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「くそっ!」
マルスがアジクに持っている剣で斬りかかる。現在アジクの視界は上下の反転が起きており、その視界の影響で動きがうまくいかない。能力を使用し、何とか回避している状態だ。
「厄介ですね、あなたの能力は」
マルスが逃げるアジクに攻撃を続ける。がたん、と倒れる音がして、そちらを見るとディレルが倒れている。ディレルはどういう影響を与えられたのか、うまく体を動かせていない様子だ。
「ぐっ! マルス! 能力を解け!」
ディレルが叫ぶがマルスは意に介した様子を見せず、執拗にアジクに攻撃してくる。
「なんでディレルのほうを狙わないんだよ!?」
「ディレルの能力は厄介なのですよ。始末するにも、単純に襲い掛かればいいというわけではない」
それがマルスがアジクにのみ攻撃をし続ける理由だ。アジクの認識の操作が上下反転程度なのも、ディレルに己の能力を最大限に使用しているためだ。
「マルスッ! くそっ! うおおおおおおおっ!!」
ごうっ、と建物内なのに風が渦巻く。その風はディレルのほうに向かって集まっている様子だ。
「っ!? やばい!!」
マルスがアジクに対しての攻撃を止め、逃げ出した。
「……逃げる!!」
アジクも一瞬遅れて、事態を把握する。ディレルのほうに集まった風、それはディレルの能力によるものだ。今の時点で小さい竜巻状になっているが、まだ集まる様子を見せる。マルスの発言からディレルの能力は上級以上であるのは間違いないだろう。あれだけ集められた風による攻撃の威力は半端なものではない。
アジクはマルスの能力の影響下にあったが、時間の加速を駆使し、何とか建物の外に脱出した。アジクが建物から離れたところまで来たところで、ごっ、と背中を押されるほどの強風が吹き荒れた。ばがんっ、と木材が折れたり、剥がれたり、崩れるような破壊音が続けて鳴り響く。若干上下反転の影響が薄れている状態になったところで脱出してきた建物を見やる。
「うわあ……」
建物の壁が吹き飛んでいた。中身が丸見えの状態になっている。幸いなことに、いくらかの柱と壁が残っている状態で完全に崩れるような事態にはなっていないが、一部は崩落している。マルスが離れたためか、普通に立ち上がってきょろきょろとしているディレルの姿が見えた。
「マルスはどこに行った?」
アジクよりも先に逃げたマルスの行方を探す。周囲を見回すと、何人かの人物がこちらに近づいてきた。その中にはマルスの姿もある。
「ちっ」
仲間を連れてきたマルスに思わず舌打ちをする。恐らく能力の影響を受けている相手だ。始末していいのなら楽だが、流石に殺してはまずい相手だろう。
「マルスッ!!」
ディレルがアジクに仲間を連れて向かうマルスの姿を見てそちらに走っていく。マルスは舌打ちして仲間に命令をする。
「私はディレルさんを押さえます! あちらの王種を倒し、ディレルさんの精神操作を解いてください!」
マルスの言葉から、アジクがディレルに精神操作を行い、攻撃してきたということにするつもりのようだ。マルスがディレルのほうに行き、その能力を使った様子で、ディレルを押さえている。時々風が吹き荒れ、その風がマルスに向かっているがマルスには当たっていない。避けている様子はないのでディレルの攻撃が外れているようだ。
「よくもディレルさんをっ!」
数人がアジクに攻撃を仕掛ける。剣で攻撃を仕掛ける者、遠距離から矢を射る者、特殊能力で攻撃してくる者、さまざまだ。アジクは攻撃を回避や受け止めるなどで防ぎつつ、相手の武器を破壊するなどして戦闘不能状態に持ち込む。それだけで止められる相手ばかりではないが、二人ほど無力化できた。しかし、彼らも王種で、武器がなくても特殊能力などを持ち、それらを攻撃手段として使ってくる可能性もあり、油断もできない。気絶させられれば楽なのだが、今まで加減しての攻撃など経験がないので、下手をすれば間違って殺しかねない。
「ああ、面倒だなっ!! ディレルっ!」
少し遠いため、できる限りの大声でディレルに問う。ディエルはいまだにマルスに能力で抑え込まれている。どういう状況かわからないが、動けなくされている様子だ。声が聞こえているのかどうかもわからず、もう一度聞こうかと思ったところで声が届く。
<アジクっ! マルスを何とかできないか!?>
「ディレル!?」
ディレルの声がアジクに届く。大声でこちらに届かせるようなものではなく、耳元でささやくような形で聞こえた。
<俺の能力は風だ。距離は見える範囲までだが、風で声のやりとりができる。お前の声も聞こえるぞ>
「便利だな」
攻撃をよけ、抑えながらも呟く。相手の声が聞こえるだけでなく、自分の声も届くのであればやり取りが楽だ。
<マルスを何とかしてくれ! いくらか感覚が消されて、動きも何かで押さえられている>
「なんとかしたいけど、あんたの仲間に襲われてる。一つ聞きたいが、中級以上の治療能力者はいるか?」
<いるが、何をするつもりだ?>
「行動不能にする。腕や足なら後で治せるからな」
そうディレルに告げたと同時に、負荷のかかるレベルまで能力で時間加速をする。相手が戦闘経験があっても、十倍以上に速い相手と戦ったことはない。時間を加速させたことで急激に速度が上昇したアジクの速さに彼らはついていけなかった。
「ぐあああああっ」
「うぐっ」
「いてぇぇ」
アジクの襲っていた者たちが地に倒れている。腕や足が折れており、立てなかったり武器を持てない状態のようだ。
「斬らなかっただけ感謝してほしいところだけどな」
流石に斬ってしまうと出血多量で死ぬ危険もあっただろう。攻撃をしようとしたところでそこに思い当たり、峰打ちに留められたのは幸いだったかもしれない。
「一番必要なのはマルスを何とかすることだけど」
マルスのほうを見る。マルスもアジクのほうを見ており、ちっ、と舌打ちをしていた。
<いくらか動けるようになったが、感覚の消去は変わらない。なんとかできないか?>
「そっちはマルスをどうするつもりだ? これから先能力を封じる手段はあるのか」
<………………最悪の場合、殺すしかない。だが、できれば殺さないで倒してほしい>
「……成るようにさせてもらう」
どうなるかわからないが、とりあえずマルスを倒す。その方針で行動することにアジクは決めた。