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「八七回収部隊隊長、ツキヤ・アサヅキだ」
目的地に到着し、現地にいる調査・捜索を行っている部隊から仕事を引き継ぐ。
「三一調査部隊隊長、アーシェ・キツミです」
アーシェの側には何人かの隊員が疲労困憊な様子で座り込んでいる。その様子から、調査を行う時点で相当大変だったようだ。回収部隊に対する指令もいつもより早かった。
「早速聞きたいんだが、今回の回収物は?」
「ここから見える、あの黒い建物がありますよね」
アーシェが後ろを向き、視線でその建物を指す。教会のように見えるが、うぞうぞとその建物が黒い何かで覆われている。
「……あの中にあるのか?」
「はい。あの建物の中にある、杯……所謂聖杯とかそういう感じのもの、らしいです」
「らしいとは?」
「通報者の話ですから。調査部隊では危険すぎて中に入れないので確認はできていません」
実際に秘宝そのものを確認できていないのは厄介だ。
「その通報者から詳しい話は?」
「聞いた限りだと、朝にいつもと同じように運ぼうとした杯の中に黒い液体が満たされていたそうです。そういったことは今までなかったそうで、何だろうと思って覗いた所でその黒い液体が動いたため落としてしまった、そしてその杯からどんどん黒い液体が溢れて怖くなって逃げた。その後、組織に通報という形らしいですね」
「……あの黒い何かの源泉、ってことか」
「恐らくそうでしょうね。なので現物を見たことがなくてもすぐわかると思います」
確かにそうだ。あの建物を覆いつくすほどの量の黒い何かが今も出続けているのだろう。
「あの黒いものについては?」
「触るだけだと大丈夫ですけど、全身を覆われると精神に悪影響が出るみたいです。振り払うのは無理で、身体に引っ付いたものはあの黒いものがない場所であれば時間で消滅します」
「精神に悪影響……具体的には?」
「鬱になったり、トラウマを刺激されたようですね。あと、完全に覆われると碌に動けなくなるようです」
周りにいる座り込んでいる隊員はそのせいか。
「それと……攻撃的な黒い何かでできた怪物もいます」
「怪物か。どんな能力を?」
「わかりません。物理攻撃以外の攻撃はしてきませんでしたけど、ほかに何かの攻撃手段を持っているかもしれません。隊員を運んで逃げるので精一杯だったので」
「そうか……」
相手がどんな能力を持った怪物かわからないのは痛いな。しかし、大体の内容はわかった。
「それではあとはこちらが引き継ぐ」
「はい、わかりました。私たちは先に帰還しています」
そう言ってアーシェは隊員を無理やり立たせて自分たちの乗ってきた車両に運んでいった。その間に俺は自分の部隊の隊員に今回の目的である秘宝について、そして秘宝から出てくる黒い何か、その怪物に関して説明した。
「……というわけだ」
「つまりあの黒いのをぶっ飛ばしてその杯とやらを手に入れればいいんだろ、リーダー」
ワレンコフがにやにやとしながら言ってきた。
「……ワレンコフ。秘宝の回収はどんなことが起こるかわからない。そんな簡単にいくものじゃないぞ」
「俺なら楽勝に決まってるさ」
……どういう経緯で回収部隊に配属されたのだろう。戦闘もあるというのに。もしかしたら戦死させる気で送られたんじゃないだろうかとも思う。
「……わかった。なら先鋒を任せよう」
「へへへ。話が分かるじゃないか。お前たちの出番はないぜ!」
ワレンコフが他の隊員に向けて言う。しかし、それに対しての反応は薄く、むしろ先鋒にされたことに対して同情的な視線が見える。
「リーダー、いいんですか? 先鋒を任せても」
ディナエリーが小声で尋ねてくる。
「あの手は言っても聞かないタイプだ。一度この仕事の危険を経験しないと理解しないだろう」
「……大丈夫かなぁ」
その言葉は二つの意味があるだろう。先を行くワレンコフが生き延びられるか、というものとワレンコフを先に行かせて部隊が危険にさらされないか、という意味合いだ。
「何かあれば助けてやるしかないさ」
俺たちはチームだ。たとえ困りものでも見捨てるわけにはいかない。
ワレンコフが教会の扉の前に立つ。扉も含め、建物は黒い何かに覆われている。アーシェから聞いた内容もあり、触るわけにはいかない。扉を壊して中に入ることに決まっていた。
「行くぜっ!」
ワレンコフが手のひらを向かい合わせる。手と手の間に炎の球が生み出され、扉に撃ちだされた。その炎の球は扉に触れた瞬間に大きく爆発し、扉とそれにくっついていた黒いものを吹き飛ばす。
「うっ」
扉の中、その中は真っ黒。天井も、床も、おかれていた様々なものも、すべて黒いもので覆われていた。その様子を見てワレンコフはまごつく。流石にあの中に突っ込むのは無謀だと自分でも理解しているのだろう。
「ワレンコフ、中の床に向けて炎を打ち込んでみてくれ」
「あ、ああ」
扉を壊した時のように炎を生み出し、黒い何かでおおわれた床に向けて撃ちだした。それは命中し、床と黒いものを吹き飛ばす。吹き飛ばされた部分は再び黒い何かが時間をかけて覆う。
「……なあ、次はどうすればいい?」
最初に言っていたような気楽さ、勝手な様子は消え、少し不安な様子をワレンコフは見せる。自分の力であれば簡単に対処できると思っていたが、上手くいく様子を見せなかったためだ。黒い何かの得体の知れなさも理由にあるだろう。
「炎を先ほどのように爆発させるのではなく、持続させることは出来るか?」
「できるぜ」
「撃ちだして、床の上で持続させてみてくれ」
「ああ」
先ほどのように炎を打ち出し、今度は床の上で爆発せずに燃え上がる。普通の炎のような状態で維持されている。そうしていると炎の周囲の黒い何かが少しずつ消えていく。炎による熱で黒い何かが消えるのだろうか。そういえば、この黒い何かが外に湧いてこない。外に出ているものもあるのに、それがいつの間にか消えている。もしかしたら、光に弱いのかもしれない。外を覆っている者は中から常に湧き出ているため、そう見えるのだろう。
「もしかしたらあの黒いのは光に弱い性質を持つかもしれない。ワレンコフ、炎を」
そこまで言ったところで、いきなり建物の中で燃えていた炎が掻き消える。炎を消したのはアーシェから聞いた、黒い怪物だ。人の姿に近いが、腕や足は人のものより長く、角のようなものもある。その身体は真っ黒で、まるで闇が人の形をとったようなものだ。
「気を付けろ、話にあった怪物だ!」
そう隊員に叫ぶ。怪物はこちらを見ると、叫び声をあげた。もしくは鳴き声か。その叫びを聞きつけたのか、同じような黒い怪物がぞろぞろと叫びをあげた怪物のもとに集まる。数がある程度集まったらしい怪物たちはこちらを敵と認識したのか、壊した扉から出てきて、こちらに襲い掛かってきた。