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面倒なことになった。今日の対戦で勝つと相手からのメッセージが来ていた。
内容はダブルスで勝負しろというものだった。
ドールのバトルはいくつか種類があり、普段行う闘技場での1対1のものだけではなく、2対2でおこなうものもある。
今回のメッセージのダブルスはそれだ。
別に相手の要求を呑む必要はない。こういったメッセージはそこまで珍しいものではなく、必要なら弾くこともできる。
ただ、今まで行ってこなかった戦闘方法という点である、ということがこのメッセージを気にしている理由だ。
今までずっと1対1のバトルしか行ってこなかったが、こういった普段行わないバトルで見えてこなかった弱点が見えるかもしれない。
そう考えると戦ってみるのもありかもしれない、と考えた。そう考えたのが問題だった。
そのメッセージに答えてしまったのだ。
受けてもいいがドールが1体しかないことを伝えると自分がドールの購入金を払っていいから相手をしろ、と返ってきた。
流石にそこまでしなくていいと返事をしても、自分のことに付き合わせるからと話を聞かない。
最後のほうにはこっちを罵倒する言葉まで出てき始めたのでしかたないと諦めた。
勝負の日付は一月ほど先になっている。こちらがダブルスをしたことがないのだから経験が必要だろう、と猶予を持たせてくれた。
相手がしっかり戦えるうえで思いっきり叩き潰す、というつもりらしい。
と、いうわけでダブルスを行うことになってしまったのだ。
「どうしたものか……」
問題はいろいろとある。ドールの購入自体は以前買った店でそろそろ再入荷するとのことでその時に買えば問題はない。
問題なのはダブルスをどうするか、という点だ。ダブルスにおける戦法である。
2対2という都合上今までのようにはいかない。そして相手のほうが経験は上だ。どう戦うべきか考えないと勝てないだろう。
「こんにちは!」
「……こんにちは朝井先輩」
「だから美弥でいいってばー」
また気づかなかった。前もあったので今回はそれほど驚かなった。
「またゲームのことで考え事?」
「……まあ、そうですね」
「ほら、お姉さんに相談しなさい」
そういって正面に座る。先輩に今回の戦いについてとその経緯を伝える。
そして何を考えていたかというのは今回購入するドールとそのドールを加えたうえでの2対2の戦法のことだ。
「ダブルス……2対2、かぁ」
「そうです。少なくとも相手は戦いなれている以上、簡単には勝てそうにないです」
「相手の戦い方はわからない?」
「1対1では戦いましたけど、2対2の戦い方は不明です」
「1対1の相手は?」
「耐久力が高めの魔法系の相手でした。力押しで勝ちましたけど」
蜥蜴型にも見えただが恐らく亀型だろう。皮膚に硬質な鱗がついていたのでわかりにくかったが、背中にかなり薄いがとても固い甲羅のような層があった。
恐らくある程度の機動力を持たせ、防御を全体に広げた形だろう。その分甲羅の防御性能が落ちているみたいだが。
初期設定だけではこれほどの変化はできないため、術式なども用いた変化だろう。
「耐久力が高い……仮にそれを1体目とするなら2体目はどうするかな?」
「2体目、ですか…」
今回こちらのドールの強さは大体理解されている。最も同じドールを入れてくるとは限らないが。
今先輩の言ったように仮に同じドールを使ってくるならば? 少なくともこちらのドールに1回は負けているのだ。
ならばこちらのドールに勝てるような戦闘能力を持つドールを入れてくる、ということだ。
「同じようなドールを入れてくることはない、こちらに有利なタイプを入れてくる」
「そうだね。私だったらわかってる相手の戦い方に対処できるのを入れるね」
もしかしたら購入金を払うといったのも戦略上の、と思ったがドールの値段は一律だ。流石にそれはない。
「ということはこちらの弱点を補完する形のドールを選択するべきということか……」
「それはちょっと甘いかな」
「え?」
「それくらい相手も考えるよ。そもそも相手のほうが経験は上なんだからそれくらいでどうにかなるとは思えない」
相手のほうが経験が上、相手のほうがダブルスになれている。もともと相手の土俵なのだ、弱点を補完しただけでどうにかできるほど簡単ではない。
「さっき耐久力が高い、って言ってたよね?」
「はい」
「片方が1対1で相手を抑えている間にもう片方が相手を倒し、片方に合流する。2対2の戦いは最終的に2対1の戦いになる、ってことだよね」
「……そうですね」
うまく相手がそういう方向に動かせばそうなる、といったところだろう。ただ今回はこちらよいりも相手の経験が上だ。
相手の戦法に振り回される可能性が高い。
「じゃあどうするべきか……」
「ねえ、智治くん」
「はい!?」
いきなり名前で呼ばれた。いや、以前からだったか。友人以外では久々に女性に名前を呼ばれる形だからびっくりした。
「もし、智治君が将棋をしていて、相手のほうが熟練者の場合、どうする?」
「どうすると言われても……」
恐らく勝てない。勝つためにいろいろ考えるが相手のほうが上手だ。
仮に、勝つためにどうするか、というと相手の考えつかない手、意表を突くしかない。
「簡単だよ。将棋で勝つ必要はないの」
「え?」
「相手の土俵に上がるからダメなんだよ。そういう時は将棋盤をひっくり返せばいいの」
さすがに無理がある。そんな暴挙をしていいものか。
「ダブルスであることは変えられませんよ?」
「でも2対2、じゃなくすことはできるよね?」
それは2対1で挑む、ということだろうか。設定的には無理だ。ダブルスは2体のドールを戦闘エリアに出す必要がある。
「設定的に無理ですし、そもそもこちらのドールに対応できる相手が出てくる可能性が高い以上、1体じゃ勝てないですよ」
「そうだね。でも、それくらいするべきなんだよ? 経験者に勝つには相手の思考を停止させるくらいの手を打たないとね」
そういって立ち上がる。
「もう行くんですか?」
「うん。これ以上の相談は必要ないかなって。後は智治君が決めることだよ」
まあ、参考位にはなるかもしれないが、ここで相談をやめられるのもちょっと唐突な気がする。
「最後に1つだけ」
「はい」
「2体いるからといっても、それが2体である必要はないよ。これがさっき言ったことについての私の答え」
そう言って部室から出て行った。最後の発言について考えてみる。
「2体いるが2体ではない…?」
2体だが1体、ということだろうか。
「2体が1体……2体で1体?」
2対2でなくすということに対する答え、つまり2体で1体の存在であれば2対1という形になるということだろうか。
仮に2対1であるならば最初から2体を相手する前提で考えられる、ということになる。
しかし実際には2対2だから結局は変わらない。だが、さっき話していたように1体が抑えられた場合、1対1と1対1ということになる。
そう考えると先ほどのような形とは戦い方が違う。
「…そうだな、どうせドールは増やすつもりだったし」
そもそも一つの手だけを考える必要はない。いくつも手を打ったうえで、良さそうなほうを選べばいい。
購入するドールをいくつか検討するために調べることに決めて帰宅した。




