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王種解放戦線の長、ディレルたちが来てしばらくたった。今のところ、王種の出現はある程度少なくなったのか、緊急を要する依頼がないため、アジクは住んでいる場所で休んでいた。アジクがゆっくりとしているところにケティが訪れる。
「アジク」
「……ケティ? 何か用……みたいだな」
ケティの表情は硬い。明らかに何かあった様子だ。
「…………依頼よ」
「王種の討伐? 緊急の」
「違うわ」
内容は王種の討伐ではないようだ。
「……今回の依頼は村を占拠した集団の排除よ」
「……その集団は?」
アジクは何となくだがその集団の予測がついた。ケティが硬い表情をする、その理由に思い当たったからだ。
「王種解放戦線」
その依頼内容は、王種解放戦線の集団が占拠したという村から彼らを排除する、という内容だった。
その日、たまたま村の外に出ていた男がいたらしい。男が村に戻ると、たくさんの人が村を訪れていた。数人どころではなく、数十人の規模だ。普通に考えれば彼らを大人しく村に迎え入れるようなことにはならない。明らかに人数が多すぎる。
しかし、村人はなぜかその集団を村に快く迎えていたのだという。少なくとも、村に戻った男にはそう見えた。そして、その中には明らかに王種とみられる人物がいた。そんな人物を村人が快く受け入れるはずはない。男は明らかに異常な事態が起きている、とその様子から気付いた。
そのまま村に戻らず、様子を伺い、各家に何人もの集団の人物が共同で生活するようになって、どうみてもあり得ない状況になっていると感じたらしい。村は基本的にあまり他から来た人物をやすやすと受け入れるほど開放的ではなく、むしろ閉鎖的だ。その男もその村の村人で、閉鎖的な村であったことは自覚している。それなのにここまで簡単に家に人を上げるのは変だ。流石にそれだけ異常な状況を見ていれば、これはその集団の仕業であることは間違いない、と男は確信した。そして、その異常事態を伝えに来たのだという。国はその男の話を聞き、その集団が王種解放戦線である、と認定した。そしてその集団の排除をアジク達に依頼した、というのが今回の依頼内容の顛末だ。
「…………まさかこんなことになるとはなあ」
王種解放戦線の長、ディレルと会ってから一月も立っていない状況だ。それなのに、こんな事態が起きている。
「ケティが国から聞いた内容が正しかった、ということか?」
ディレルたちの様子から国の伝えてきた内容は過分な内容だったのだろう、と考えていたが、今回のことからして事実だったと考えることができる。だが、ディレルたちが全く信用できないか、というとそうではない、とも感じていた。それだけディレルという男はまっすぐアジク達にその意思を向けていたからだ。
「ま、本当に王種解放戦線かどうかも不明だけどな」
あくまで今回の相手が王種解放戦線である、というのは国がそう言っていると言うだけだ。それが真実かどうかは確認するまではわからない。アジクが目的の村に向かっていると、途中で見知った顔に出会う。
「……お前は」
「……あんたらは」
それは王種解放戦線の長、ディレルと一緒にいた連絡員のフェリル、そして副長の一人エリシェだ。もう一人の副長、マルスはいないようだ。
「……何であんたらがここにいる?」
「それを聞きたいのはこちらだが……」
お互いに相手がなぜここにいるのか、と考えているようだ。
「……先にこちらから言わせてもらうか」
アジクが先に理由を話す。
「あんたら、王種解放戦線と思われる集団が村を占拠した、って話が届いた」
「何?」
アジクの言葉にディレルが思わず訊き返す。
「それが真実かわからないが、今からその村に行く途中だったんだよ」
「…………そして我々と出会った、か」
ディレルがこの場にいる。それが依頼内容が事実である、とアジクは言外に言っていた。
「……我々がここにいるのは、連絡があったからだ」
「どんな連絡だ?」
「村の人々に快く住む場所を提供してもらった、と言っていた」
「…………」
それは今回の依頼が事実であるということを補強する発言だ。
「だが、言わせてもらおう。我々は無理やり占拠などしていない。今までも同様に村に住む場所を提供してもらっているが、力で言うことを聞かせたりなどはしていない」
「…………それが本当かはわからないけどな」
ディレルの言葉が嘘である可能性はある。少なくともその言葉が真実である証拠はない。
「そうだな。しかし、行けばわかるはずだ」
「……今回の依頼をした男が言っていたらしいが、村は閉鎖的で、王種に対しても偏見がある。傍から見ても王種とわかる相手がいたのに友好的な態度で接するなんてありえない、って話らしい」
「…………それは、いやしかし」
ディレルがアジクの言葉を聞き考え始める。
「お前はこう言いたいのだな。我々が彼らに何らかの洗脳を施している、と」
「……まあ、そんな感じかな」
王種は特殊能力を持つ。その中に精神を操作する能力があってもおかしくはない。
「……それを否定できる要素はない」
ディレルは苦々しく言った。ディレルも今まで精神を操作してきていた可能性を考えていた。
「……ああ、そういえば。エリシェ、あんたに聞きたいことがあったんだっけ」
「あら? 私? でも、あなたは私のことが嫌いなんじゃなかったかしら?」
「確かにそうだけどな」
エリシェのアジクに対しての態度は前にあったときのアジクの対応のせいで少し棘のある様子だ。しかし、アジクはそんなエリシェの様子を気にせず話を続ける。
「あんた、いつから王種解放戦線に賛同していたんだ?」
「…………どういう意味かしら?」
アジクの質問の意図をうまく理解できず聞き替えるエリシェ。
「あんたは王種捜索の要員として国に所属していた王種だ。それがいつの間にか王種解放戦線に移動していただろ? 少なくとも、王種解放戦線の理念、思想に賛同したから移動したんだろ? それはいつからだったのか、と思ってさ。知らない間に移っていたからな」
アジクの言葉にエリシェが黙り込む。少し顔を下に向け、考え込んでいる様子だ。
「…………」
うつむいた顔に、戸惑い、困惑の表情が浮かぶ。
「私は…………いつ王種解放戦線のことを知ったのかしら?」
エリシェは絞り出すように、そう呟き頭を抱え始めた。
「いつから…………なんで……? 私は……」
エリシェの様子を見て、ディレルがアジクに話しかけた。
「…………悪いが、手伝ってくれないか?」
「……何を?」
ディレルの要請にアジクはその内容を問う。
「……精神操作。恐らく我々の中にそれをやった奴がいる。そいつをとっちめるのをだ」
「……いいとも」
アジクがディレルの要請に応える。ここにアジクとディレルの小さな共同戦線が生まれた。