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 アジクは転生者である。生前、前世は平凡な人間だった。突如起きた工事現場の倒壊で、それにより落ちてきた鉄骨の下敷きになったのが彼の前世での最後の記憶だ。今でもその時のことは記憶に残っているようで、その時の鉄骨が落ち来るときはそれが自分の下に来るまでスローモーションのように感じられたと言う。

 そしてこの世界に転生した。この世界では最初は管理意識が混濁し、曖昧に日々を感じながら生きていたようだが、だいたい生まれて一年ほどたってから元の記憶を思い出し、精神が復帰したらしい。もともと彼の能力は人にばれにくいもので、彼もしっかりとした人生経験を積んでいたため、能力を見せびらかしたり積極的に使うなどして王種であることがばれてしまうと大変なことになることを理解していた。なので彼は王種としての力を隠して生活していたらしい。

 しかし、その努力もある日無意味になり、今は王種の生活を送っている。ただ、彼は前世は特に生きることを意識せず、どこか自堕落的に生きていたことを少し後悔しており、今生ではしっかりと生きるということを意識して、精一杯人生を送っている。







「あら、アジク。今工房にゴウトがいるわ。あなたの剣を持って行ったから、もう調整は済んでいると思うわよ」


 部屋から出てきたアジクを見つけ、ゴウトと呼ばれる人物が工房に行ったことを伝える。彼女の言う通り、アジクの持っていた剣は眠っている間に部屋からなくなっていた。


「ああ、わかった。話は変わるけど、地図を持ってない?」

「地図? 確か……玄関の本棚にあると思うけど、いったい何に使うの?」

「最近王種の退治依頼が頻発してるし、どこかに原因があると思うから調査するつもり」


 アジクがそういうと、ケティは手を口元にもってきて驚いた表情を浮かべる。


「それは少し大変ではないかしら? それにあなたがどこかに出かけるなら退治依頼はどうするの?」

「中級以上ならこっちまで送って。下級はほかの人でもできるし」

「それはそうだけど……」


 ケティは困ったような表情をしている。しかしアジクはそんなケティに構わず、ケティの言った玄関の本棚に向かった。


「地図……地図……これかな」


 そう言ってアジクは本棚にある一つの紙の束を取り出す。この世界の地図はアジクのいた世界ほど正確な地図ではないが、王種の特殊能力を用いて書かれており、そこそこの精度の情報はある。今までの依頼で受けた王種退治の場所を示し、それらの分布を調べている。


「……ここかな?」


 分布はここ最近王種が何度も現れている村、一度だけ現れた村、現れていない村に分かれ、その配置から王種が逃げてきたであろうおおよその場所を特定した。しかし、その範囲はそこそこ広い範囲だ。アジクは指を顎に当てて地図を睨みつける。


「広い……全域調べるしかないな」


 そう言って地図をまとめ本棚にしまった。


「調べ物は終わったかしら?」


 アジクが地図を見ている間にケティは近くの椅子に座っていた。アジクが調べ物を終えるまで待っていたようだ。


「どのくらい外に出るつもり?」

「今回の依頼場所からさらに村二つは向こうだから、急いでも向こうに着くまで五日はかかる。それからさらに調査にかける時間もあるから、帰ってくるまでおよそ二十日は過ぎるかな。何かあればもっとかかる可能性もある」

「……流石に時間がかかりすぎるわ。でも、依頼が少なくなればその分頼む必要もなくなるわね」


 ケティは立ち上がり本棚に向かう。本棚についている引き出し部分からいくつもの羊皮紙を取り出し、中身を確認している。


「道中の依頼、下級ばかりだけど頼めるかしら? 提出は帰ってきてからで問題はないわ」

「わかった。何かあれば連絡はいつも通りで」

「ええ。ちゃんと帰ってきてね」


 ケティが胸元で手をぎゅっと握り、心配そうにアジクを見つめる。しかし、アジクはいつものことだなと気にせず工房へ向かった。







「ああ、アジクか。ほら剣を調整しておいたぞ。お前はせいぜい少し研げばいい程度だからやりがいがない」


 工房にアジクが入ると、その姿をみた大柄の男性が剣を差し出してくる。差し出された剣を受け取り、背中にかける。


「別にいいだろ。下手に使い物にならなくしてくる奴らよりも楽ができていいじゃないか」

「はっ。確かに楽は楽だがそれじゃあ仕事をした気にはならんのさ。壊してきたらその剣よりもっといいものを作ってやるっていうのによ」

「俺にはこれで十分だよ。いい剣をわざわざ使う必要なんてないからな」

「弱い武器でバランスが取れるっていうことか。強い奴が言うことは違うな」

「ゴウト。そういう嫌味はやめてくれよ、本心じゃないくせに」


 そう言ってアジクは大柄の男性――ゴウトとの言葉の掛け合いを打ち切る。


「剣以外に何か持っていくものはないか? すぐに出るんだろう?」

「聞いてたのか?」

「服装を見ればわかる。いつも帰ってきたらすぐに着替えているだろう」


 そう言ってゴウトはアジクの服に視線をやる。アジクの着ている服は帰ってきたときと同じ衣装だが、汚れはない。


「ああ……そうだな。とりあえず背負い袋と水筒を。あとは適当に物置で必要になりそうなものを探すよ」

「背負い袋に水筒だな」


 ゴウトが大きな袋と皮筒を差し出す。アジクはそれを受け取りすぐに工房を出ようとする。


「これも持っていけ」


 工房から出ていこうとするアジクを引き止め、大きな皮製の外套を渡される。


「流石に今の時期でも眠る時は寒くなる。お前は結構丈夫だからなくてもいいだろうが……」

「そもそも俺は外で寝るときは樹に寄りかかって寝てるんだけどな」

「それを着て寝ればいいだろう。いろいろと試してみたが、かなり楽になるぞ」

「ふーん……まあ、使ってみとく」


 そう言って渡された外套を背負い袋にしまい、工房から出て行った。そのあとアジクは幾つか遠出に必要なものを袋に詰め、地図で調べた場所まで向かっていった。







 道中、アジクは頼まれていた討伐するべき王種に遭遇する。その王種は狼から生まれた王種であるようだ。姿は一般的な狼だが、特徴的なのはその頭部で、眼が五つ存在し、口が耳まで開くくらいに大きい。そしてその口の中には普通の狼とは大きく違い、牙だらけだ。噛まれれば確実に食いちぎられ、仮に食いちぎられなくても無数の牙で口の中に入った部分が串刺しになるだろう。


「グルルォオオオオオォッ!!」


 狼の王種がこちらを見て吠える。それに反応し、そばにいる十数匹に狼もこちらに顔を向けた。王種は多くの場合、群れの長となる。今回の王種もそういう類だ。以前戦った大猿のようなケースのほうがむしろ少ないくらいだ。


「グォゥッ!」

「グルゥァッ!」


 王種の吠えを聞き、こちらを確認した狼たちが二、三匹でまとまりながらアジクの周りを囲うように動き出した。アジクは何をするでもなく、その様子を観察している。そのままアジクは王種のほうに目を向ける。それは王種がどのような存在であるかを確認するかような視線だ。アジクを囲み終えたのか、狼の王種が再度吠えた。その吠えに合わせ、囲いを作っていた狼が動き出す。一匹目の動きと二匹目の動きに時間差があり、それが複数のグループで同時に行動していた。

狼たちが跳躍し、アジクに襲い掛かる。しかし、次の瞬間に存在してのは狼に襲われたアジクの姿ではなく、剣による一閃で切り裂かれた多くの狼の死体だった。運よく、跳びかかる前にその死体を見てしまった数匹の狼はその動きを急停止させる。


「グルゥゥゥ……」


 そのままアジクの周りを隙を伺いつつ回る。一見してアジクは隙だらけに見えるが、そのアジクに襲い掛かった狼たちは一瞬で死体になってしまった。それを狼たちも理解しているのか、アジクに襲い掛からない。そんな狼たちの姿を無視し、アジクは王種の狼を見る。


「グルァァァァァアオオォォ!!!!」


 群れの仲間である狼たちを殺されたからか、それとも全く役に立たなかった狼たちに憤ったのか、王種の狼は大きく咆哮した。その咆哮でアジクの周りを回っていた、アジクの死角にいた一匹の狼がアジクに襲い掛かる。


「グルァッ!」


 アジクの姿勢は変わらないが、次の瞬間には襲い掛かった狼は切り裂かれた死体に変わっていた。流石にそれを目の当たりにした周りをまわっていた狼は怯えた様子で、アジクから離れる。


「グルルゥゥゥゥゥゥ」


 王種の唸り声が聞こえる。流石にアジクが途轍もない脅威な存在であると感じているようだ。しかし、狼の王種は諦める様子はない。今度は自分だけでアジクに対して襲い掛かる。その速度は先ほどアジクを襲った狼よりも速い。しかし、その狼はアジクを殺すことはできなかった。最後にその目で見ただろう。ものすごい速さで自分を剣で切るアジクの姿を。







 その場は狼の死体だらけだった。アジクは王種の狼の首を切り取り、持ち上げている。


「これで多分大丈夫かな……村にいって討伐証明だけはもらっておかないと」


 そう言ってアジクは森から街道に出た。

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