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なぜ巨大王種が、自身を一時的に抑えられるとはいえ、ダメージを与える存在でないディレルを脅威に思い攻撃を仕掛けてくるのか。それはディレルの攻撃が過去の伝説にある王種の攻撃に似ていたからである。かつて自分を地中に封印するほどの強力な力を持った、おそらくは重力かなにかの能力。全く別物ではあるが、自分を地に押し付けるほどに強力な風はその時のことを巨大王種に思い起こさせた。そのため、巨大王種はディレルを狙う。
「くそっ、いつまで逃げ続ければいい!?」
「知るか!」
アジクとディレルは今もまだ走って巨大王種から逃げている。しかし、その差は広まることはない。むしろ縮まる危険の方が高い状況だ。まず、一歩が全く違う。そして、相手は森を障害物として気にすることがないが、アジク達には大きな障害だ。
「風で飛べないのか!?」
「走るのを補助する程度で精いっぱいだ!!」
アジク達が走って巨大王種から逃げられるのはディレルの風による速度上昇があるからだ。しかし、ディレルも先ほど大きく力を使い消耗しているため、ずっとは無理だろう。
「もっと逃げやすいところはないか?」
「逃げやすいってことは障害物がないから見つけられやすい。最終的にはあいつを撒かなきゃいけないんだ」
このまま巨大王種を引き連れて人のいるところに逃げるわけにはいかない。どうしても巨大王種を途中で撒かなければならない。そのまま暫く逃げ続けるが、やはり限界が来る。
「そろそろ、能力が使えなくなる」
「くそ、そりゃやばいな」
このままではだめだ。アジクはそう考える。
「ディレル、俺を風で飛ばせるか?」
「一度だけなら、走るための支援の風は出せなくなるが」
「なら、俺を巨大王種の顔まで飛ばせ。引き付けている間に逃げろ。俺だけなら能力で安全に逃げられる」
アジクがディレルにそう伝えると、ディレルは無言になる。
「いいのか?」
「ああ」
一言だけ、ディレルがアジクに尋ねる。アジクはそれに対して短く答えた。
「なら、森を抜けたところで飛ばす」
「頼む」
そのまま走り、一度森を抜ける。
「すまない!」
ディレルがアジクに謝り、アジクを風で森の木々を倒しながら森の外に出ようとしている王種の顔に飛ばした。
「おおおおお!!!」
アジクが気合を入れるためか大きく声を出す。能力を使い、時間を加速、高速で飛ばされているまま時間の加速に入ったため、対外的なアジクの速度は相当なものとなっている。アジクが巨大王種の顔と交差するときに剣を振るう。がぎん、と大きな音がして、顔の一部を切り裂き、剣が折れた。
「つ!?」
相手の鱗を切り裂き、肉に届くほどの強力な一撃だった。ゆえに、武器がその一撃に耐えることができなかった。そのまま勢いのままに飛んでいき、なんとか着地する。
「ゴアアアアアアア!!」
巨大王種がアジクのほうを見る。剣が折れた時の驚きで能力を解いてしまったため、気づかれている。すぐに能力を使い、逃げようとしたが相手のほうが行動が速い。アジクが能力を使う前に前足で攻撃を仕掛けた。だが、その攻撃が届くことはなかった。その前に、天を切り裂くような斬撃が巨大王種の体を切り裂いたためだ。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
巨大王種が大きく吠えた。そして、その攻撃をしてきた方向に向かっていく。
「……あれは」
巨大王種を切り裂いた一撃には見覚えがあった。それはあの時、王級王種である男の使った剣技、天剣。
「そういえば、あいつが出てきた所の近くか」
アジクが今いる場所、それは以前あの男と出会った場所に近い場所だった。恐らくだが、理由はわからないがまだあの男はここの近くにいたのだろう。
「おい、大丈夫か!」
「ディレル」
先に逃がしていたディレルがアジクのところまで来る。
「逃げていたんじゃないのか?」
「先ほどの一撃を見て、あの巨大王種もそちらの方に行ったからな」
自分が安全と言えるような状況になったのでアジクを探しに来た、と言ったところだろう。
「……すさまじいな」
周囲に残った、巨大王種の鱗の一部。あの一撃は巨大王種に明確な痛打を与えられるほどのものだったということだ。
「……なあ、ディレル」
「なんだ?」
「この鱗、運べるか?」
アジクが落ちている巨大王種の鱗を指し、ディレルに尋ねる。
「……できなくはないが、何をするつもりだ?」
「目には目を、歯には歯を。この鱗で武器を作る」
巨大王種に通用する武器を作る。アジクはディレルに向かい、そう言った。
巨大王種の向かった先、アジクと戦った男が剣を振るった場所。その周辺は巨大王種がブレス攻撃を行い、滅茶苦茶な状態だった。
「やれやれ…………」
そこには辛うじて逃げ出したが、余波でボロボロとなった男がいた。
「しかし、あの童もよくやる」
先ほど巨大王種を引き付けるために一撃を加えていたアジクの姿を思い出す。いや、その姿は明確には見えなかった。時間を加速させるテンカウントと呼ばれる技法を使ったが、それでもなんとか見える程度の速度をアジクは出していた。しかし、その剣、その一撃は見えた。それは剣を学んだものの意地ともいえるものだったのだだろう。
そのアジクの姿に思いをはせていると、男は足元にいる獣に足をかまれる。
「ぬ、わかっている。帰ればいいのだろう」
それは男に帰還を告げるために王種の作り出した狼だ。男に前から帰還しろと伝えていたが、それでもまだ男は帰還しないので噛んで抗議しているのだ。
「本当はもう少しあの童の手伝いをしたかったところだが……」
まだあの巨大王種の討伐を見届け、何かあれば手伝いをしようと男は考えていたが、一応国所属の王種である男は命令を無視することは出来ない。少し残念に思いながらも、しばらくいたこの国、そして戦ったアジクに向けて別れを言う。
「童よ。またいずれ見えよう。そのためにもあの図体のでかい蜥蜴を倒しておくのだぞ」
誰も聞いていない、その場所で男は遠くにいるアジクに向けてそう言い、その地を去った。




