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机の前に四人と三人が対面する形で席に着く。
「まずは自己紹介をさせてもらう。先ほども名乗ったが、俺はディレル。王種解放戦線の長をやっている。両隣にいるのが副長のマルスとエリシェ、マルスの隣にいるのは連絡員のフェリルだ」
それぞれが三人に向かい礼をする。ただ、その中でエリシェがアジクの姿を見て少し驚いたような表情を見せた。だが、その表情はすぐに元に戻る。
「……そちらが自己紹介したのですし、私たちもしましょうか。私はケティ。ここに住んでいる王種たちのまとめ役をさせてもらっています。右にいるのはゴウト、左にいるのがアジクです」
そう言ってアジク達も軽く礼をする。ディレルがアジクのほうに視線を向ける。
「うちと接触したのはそいつか。なかなか強いと聞いたが」
「…………」
アジクは答えない。相手に何を話せばいいか、どういう情報までなら知られていいか考えているせいでうまく言葉が思いつかない状態だ。
「話がしたい、といいましたね。どういった話をしたいのです?」
アジクとディレルの会話が始まることもなく、先にケティがディレルに話しかける。
「まず、俺たちについてだ。下の奴らがそいつに俺たちの理念や目的を告げたが、うまく伝わっているかはわからん。下の方と俺たち上の立場では見えるものも違ってくる。もしかしたら間違ったことを伝えているかもしれん。だから俺たちが王種解放戦線についてはっきり伝えることに決めた。特に国に所属する王種が相手だからな」
そう言って、ディレルが王種解放戦線についての話を始める。
「俺たちの目的は現在の王種の解放だ。王種は王種であるというだけで色々な束縛をつけられ、余計な仕事まで背負わされる立場になっている。自分から進んでやるならともかく、命令されてやるのは違うだろう? だから王種を今の立場から解放し、自由な立場にするのが王種解放戦線の目的だ」
「それは知っています。ですが、王種は多くの人々に怖がられています。そんな立場にいるのに自由だ、と解放されても馴染むなんてことは無理です」
王種の立場上の問題だ。人は異端を排斥する傾向がある。王種はその異端なのだ。今の保護される立場から離れてしまってはかなり大変な生活になってしまうだろう。
「確かにそうだ。だが、俺達にはどうにかするだけの考えがある」
「……考えですか?」
「簡単な話だ。普通の人間が王種を排斥するのであれば、全員が王種の地を作ればいい。王種の国を建国すればいいだろう」
しん、と一瞬空気が硬直する。それはあまりにも突飛で埒外な内容だった。
「……それは」
ケティが言葉を口に出そうとするが、うまく出てこない。できない、と言いたいところだったが、不可能ではないとも考えられたからだ。王種はそれだけ強大でもある。国とまではいかなくても大きな街程度ならば作れるかもしれない。
「確かにできるかもしれないが、問題があるだろう」
アジクが会話に入ってくる。
「……問題とは?」
ディレルがアジクが言った言葉の中身について訊く。
「王種だけの国を作ったところで、その国がいつまでも王種の国でいられるわけがない。それはわかるはずじゃないか?」
「…………子供の問題のことですね」
アジクの問いにマルスが答えを返す。
王種の生まれてくる要因は不明だ。基本的に王種が今まで血筋にいない場合でも王種は生まれ、王種が血筋にいるからと言っても王種が生まれてくるわけではない。王種同士での婚姻により生まれてくる子供は王種になるわけではない。普通の人間として生まれてくるのだ。王種とは一代限りの突然変異のような存在なのである。
そして、そういう生まれのせいで異性関係を持たない王種や、子供を作らない王種も多い。王種の子供が普通の子供であっても、親が王種というだけで偏見が生まれる。王種側も、普通の子供をどう扱うべきかと困る部分もある。これらの問題から王種同士の恋愛事情は難しい問題になっている。
「私たちがどれだけ子孫を作っても、それらは普通の人間となる。何れは王種の町ではなくなる、とあなたは言いたいのでしょう」
「そうだ」
向こう側、少なくともアジクに答えたマルスはその問題は把握しているようだ。
「最終的には多少は普通の人間がいるのは構わないでしょう。国さえ作ってしまえば王種は自然と集まるでしょう」
王種の扱いが悪い以上、自然と王種の扱いがいい場所に集まるだろうとマルスが言う。確かにそういう可能性はないとは言えない。しかし、自分でその道を選択できない幼い王種や、自主性の低い王種などは行けないだろうし、珍しいことだが家族と仲のいい王種が家族を捨てて向かうということもないはずだ。そう考えるとかなり大雑把な方針ではないだろうか。
「……とりあえず、そちらの言いたいことはわかりました。しかし、こちらがそちらの言い分を受け入れる理由はありません」
「それは仕方がない。だが、他の王種と話し、彼らの意見を聞くことは構わないだろう?」
「それは……」
ケティがディレルの言葉を聞いてどうするべきか考えている。
「ダメだ」
ケティが試行している間にアジクがディレルに答える。
「ほう。理由を聞こうか」
「自由を選択するようならすでに選んでいるからだ。王種は普通の人間とは違う特異な力を持っているが、別に普通の人間と変わりない。その人間性、精神性が強い奴らばかりじゃない。そういうやつらは束縛を受けても保護みたいな守ってくれる奴が必要なんだ」
「それは俺たちが代わればいい。それで問題ないはずだ」
「あんたたちが本当にそれを実行できるだけの存在なのか、どういう力を持っているのかも不明だ。それに、今まで言ったことが本当のこととも限らないはずだ」
「……信用できない、というなら確かにそうかもしれんな」
アジクの言葉をかみ砕いて解釈する。つまり、彼らにはその内容を信じられるだけの事実、情報、実績が存在していないのだ。そもそも、いろんなところに出て回っているアジクが今回初めて王種解放戦線について知ったほどだ。いくら国が情報を隠しているからと言っても、その噂を聞くことがほとんどない。
「……私は国からあなたたちの行動についても聞いています。それが事実かどうかはわかりませんが、それを否定するだけの材料はありますか?」
「……俺たちがどういう活動をしているか、明確な証明になるものはない」
彼らが行っているかもしれない悪行を否定するだけの証拠はない。あくまで彼らはそういったことをしていない、と証言する程度だ。
「……しかたない。今回は引き抜くのはあきらめよう」
ディレルは現状では国の所属の王種に手を出すことは難しい、と考えた。今回は会話だけで終わり帰還するつもりのようだ。
「ディレルさん。私は知り合いと少し話してから行きます」
ディレルたちが建物の外に出ようとしているところにエリシェが話しかけた。
「外で待つ」
「ありがとうございます」
ディレルたちが外に出る。エリシェがその場に残った。
「……それで、何の話だ?」
「あら、久しぶりに会ったのに態度が悪いわね」
アジクが不機嫌そうにエリシェに話しかける。その不機嫌な言葉を特に気にした様子も見せずエリシェは対応する。
「あんたとは別に仲が良かったわけじゃないしな。そもそもなんでそっちにいるのかって思ってるんだが」
「仲が良くないって、あなたが王種であるのを見つけたのは私よ?」
「本当に余計なことをしてくれた、と思ってるんだけどなぁ」
アジクはもともと王種としての力を隠していた。そうであったはずなのだが、国の所属であったエリシェが住んでいた村に来た時に、王種であることが露見したのである。アジクが能力を使ったわけではなく、エリシェの能力のせいだ。その結果、アジクは本来望まぬ生活をすることになってしまった。
「俺をこっちに引き込んだあんたがどうしてそっちにいるんだよ」
「別にいいじゃない。人にはいろいろあるのよ」
「……それで、何の話だ?」
本題に戻る。エリシェはどんな話をするつもりだったのか。
「…………昔の知り合いと話をしたかっただけ、よ」
「あ、そう」
エリシェが言葉に詰まっていたところをアジクは見逃さない。話をしたかっただけなどという理由ではないはずだ。恐らくだが、エリシェとアジクは知り合いであった、その点から誘いをかける気だったのかもしれない。
「それじゃあ、私はもう行くわ」
「じゃあな」
「……本当に酷い扱いね」
エリシェに対してのアジクの態度は冷たいままだ。よほど王種であることをばらされたのが嫌だったのだろう。エリシェはアジクの態度に少し傷つき、建物を出て行った。




