が異常だが、秘宝なのかと毎回思う。机の上に座って食べていると、後ろにパソコンを持った二人の職員が座る。


「それでな……」

「これが?」

「…………凄いんだ」


 持ってきたパソコンを食堂の机の上に置き、起動させ、何かを見せているらしい。食堂に来たのだから食事をしろ、とは思うが、食堂は食事だけではなく、交流するためのフリースペースの一面もある。施設はいろいろな設備があり、大きくしなければならないが、秘宝で事故が起きた時の被害を軽減するために施設の大きさを制限している。そのため、ある程度必要性の低いものは纏められている。静かに食事がしたい場合は自室に食事を持っていくようだ。


「これだぜ」

「………………おお」

「やっぱり………………」


 断片的に話が聞こえてくる。意識して耳を傾ければもっとしっかり聞こえるが、別に人の話を聞きに来たわけでもない。あまり周囲がうるさいとあれなので、早く食べて部屋に戻ろう。


「お前も……………」

「ああ……………………………………」


 食事も終わった。たまには間食もしたいし、持ち帰りようの炒飯のおにぎりでも買っていくか。そう思っていると、がたん、と後ろで人が倒れる音がした。


「おい、どうした!?」


 振り向くと、先ほどパソコンを持ってきていた男が突然倒れた同僚の様子に驚いている。


「おれはだめだおれはだめだおれはだめだ」


 倒れた男は何かうわごとのように同じ言葉を呟く。


「おい、おいって!」


 倒れた同僚を正気に戻そうと揺すっている。


「大丈夫か? 何があった?」


 流石に大変な様子であったため、無視することは出来ず、状況を尋ねる。


「わかんねえ!」


 倒れた理由がわからない。わからない以上、揺するのはあまりよくないだろう。


「誰か医務班を呼んでくれ!」

「私が行きます!」


 食堂にいた一人の女性職員が医療職員の呼び出しを引き受け、食堂を出た。食堂には他にも何人かの職員がいて、彼らは突然の人が倒れた様子にざわざわとしている。


「おい!」

「ひとまず揺するのはやめろ。何が原因かわからない以上、揺すると悪化する可能性が」


 ぱちん、と揺すり続けていたせいか、倒れた男のつけていたイヤホンが引っ張られ持ってきていたパソコンから外れた。


「♪」


 ぞわっ、と悪寒がした。俺の秘法はその特殊な性質もあり、精神汚染の類は受けない。だが、その音を、曲を、歌を聞いたとき、確かに体中を虫が這いずり回るかのような怖気が走った。


「うわあああああああああああ!!」

「もう嫌だ……もう嫌なんだあああああああああああああ!!!」


 食堂のあちらこちらで叫び声が上がる。そちらの方を見てみると、恐怖に染まった目をしながら頭を抱え、がたがたと震えている職員や、何かから逃げ出そうとして机や椅子、さらには壁にまで引っかかる職員がいる。そこまで顕著な様子を見せていない職員もいるが、彼らも気持ち悪そうにしていたり、何か嫌な予感、悪寒を感じているのか不安そうな表情をしている職員もいる。


「な、なんだ!?」


 倒れた同僚を揺すっていた男が突然起きた様々な職員の状態の急変に戸惑う。


「そのパソコンを止めろ!」


 明らかにそのパソコンから流れてきている音楽、歌が原因だ。先ほどイヤホンで聞いていた職員が最初に倒れ、そのイヤホンが外れ周囲の職員がそれを聞いたことにより影響を受けた。そして、先ほどから嫌な予感が止まらない。恐らくこれはそのままにしていると危険だ。


「え? えっと、なんでだ?」

「明らかにそのパソコンから流れている音楽が原因だ! 秘宝関連の可能性もある! すぐに止めろ!」

「あ、ああ! わかった!」


 男がパソコンを操作する。しかし、音楽は止まらない。


「止まらない! 音量の調節も、サイトを閉じるのもダメだ!」


 理由は不明だが、パソコンの状態が音が流れる状態で維持されているようだ。他のことは出来る様子だが、その音楽を停止させることはできない。


「どうすればいい!!」

「……弁償はしないからな!」


 腰に付けた銃を引き抜く。


「おい! 何するつもりだ!」

「無理やり止めるしかないだろ」


 パソコンを撃ちぬく。薄いノートパソコンだが、途中で銃弾が破裂し、粉砕する。どの程度まで破壊すれば音楽が完全に停止してくれるかはわからなかったが、一発で終わってくれたのはありがたいことだ。


「俺のパソコンがあ…………」

「……後で秘宝に関してのデータを得る際に修復してもらえるか頼んでみたらどうだ?」


 少なくとも、今回の事件の原因の調査や、秘宝の効果や性質を調べるのにいったん修復される可能性はある。最も、そのあとパソコンそのもののデータが無事かはわからないし、再度破壊される可能性はある。その時はあきらめるしかないだろう。







「それで、今回の事件は何が原因だったのかな?」


 施設の支部、その長である支部長――フレデリック・マルシェルは彼の務める支部長室で今回の食堂で起きた秘宝の事件についてメルカーベルに尋ねた。


「破壊されたパソコンを修復して、そのアクセスデータを調べたが、そこに投稿されたとある動画が原因だ」

「動画ねえ……」

「正確にはその動画そのものではなく、その動画において撮影されていた人物が歌っていた歌が原因のようだな」


 そう言ってメルカーベルはマルシェルに一枚の拡大画像を差し出す。


「これがその人物かい?」


 拡大画像に移っていたのは、銀髪で白い肌、黒い瞳、そして髪の毛や肌の色と対比したかのような漆黒の衣装を着た、綺麗な少女だ。


「実際に動画を見て、一番わかりやすく人物が移っているところをスクリーンショットで写してもらった。私がやりたかったが、私も影響を受ける危険があったから他の人員に頼まざるを得なかったのが残念だった」

「へえ。博士が影響を受けるなんて、相当な話だな」


 メルカーベルの秘法は秘宝の性質を調査できる能力であり、それはつまり秘宝のより本質、危険な領域に足を踏み入れることのできる能力だ。その特性上、秘宝による悪影響は精神系の秘法の能力者に近いくらい受けづらいはずだが、それでもなお影響が出るということはそれほどまでに影響力が強いということになる。


「実はその人物、および投稿者や撮影者に関してはまったくわからなかった。いや、名前だけはわかったな。本名かどうかは不明だが」

「秘宝や秘法を用いても後を追えなかったのか?」

「その通りだ。明らかに異常なものだよ」


 秘法や秘宝を使えばよほどのことがない限り調査できないということはない。つまり、この秘宝関連のものはよほどのことなのだ。


「……原因、その他不明な点が多いのは問題だな。また同じことが起きかねない」

「調査に関してはまかせる。残念ながら全部破棄されてしまったから簡単にはいかないだろうがな」

「…………あまり頼みたくはなかったけど、調査班の彼女の能力に頼らざるを得ないなあ。せめて秘法か秘宝かがわかればいいんだけど」


 この影響を与えたのが動画の音声自体なのか、それとも撮影された人物の歌う歌そのものか、もしくは撮影された人物が歌うことによるのか、それすらも現時点では不明だ。


「この歌による影響の内容は?」

「精神汚染だ。精神を絶望の心情に導く性質がある。聞いてすぐに影響を受けなくても、時間で影響を受けるようだな。起きている状態での治療はできないが、いったん気絶なり寝かせるなりで精神活動を途切れさせればある程度回復する」

「結構面倒な影響だね。被害が人の少ない状態の食堂でよかったよ」


 もし、もっと人が混んでいる状態であればもっと被害があっただろう。


「……ああ、そうだ。この写っていた人物の名前は何だったのかな?」


 博士の言っていたことを思い出し、マルシェルは尋ねた。


「『クロ』だ」

「……偽名臭いなあ。クロ……黒かな?」


 絶望の歌を歌う『黒』という名前の存在。明らかに能力や影響を意識した名前だろう。


「ああ、そういえば見てもらっていた人物はアイドルとも言っていたな」

「アイドル? 日系なのかなあ……古い文化のはずなんだけど」


 世界が今の状況になる前に存在していた女性や男性が歌や踊りで人々を楽しませる、そんな仕事をしている人物を指す名称だ。


「……古参かな」


 この世界に今のような秘宝や秘法を得た存在が生まれた、その当時から生きる存在は意外と珍しくない。そういった秘法を得た存在や秘法は往々にして強力だ。より注意を払う必要があるだろう、とマルシェルはクロと呼ばれる女性の写った画像を見て思っていた。

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