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「フェルモート、盾を張れ!」
「へいっ!」
隊員の中で一番背丈の大きい男――アーガイル・フェルモートが相手の前に出て、腕をクロスさせる。集まった五匹の黒い怪物たちは、前に出てきたフェルモートを標的に襲い掛かろうとするが、そのすこし手前で見えない壁にぶつかる。怪物たちがぶつかったのはフェルモートの張った壁だ。この壁はフェルモートを中心に六角柱の形に展開され、フェルモートを保護する。この防壁はフェルモートを守るもので、俺たちを守るために展開したものではない。
「ギギッ!」
「ギガァッ!」
フェルモートの張る防壁は高さ五メートルほどはある。乗り越えることもできず、破壊することもできないのであれば回り込むしかない。黒い怪物たちが左右に分かれ展開した。怪物たちの意思が統一されていなかったのはよかった。
「メイシエ、カルボニーは左から来るのを、ワレンコフは俺と右から来るのを殲滅だ! ジェイドは待機、ディナエリーはジェイドを守れ!」
「了解!!」
何人かの声が合った返事がきた。部隊員のうち、フェルモートは防御、ジェイド――エドワード・ジェイドは応急手当の役目を持ち、攻撃手段がない。武器を持たせてはいるが、秘宝から生まれた怪物や、秘法を得た生物は武器が通用しないことも多い。そのため、戦闘させない方針にしている。
「ギギギギッ」
「ギガッ」
「ギゲェ」
怪物のうちの三体が俺とワレンコフのいる側からくる。ワレンコフは相手を確認し、炎を生み出そうとしたが、相手の行動のほうが早い。一体の怪物がこちらに跳びかかってきた。俺は腰に付けた銃を構え、連射する。そのうちの数発が飛んで来た怪物に当たり、少しその体を突き抜けたところで破裂し、その肉体を吹き飛ばす。まだ攻撃に移っていなかった二体にも銃弾を浴びせ、体内で破裂し肉体を破壊して地に伏せさせた。
「おおおっ!?」
明らかに普通の銃器では見られない威力、連射にワレンコフが驚いたような声を上げている。そのせいで能力の使用が途中で消えかけている。
「ワレンコフ、能力をとっとと能力を使え! まだ死んでいないぞ!」
肉体を破壊されてはいるが、まだ黒い怪物は動いている。肉体の破壊はその動作を中断させ、倒れさせるには至ったが相手を死なせることはできていない。さらに言えば、怪物たちは肉体を破壊されていても痛みを感じていない。生物的な挙動をしているが生物ではなさそうだ。
「わ、わかった!」
ワレンコフが消えかけた炎を再び大きくし、倒れている怪物に炎をぶつける。最も近い一体に命中し、その体を燃やす。怪物はぼろり、と崩れるように燃えて消滅していく。
「残りの二匹も起き上がる前にやれ!」
「ああ!」
再び炎の球を作り、立ち上がろうとしている残った怪物を燃やす。一体目と同じように崩れるように燃えて消滅する。もし、この怪物があの黒い何かと同じものでできているのであれば、光に弱いのかもしれない。自分から外に出てくるのであれば、おそらく光源に近いか、より強い光でなければダメといったところだろう。
「メイシエとカルボニーは……大丈夫だな」
メイシエ――フェイ・メイシエは能力により距離を無視した攻撃ができ、カルボニー――ローラン・カルボニーは攻撃などを視界内にいる相手に自由に誘導できる能力を持つ。怪物たちはあっさりと倒されていた。
「ワレンコフ、倒れている怪物を燃やしてとどめを刺しておけ」
「わかった」
最初は調子に乗ったような態度だったが、やはり現場で秘宝というものがどういうものか知ってしまうと軽薄な態度を続けられるはずもない。大人しく俺の指示を聞いてくれる。
「ディナエリー、車両に戻って懐中電灯を持ってきてくれ。あの黒い何かに光が有効であれば使えるかもしれない」
「わかりました」
そう答えてディナエリーは乗ってきた車両に向かう。
「各自光源をもって中に入る。あの黒いのは光に弱い。怪物が出ればメイシエとカルボニーが即時攻撃、残った怪物の肉体はワレンコフが焼却しろ」
「了解」
「懐中電灯いくつかありましたー!」
すぐにディナエリーが戻って来る。懐中電灯は三つ。全員が持てるわけではない。少し試してみたところ、ディナエリーの能力で光を出せるので、遠距離攻撃のできるメイシエと攻撃のできないフェルモートを組ませ、一つ。同じ理由でカルボニーとジェイドで一つ。ワレンコフとディナエリーは自前の光を使い、俺が最後の一つを持つことで決まった。
中は黒い何かで覆われつくしている。しかし、懐中電灯でも光を当て続けるとその部分の黒い何かは消滅した。各自で光を照らし、黒い何かを消滅させ道を作る。途中、幾らかの黒い怪物も出てくるが、カルボニーの銃撃やメイシエの距離を無視した攻撃で倒し、ワレンコフが倒れた怪物を燃やしすぐに戦いが終わる。そうして、黒い何かを生み出す源泉、杯の場所までたどり着いた。
「……うわ」
ディナエリーが落ちている杯を見て思わず声を上げる。その杯は溢れて出た黒い何かで覆われており、触れるような状態には見えない。
「おい、どうするんだよ? あれから出てる黒いのって触ったらダメなんだろ?」
「リーダー、どうします?」
何故杯から黒い何かが溢れるのかは不明だが、話によれば最初の状態では黒い何かが入ってはいたが、溢れていたわけではない。恐らく、杯を元のように立たせれば黒い何かが溢れてくることはなくなるのではないか。その推測を隊員に話す。
「でも触ったらダメなんだろ、あの黒いの。破壊するしかないんじゃないか?」
ワレンコフがそう提案する。最悪、あの杯を破壊すればこれ以上黒い何かが溢れることはなくなる、かもしれない。
「ああ、大丈夫だ。俺が杯を戻す……だが、その前に。周りの奴らの掃討を頼む」
そういうと、ワレンコフが黒い何かに触っても大丈夫なのか、と言ってくる。しかし、ワレンコフ以外は特に何も言う様子はない。ワレンコフ以外は俺の能力を知っているからだ。
「行くぞ!」
杯に向かって駆ける。杯に向かう俺に気づき、黒い怪物たちが俺を狙い、特攻してこようとするが、その前に他の隊員が攻撃をし、その動きを防ぐ。そうして俺は杯に近づくことができた。光で黒い何かを消さず道を作らなかったため、足から黒い何かが昇ってきている。杯を手に取る。杯を覆っている黒い何かが俺の体に移り、体を覆いつくす。その黒い何かを俺は気にすることなく、杯を立たせる。溢れていた黒い何かは立たせたことで、それ以上溢れることはなく、杯の内側に留まっている。黒い怪物たちも倒され、炎でその肉体を消滅させられた。
「リーダー、大丈夫ですかー?」
「ああ。俺に精神系の能力は聞かないのは知ってるだろう」
ワレンコフだけは今回から部隊に入っているので知らなかったと思うが。
「……とりあえず、光で黒い何かを消してくれ。俺の体についているのも」
この黒い何かは溢れているものを止めただけでは消えないようだ。まだ建物内に残っていた黒い怪物を倒しつつ、残った黒いものを消していった。




