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「っ」
「あ、気が付きました?」
倒れていた静城が目を覚ます。
「ここは……?」
「本部の休憩室です」
「査問は?」
「……あのあと、基地長…元基地長が、これから怪人たちの襲撃がある、と言って、その対応のため中断されました」
今、本部はその襲撃を受けている状況だ。
「……そうですか」
静城は話を聞き、起き上がろうとする。少し痛みを感じたが問題はない。
「まだ休んでいてください。治療しましたけど、まだダメージはあるはずです。スーツもなしに攻撃を何度も受けてるんですよ!!」
静城の負ったダメージは風見の治療では回復しきらなかった。一度の治療で全回復しなかった場合、連続での治療は治療を受ける側の負担の問題もあり、間をあけて回復することになっている。
「……いえ、大丈夫です。それより、今襲撃を受けている途中……ですよね?」
本部の外から聞こえる微かな戦闘音を聞き取り、静城が風見に尋ねる。
「……はい」
「それなら、僕も行かないとだめでしょう」
「っ! 静城さんは怪我人でしょう! 無理に行っても仕方がありません!」
風見は静城を止めるが、静城の怪我は痛みが残る程度で戦闘自体には支障がない。そもそも、静城は戦闘において守り一辺倒だ。多少の痛み程度で問題が起きることはない。
「それにスーツも」
「スーツなら、直してもらったみたいです。ここに持ち込まれてますしね」
「っ」
静城のスーツは今回の査問の証拠品として、修復された状態で置いてある。風見は静城を止める方法を思いつかず、言葉に詰まる。
「…………どうしても行くつもりなんですか?」
「はい。それが僕の、ヒーローとしての努めですから」
「…………」
風見は黙ったまま静城の手に自分の手を重ね、握りこむ。
「なら約束してください」
「……はい」
「絶対に、無事に戻ってきてください。約束ですよ」
「……努力はします」
風見の言葉に、静城は曖昧に答えを返した。
各所でヒーローと怪人が戦闘している静城は現在それを俯瞰する立場だ。
「流石に戦闘中の状況に介入は難しいか……」
戦闘中のヒーローと怪人の間に割って入るのはいろいろな意味で難しい。それはヒーローにとって助けになるものではなく、むしろ邪魔になるものだ。静城はどこかに自分のできることがないかを探す。俯瞰する立場でわかったことだが、戦闘しているヒーローたちに遠距離から攻撃をしている存在がいる。静城はそちらの行動を止めることにしようと決め、攻撃の方向を確認し、そちらに向かった。
向かった先、高い建物の上にその怪人はいた。黒い仮面、黒いローブをつけた、見た目状は普通の人間と変わらない怪人だ。その怪人は闇のエネルギーで作った球を撃ちだし、各所で戦っているヒーローを狙い撃ちしている。各所のヒーローはたびたびおこなわれるその攻撃のせいでなかなか戦闘がうまくいかず、不利な状況になり始めているようだ。
「む」
怪人が自分に向かってくる静城に気づく。エネルギー球を作り、静城に向けて撃つ。静城も防御の体勢をとり、攻撃を防ぐ。
「ほう、防ぐか。ならばもう少し試してみるか?」
再びエネルギー球が作られる。ただし、先ほどのように一発だけではなく、十八発、その数の球が静城に撃ちだされる。
「ぐっ」
流石に全部を受けるわけにもいかず、いくつかは回避したが、すべてを回避できるわけではない。防御を回避しながらでも意識していたため、まともに受けたわけではないが、それでも多くの球をうけ、流石に静城も苦痛の声を上げる。
「なかなか耐えるではないか」
「この程度の攻撃で、やられるわけがないだろう」
怪人の発言に静城が言葉を返す。それは自分に攻撃を誘導させるための挑発の意図を含んだものだ。
「……言うじゃないか。ならば、我の攻撃を防ぎきってみせろ」
そう言って怪人が生み出したエネルギー球、先ほど撃ちだされたエネルギー球よりも大きく、明らかに濃いエネルギーの密度。
「行くぞ」
どん、と静城に撃ちだされた攻撃が当たる。先に宣言されていたからこそ、防御の体勢を作っていて防ぐことができたが、その速さと威力は先ほどまでの攻撃とはけた違いの威力だった。
「ぐぁっ?!」
静城は自分の体に攻撃が当たり、初めて撃ちだされたことに気づく。それほどまでにそのエネルギー球の速度が速かった。流石に大きなダメージに膝をつく。しかし、膝をつきながらもその目は怪人のほうをしっかりとみている。
「ふむ……いい目だ。やはり信念、強い意志を持った相手は良い」
怪人が静城に対して笑みを向ける。楽しげな様子だ。
「まだまだ行くぞ? 簡単に倒れてくれるなよ」
エネルギー球が作り出される。先ほどと同等だが、今度は数が多い。それらが静城に向けて撃ちだされた。
「……よくぞ持った、と褒めてやろう」
何度か強力な攻撃を怪人は静城に行った。その都度、静城は防ぎ、場合によっては最小限だが回避し、耐え続ける。静城の目的は相手を倒すのではなく、あくまで引き付けることだ。その役目は見事に果たせていると言っていいだろう。
「っ」
ボロボロだが、静城はまだ立っていられる状態だ。いや、立っていられるくらいしかできない状態だともいえる。
「その気概、立派なものだ。ヒーローというものはそうでなくては面白くない」
そう言って静城の前に無防備で怪人が立つ。
「攻撃するがいい。一度だけ、攻撃を許してやろう」
それは静城の意思に対して敬意を表したものだ。しかし、静城は行動できない。ダメージの問題ではない。静城には攻撃能力はないからだ。
「どうした? 早く一撃を加えるがいい。ヒーローは必殺技とやらを持っているものだろう」
「…………僕は攻撃能力を持っていない」
静城の言葉に怪人が一瞬言葉の意味が分からず、動きを止める。そしてその言葉の意味を理解し、笑い出した。
「ふふふ……ははははは! なるほど。お前は囮を買って出たのか」
静城の行動はすべて怪人の攻撃を自身に向けさせるためのものだ。それまで怪人は遠距離から戦いを行っているヒーローに対して狙撃を行い、怪人側の有利を作っていた。しかし、全ての攻撃が静城に向けられることで、ヒーローに対しての横やり、妨害が行われなくなる。それにより、怪人有利の状況からヒーロー側が徐々に盛り返している状況だ。
「よくぞやってくれたな、と言っておくべきか? しかし立派だ」
怪人が静城にその腕を向ける。濃密な闇のエネルギーが集中する。
「お前はここで死ぬだろう。しかし、お前は我を抑え込むという役割を果たした。それは称賛されるだろうな」
すべてを飲み込むような、濃密な、圧縮された膨大なエネルギーの闇の球が作られる。それは静城に向けられている。
「悪の組織の首領である我をこの場にとどめたその行い、大義であった」
その腕の先に作られた強力な闇のエネルギー球が静城に撃ちだされようとして、その前にその球の構築が解放され、こめられていた闇のエネルギーが周囲に拡散した。その余波で静城が少し後ろに吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
悪の組織の首領、その肩に槍が突き刺さっていた。




