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アジクがマルスに近づくといきなりマルスの姿が消える。
「っ!?」
マルスの能力の影響だろう。
「ディレル、そっちでマルスの居場所はわかるか?」
<見えないままだ。動けるようにはなったがな>
ディレルは今まで行動も阻害されていたが、アジクに能力を使われた時点で動けるようになったらしい。つまり、マルスの能力の範囲、影響の強さには使用できる限度があるらしい。
「影響範囲の限度があるなら……」
アジクが能力を使用し、先ほどマルスのいた場所から距離が遠くなるように移動する。能力の加速を解除し、少しするとマルスが見えるようになった。
「なら遠距離からの攻撃だ」
以前、空中や遠距離への攻撃手段がなく苦労したことから数本の投げナイフを持つようにしていた。その投げナイフをマルスに投げる。投げナイフはまっすぐマルスに向かっていくが、マルスが投げナイフに腕を向けると途中で壁に当たったかのように弾かれる。
「防御能力? そんなはずは……」
マルスの能力は精神操作系、認識を入れ替える、という本人の発言から認識操作のはずだ。その能力では防御できるはずがない。
「壁があることを認識できていない…?」
恐らく能力の影響の範囲外にいるはずだが、どういうことだ、とアジクが考え始める。マルスはディレルを押さえるので精一杯で碌な行動ができていない。おかげで考える余裕がある。
<アジク、マルスをなんとかできないか!?>
ディレルの催促がくる。アジクが離れたことで、また動けなくされたらしい。風の能力を使って攻撃しているが、マルスには当たっていない。
「どうすればいいかわからない。近づけば見えなくされるし、遠くからでは投げナイフも防がれる」
<……! アジク、お前は俺とマルスが一直線になる場所に行け!>
「何をするつもりだ?」
<俺はお前の位置がわかる。マルスの位置はわからないが、お前に声を届けているからな>
「……手加減はしろよ」
<タイミングは教えろ>
アジクはディレルの言葉の意図を理解し、ディレルの位置を確認し、マルスに近づく。再びマルスの能力でマルスの姿が見えなくなる。先ほどと同様にマルスから離れていくが、その移動方向を変え、直線状にマルスとディレルが来るように移動した。
「今だ!」
アジクが攻撃のタイミングを言うのとほぼ同時に、ディレルの生み出した突風がアジクのいる方向に向かって放たれる。もちろん、その先にはマルスが存在する。
「なっ!?」
マルスが突風によりアジクのいる方向に吹き飛ばされる。後ろからの突風により前に倒される。マルスが倒れ、行動と思考に空白ができるのを見逃さず、アジクが能力を使用し一気に近づく。能力下でマルスは緩慢に動き、その能力でアジクの認識を操作しようとするが、その前にアジクはマルスの頭を全力で蹴り飛ばす。
ごっ、と鈍い音がして、頭が跳ね上がり、マルスの体がそれに追従するように飛んでいく。意識を失う、失っていなくても痛みでまともな思考はできない。下手をすれば死んでいるだろう一撃だ。マルスは倒れて動かなくなった。
「悪いな、アジク」
マルスが能力を維持し続けなければディレルは抑えることは出来ない。マルスがまともに行動できなくなった今、ディレルは自由に行動できるようになった。
「それはいいが、そいつはどうだ?」
「……生きてはいる。診せなければどういう状態かはわからないが」
「生かすつもりなら、この先どうするつもりさ?」
マルスの能力は厄介だ。同じ王種でも能力により洗脳される危険がある。ディレルやアジクには一時的だが、他の王種に対してはどの程度聞き続けるかわからない。
「…………確かに生かしておくと厄介かもしれん。だが、こいつの使う能力による精神操作がずっと続く可能性もある以上、簡単に殺すわけにもいかない」
マルスの能力はディレルの仲間たちにも使われている。せめて精神操作を解かなければならないだろう、というのがディレルの意見だ。
「大人しく聞いてくれるものか?」
「…………」
能力を封印するような手段は王種の能力をもってしても存在しない。王種の能力を防ぐ最良の手段は王種が能力を使う前に殺すしかない。マルスの能力は認識の操作だ。下手に人を近づければ、その能力ですぐに自分を解放させるように動くだろう。
「俺が管理する。隔離しておけば、影響を受けないだろう。少なくとも無差別にできるわけではないようだしな」
「…………そういうならいいが、もしだめなら?」
「殺す。いくら仲間だったと言っても、仲間を洗脳する者を放置するわけにはいかない」
「そうか。それならいいけど」
ディレルの表情は真剣なものだ。言葉にも力がこもっており、覚悟が見える。
「マルスのことはあんたらが決めるのでいいけど……俺の本来の目的の方についてなんだが」
「……出ていくのは構わないが、準備はさせてくれ。マルスが村人に対して洗脳を行っているのならば、それを解く必要もある」
「まあ、全員殺せって命令ではなく排除だし、自分から出てってくれるならそれでいいけど」
「助かる」
両者の意見はひとまず一致し、すぐに問題を解決し王種解放戦線の人員が出ていく、ということで決まった。数日して、村人の洗脳は解かれ、王種解放戦線は村から離れた。
「追い出したのはいいけど、報告はどうすれば?」
村で証明をもらうことはできず、結局一度帰って来た。
「一度国側に伝えて、村から来たという男性と国の人員が村に行き、確認して大丈夫ということになれば依頼終了ということになります。アジクはこれ以上何かする必要はないですよ」
「あ、そうなんだ」
これ以上何かをする必要がない、ということで部屋に戻るアジク。確認が終わるまではまた行く必要が出るかもしれないため、アジクは待機することになった。
数日たち、アジク達に客が訪れる。
「…………エリシェか」
「……アジク」
「いえ、いいんです」
訪れた客はエリシェだ。エリシェはもともと国に所属する王種だったが、王種の発見に従事する過程でマルスにその存在を知られ、その能力の有用さを見込まれマルスの能力により王種解放戦線に所属することになったらしい。その能力の影響を解かれ、元々王種解放戦線に所属する意思をもっていなかったエリシェは王種解放戦線から解放され、国側の王種の下に戻ることとなり、ここに来たらしい。
「あの、アジク……」
「なんだ?」
「ありがとう……そしてごめんなさい」
「…………?」
エリシェの感謝と謝罪に意味が分からない、と戸惑いを見せるアジク。
「今回、マルスを倒してくれて、そのおかげで私の洗脳が解かれたわ。ありがとう」
「別に。仕事だったからな」
「……それと、あなたを発見して、王種であると伝えて今の状況にしたこと。それの謝罪よ」
「……あんただってそれが仕事だったはずだ。しかたないことだ」
アジクの言葉にエリシェは首を振る。
「確かにそうだけど、あなたの気持ちは別でしょ? 別に今までの記憶がなくなったわけじゃないわ。ここにきて、あなたと話して、初めてあなたの気持ちを知ったわ。あなたが王種であると私が国に教えたことを、あなたが余計な事だって感じているって……」
洗脳状態ではあるが、別の意識に乗っ取られていたわけでもなく、その時の記憶がエリシェにはある。
「ごめんなさい……王種を国に教えて、保護するのが一番だと思っていたわ。でも、アジクはそうじゃなかったのよね」
「……隠して普通に生きたかったのは事実だ」
アジクの言葉にエリシェが俯く。自分のした行いのことを悔やんでいる様子だ。
「…………あんたが謝ってくれたからそのことはもうそれでいい」
「……え?」
「今更昔のことは変えられない。あんたが悔やんで、悪いことをした、そう思ってくれるのならそれでいい。これ以上あんたを攻めるつもりはない」
「……それでいいの?」
エリシェが呆けたような表情でアジクを見る。
「解放されてここに来たってことはここに住むことになるんだろ? 顔を合わせるたびに空気が悪くなるのは面倒だからな」
「……ありがとう」
とりあえず、エリシェとアジクは仲直りをしたようだ。ケティはその二人の姿を最後まで見つめていた。