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「おーい、智治くーん?」
「……ああ、先輩」
「また?」
「………………そうです」
最近何かあると部室のほうで考え事をすることが多い。先輩が相談という形で意見を聞いてくれるからだろうか。
「今回はどうしたの?」
先日のダブルスのバトルの少し後にランクアップ戦の連絡が来て、Cランクに上がった。
そのあと暫く普通に戦っていたのだが、ある一戦の後にメッセージが来た。
それはサバイバルでバトルをしないか、というものだ。
サバイバルはバトルの種類の一つで、いつもの1対1やダブルスで行う闘技場でのバトルではなく、山河などの自然環境下でのバトルだ。
基本的にこの条件のバトルは1対1以外にチーム戦やバトルロワイヤルもありかなり特殊だが、今回は同じドールでの1対1での再戦の要求だ。
別に受ける必要もないのだが、以前のダブルスのことを思い出し、なんとなく前も似たようなことでやったのだからいいかなと考え再戦することにした。
問題は……問題というほどのことでもないのだが、それで負けてしまったのが今ここで考え事をしている理由である。
戦いで負けることは珍しくない。ただ、今回は再戦を受けたうえでの敗北だ。相手の得意な内容だから当たり前だろう。
だからといって負けたことに納得できなかった。理解はできてもなんとなく受け入れることができなかった。
なのでメッセージを送った。2週間後に再戦しよう、と。相手はそれを受けた。
現在は1勝1敗の形だから次のバトルで明確に勝敗が分かる形だ。条件はサバイバル。相手が有利な形だ。
そう決まったので今はサバイバルで訓練を積んでいる形だ。
「なるほど……それで何を悩んでるの?」
「相手の能力とその対処、ですかね」
「能力はわかってる?」
「実は全くなんです。他の戦いで推測は立てられますけど…」
推測は推測に過ぎない。状況や起きた事実、同様の条件下での別の戦いにおける能力で推測はできても確定事項にするには危険だ。
だが、そうであるという仮定で訓練することは悪いことではない。そうでない可能性も念頭に入れておく必要はあるが。
「うーん…相手の能力が分からないと対処できないよね」
「そうですね」
「仮に推測が正しいとして、対処はできるの?」
「難しいです。こっちのもともとの能力の問題なんですが」
サバイバル条件では獣型が有利だ。サバイバルではこちらの視界の制限もある。
普段闘技場全域をこちらが見れるのだが、サバイバルは自身のドールの周辺しか見ることができない。
故にドールの能力がサバイバルにおいて有利不利を決定する。獣型は視覚や嗅覚、聴覚などの能力が高いものが多い。
つまりこちらの位置把握能力が高い。獣型は本能を持つというのもある。獣の本能はそのまま自然に潜み獲物を襲う能力になる。
そういうところは無駄に凝っているのだ、ドールは。
人型のこちらは相当不利を背負う形だ。
「そもそもの対処も難しい形なのね……ならやっぱりこういう場合は前提から変えないと」
「前提ですか?」
「そう。相手の能力がわからなくても、その能力を使う条件がわかってるならその条件を崩せばいいの」
「条件を崩す…」
能力を防いだり対応するのではなく能力を使えなくするということか。難しいが、確かにありかもしれない。
「まず相手に有利な形を崩すべきだよ。仮に相手が有利な環境でも、その環境を壊せば相手の有利は覆るよね」
「確かに相手が得意とする舞台のままにする必要はないですね」
前提を変えるというのは別に能力に限ったことではない、ということか。
そういえば以前の時もそのままではなく別の形を作ることを言っていた。
相手の常識を打ち破る、当たり前の事柄ではなく奇異、異常な方策をとるべきか。
「もともとが相手に有利なんだからそのまま戦うと負けちゃうからね」
「そうですね……前に相談したときもそんな感じの話でしたよね」
「そうだねー……覚えてるならちゃんと発想できるようになりましょう」
額をぽすっと押された……怒られたのだろうか。しかし発想しろとは無茶を言う。
そういった常識外れの行動は普通発想するようなことではないから常識外れなのだ。
「さて、若人は道をしっかり見つけられたようだし、私は帰るね」
「いきなり若人呼ばわりはなんなんですか? そこまで年が行ってるんですか?」
「ひ・み・つ!」
そういって帰って行った。なんなのだろうあのノリは。
というかあの人は部室に何のために来ているのか。自分の相談に乗るために来ているわけではないと思うのだが。
まあ、自分も考え事をするためだけに来ているのだから人がどうしているかに文句を言えるわけでもない。
とりあえず、どうするかは決まったのだから、自分も帰宅して準備と訓練をすることにしよう。
実際に考えた手をとれるか試さないと本番でできるかわからない。