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「まず、なんで俺に襲いかかってきたんだ?」
最初に相手の目的を尋ねるアジク。
「お前の実力を調べろ、と頼まれてな。死んでも構わん、とも言われておったのでな」
「…………誰にだよ」
「王級ともあれば、色々思い当たる相手はあろう? そのうちのどれかだとでも言っておこう」
確かに王種として各地で活動している以上、色々と知られているし、討伐以外の仕事もやっている。それらで恨みを買っていることもあるだろう。しかし、襲うことが主目的ではなく、実力調査が主目的となると、相手は絞られる。恐らく他の国のどこかであるとアジクは結論付けた。
「儂からも一つ聞かせてもらおう。お前の先ほど使っていた力は十の一、か?」
「十の一?」
アジクは相手の言っていることの意味が分からず聞き返す。
「儂も使って見せたであろう? まあ、お主は儂の使うものとは違って常に維持されていたようだが」
相手がさらにその内容を言ったことでようやく意味が分かる。アジクの時間加速能力のことを言っていたようだ。
「……そういうものじゃない。その…十の一、とかいうのと同じようなことができるってだけだ」
「言いにくいのであれば、テンカウントと言えばよい。儂の知っている限りではそう呼ばれておった」
一瞬アジクの思考が止まる。テンカウント。それはアジクの前世においての、英語での表現だ。
「……なんで、テンカウントではなく、十の一という表現を使うんだ?」
「テンカウントなる言葉はないようでな。儂の知っている限りではあるのだが、他の者は皆知らぬ」
「……そのテンカウント、っていうのはそもそもなんなんだ?」
「儂の使う能力…………いや、能力という言い方は儂には好ましくない。儂の使う剣の流派。その流派の使う技法よ」
能力ではなく流派と男はわざわざ言い直した。理由は不明だが、わざわざ言い直す理由が男にはあるのだろう。
「儂の使う剣の技の流派は神儀一刀というものでな、もともと神をその一太刀にて殺す、その技を磨き、得るためのものよ」
「……いまいちわからないんだけど、能力は生まれつきのものだろ?」
王種の能力は生まれ持って得たものであり、剣技のように後天的に得るものではない。
「その通りよ。儂の能力はこの剣の流派の技。この剣の技は儂が初めから知っておったものだ」
「………………」
その言葉の意味を、アジクは最初うまく受け入れることができなかった。しかし、以前からアジクは考えていたことがあった。王種とは何か。
「なあ、あんた……前世の記憶はあるか?」
「前世?」
「…………生まれる前の記憶だ」
「……そのようなものは、ない。いや、待て」
男は一度アジクの問いかけに否定を返すが、すぐに思いなおし、考え始めた。
「儂の使う剣、この流派の技を使い、戦った、儂のものでないこの経験……ふむ、なるほど」
自問自答し、納得のいった様子を見せる男。そして先ほどのアジクの問いに答えた。
「儂自身の記憶とやらはない。だが、儂の使う神儀一刀。それで戦った数多の戦いの記憶はある。それを前世であるというのならば、そうであろう」
その言葉を聞き、アジクは今まで立てていた王種という存在が生まれる理由、その一つの仮説がやはり正しいのではないかと考えた。その仮説、それは王種という存在は所謂前世の記憶を持っている存在がそうなるのではないか、ということだ。
なぜ、自分が王種として生まれたのか。最初にアジクがそう考えた時、一つの仮説がでた。自分は転生者だから、王種になったのではないか、ということだ。しかし、他の王種と話をしても、前世を持つ転生者のような存在はいない。そもそも、王種は人に限らない。動植物の王種もいる。仮に転生により王種になるのであれば、それらも転生するのかという話になる。
しかし、特殊能力系の王種の話や知識を聞けば、明らかにそれはそれまでの人生でその人物が得た情報以上の情報もあった。そういったことからも、仮説が間違っていないのでは、ともアジクは思っていた。
アジクは自分自身の、最後の記憶を覚えている。最後、自分に向かって落ちてきた鉄骨がスローモーションに見えた、その記憶を。そして、自分の能力は時間の加速だった。その記憶を再現したかのようなことができる能力。王種の能力は前世の影響を受けるのではないか、というのがアジクの仮説の一つだ。最も、王種の能力はそれだけでは説明のつかない者も多い。鳥を生み出すとか、人を癒すとかは前世の影響を受けても奇異だ。一応、医者や鳥使いみたいなものとも考えられたが。しかし、それであれば、知性の高い人間が主に特殊能力系、知性が低い動植物が主に身体能力系の能力を得ることに納得はいく。
そして、今回。男の話を聞き、前世というもの、正確ではないがそれを覚えているという男の話を聞き、やはりこの仮説が正しいのではないかという結論に至った。特にこの記憶に関しては、王種の能力の強さに影響するのではないか、というのが最後の仮説だ。だから自分は時間の加速などという反則級の能力なのだ、と。
「なるほど、前世か」
自身の考えていた王種の仮説、それに関しての思考に没頭していたところを男の声で現実へと戻される。アジクはまだ男と対峙している状態であったことを思い出す。
「面白い話だ。お主とは語らった価値はかなりのものであろう」
そう言って、男は刀を構える。
「……まだお主とは戦うつもりであったが、おかげで思い出したものもある。それには感謝している」
「そう」
感謝されてもアジクは困る。そもそも、まだ戦うつもりだったとなると面倒だなとも思っていた。
「礼として、次の一太刀を戦いの終わりとしよう」
「いや、礼だっていうならそのまま去ってくれればいいんだけど」
「儂も国所属の王種よ。仕事だ、しかたあるまい」
最初に言っていた王種の実力調査とかいうのはどこに行った、とアジクは言いたかった。しかし、相手は笑顔でこちらに刀を向けている。退くつもりはないのだ。
「避けられるのならば、避けてみよ。これが儂の使う神儀一刀の究極よ」
両手で剣を持ち、それを刀身が頭を超えるように構える。まるで西瓜割りをするかのような感じだ。しかし、それを見て、アジクは猛烈な悪寒、恐怖、危機感。すべての感覚が警鐘を鳴らしている。
「天
――全力で逃げろ、と本能が言う。
――絶対に避けろ、と今までの経験が言う。
――あれはダメだ、と前々世の自分が言う。
――形振り構うな、と能力が自分の出せる限界まで時間を加速する。
その時間の加速の中でも、その剣を振り下ろそうとしている男の姿が見える。先ほどのテンカウント、十倍の時間の加速に合わせてきた時間の加速すら使っていないはずなのに、男の速度はアジクの限界まで加速した時間の中でもわずかに遅れる程度だった。アジクはその刀の恐ろしさを理解し、全力でその刀の振るう方向ではない横方向に逃げた。体が軋む。これだけの時間の加速の負荷は長時間使い続ければ命を失いかねないほどだ。しかし、それほどまで加速しなければ逃げられない、とアジクは直感的に感じていた。
剣」
刀が振るわれた。その軌道、雲が、森が、山が、その一太刀によって切り裂かれた。