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3

――あの日の決断を後悔したことはない。あの時ああしていなければ、自分は大切なものを失っていた。愛するものを守るためならば自分の秘密がばれることになってもかまわなかった。その後自分が村のはずれに隔離され、そこで生活するようになったとしてもだ。


――隔離されてからの生活は今までとは全く違った。外から鍵を閉められ、閉じ込められた。食事は届けられ、排泄物はきちんと片付けてもらえるが、外に出してもらえることはなかった。例外的に、村では片付かない問題が現れた時はそれを排除するために外に出してもらえた。


――ある日のことだ。自分が愛した女性が他の男性と楽しげに話しているのを見た。その様子ははまるで恋人の語らいのようだった。脅威を排除した後、建物に戻るまででそれをみた。俺は彼女に詰め寄り、問い詰めた。何故他の男と楽しく話しているのか。突然彼女に近づいた自分は多くの村の人間につかまれ動きを止められた。彼女のこちらを見る視線には怯えが混じっていた。そして彼女が俺に喚いた。


――俺はバケモノじゃない。なぜ俺は今こんなことになっているのだろう。俺は彼女を助けるためにその力を振るったのに。なぜ彼女は俺を拒絶した。何故。何故。何故。何故。何故だ!


――俺はバケモノじゃない。俺はバケモノはない。俺はバケモノじゃない。俺はバケモノじゃない。俺はバケモノじゃない! 俺はバケモノじゃない! 俺はバケモノじゃない!


――彼女が憎い。俺をバケモノと拒絶し、恐れ逃げた。俺以外の男と楽しく語らい、俺を嫌う彼女が憎い!


――村人が憎い。俺をこんなところに隔離した村人たちが、俺をバケモノと蔑み笑い自分たちの都合よく利用する奴らが憎い!


――すべてが憎い。俺を拒絶した彼女が、俺をこんなところに隔離した村人が、俺をこんな生物として生んだ家族が、俺をこんなところに入れる人間が、俺を助けに来ない人間が、俺を受け入れない国が、全てが、全てが、全てが、この世界の全てが憎い!


――ならば


――壊してしまえ








「やっと着いたか。途中王種の退治が入ったけど、大体予定通りだな」


 アジクが調べた地図の場所まで来た。あくまでおおよその範囲であり、その端の部分であったが。


「とりあえず周辺一帯を調べるか」


 アジクは周囲の状況を見つつ、移動を始める。しかし、アジクはこの場所を調べるのに地図を使ったが、その地図は外部への持ち出しが禁止されているので今は持っておらず、かなり大雑把な調査になってしまっている。


「方位磁針くらい持ってくるんだったか……」


 今更の話だ。アジクは地図に何かなかったか、と思い出す。


「そういえば……範囲外だけど近くに村があったか。どのあたりだったか…」


 地図を思い出す。およそ東の方角であったということはアジクの記憶にあったが、そもそも現在どこを向いているかもアジクはわかっていない。


「とりあえず方角が分からないとだめだな」


 そう言ってアジクは日の様子を確認する。この世界でも日は東から西に落ちる。彼がここにたどり着いたのは時間的には昼前くらいであり、それからしばらく調査しているので日は西に傾き始めているはずだ。


「あっちかな」


 日の状態から東の方角の見当をつけ、そちらに向けて歩き出す。歩いている最中に奇妙なものを見た。


「焼けた樹? 落雷か?」


 それは焼け焦げた樹だ。しかし、その状態は異様である。落雷のように一つの樹が焼けているのではなく、周辺にある十数本の樹もまとめて焼けていた。山火事が起きたにしてもある一定の範囲しか焼けていないのは奇妙な話だ。


「……王種か?」


 可能性の一つとしてアジクが思いついたのは炎の特殊能力を持つ王種の存在である。それならばこの奇妙な範囲の焼け方も、燃え広がった様子がないことも説明がつく、と考えた。


「でも……ここの村からは王種の報告はなかった……なかったな、ずっと」


 アジクがここ最近だけではなく、今までの記憶から王種退治の依頼があった村を思い出し、ここにある村はある年から王種退治の依頼がなかったことを思い出す。単純に自分が知らないだけか、それとも王種が現れなかった可能性もある。しかし、ここ最近は王種が各地に降りてきている状態だ。そんな状態であるのに全く王種の退治依頼がないのはおかしい。


「急ぐか」


 アジクは村があると見当をつけた場所に向け急いで駆けだした。







 村の場所を目指す道中、先ほど見つけたような焼かれた樹々が点在していた。それは村に近づくほど増えているようにアジクは感じた。そして、アジクは村までたどり着く。


「……酷いな」


 そこにあったのは全てが焼けた村の惨状だった。炭や灰になった家、散乱する焼けた家財道具、そして多くの死体の一部。煙もなく、おそらくはかなり前からこの状態だったのだろう。以前は死体も残っていたのだろうが、今は獣が荒し、食べられなかったか食べる気にならなかった部位が残っていた。


「村を巻き込むほどの火事があった……というよりは、王種の仕業って考えたほうがいいな」


 この村に王種が現れ、その王種の能力により村が炎に飲み込まれて滅んだ。惨状からアジクの出した結論はそれだった。村のはずれにあまり焼け方が酷くない、ある程度原形をとどめた建物が残っているのがアジクの目に留まる。何かないかとアジクがその建物に向かう。何かいるかもしれないと注意しつつ、アジクは中を覗いた。


「……うわ」


 アジクは中の様子を見て思わず手で口を覆う。中はあまり焼けておらず、おそらくこの村が滅ぶ前の状況がかなり残っていた。壁中一面に何か鋭いもので書かれたような文字。内容はわからない。それはかろうじて文字が書かれている、とわかる程度の様相だった。壁には何度も、執拗に文字が刻まれた跡が残っていた。アジクが幾つか解読し、なんとか分かった文字は憎い、と化け物、という言葉だった。


「……人の王種だな」


 人の王種は恐れられ、時に迫害の対象にもなる。特に戦闘能力を持たない王種や、あまり人に対して危害を加えたくないと考える王種などは格好の的だ。ここにいた誰かはそういうタイプではなかったようだが、ここに閉じ込められることを甘んじて受け入れてしまったっていたのだとアジクは推測する。それがいい結果になるかどうかはその当事者たちの対応次第になるが、この村の状況を見る限り彼らはそれに失敗したのだろう。


「厄介だな」


 人の王種は獣と違う。獣であれば自分の縄張りを作ったり、食料となる獲物を狩りに動いたりとその行動の把握が容易だ。しかし、人は違う。人は自分で考え、その考えに従った行動をとる。獣のように単純で分かりやすい行動ではないものであることが多い。特に今回はこの建物の様子からも、憎しみに狂ってしまった王種だ。普通の人間のような行動をとってくれるとも限らない。とても探しにくい存在になっている。

 しかし、アジクは道中にあった焼かれた樹々のことを思い出す。この村の様子からも恐らく炎の能力を持った王種であることは推測がつく。焼かれた樹がその王種の能力による結果であったのならば。


「焼けた樹がある場所をつないでいけばおおよその位置はわかるかもしれないか」


 もちろん、まっすぐ移動したとは限らないが、何も手掛かりがないよりはいいとアジクは考える。流石にこの状態の村に留まるのは厳しいので、すぐに建物から出て王種の捜索を始めた。

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