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「よう、調子はどうだ?」
放課後になってすぐ祐司が側まで来た。
「何の話だ?」
「あれだよあれ。ドール」
「ああ」
特に話題にすることはなかったが、お互いに結構やっているのは何となく感じていた。
というか祐司の場合はドールはペットとしての購入だったからドールとしてというよりはペットが可愛いという話はよくしていた。
「お前から話は聞いたことないなーって思ってな。どうなんだ?」
「毎日やってるよ。俺の場合はお前と違ってバトル方面がメインだけど」
「せっかくのドールなのにもっと一緒に楽しむみたいのはないのか?」
「……戦闘訓練みたいのならよく一緒にやってるよ」
特に悪意がなく、純粋にペットと一緒に楽しむ、みたいな感覚なのだろうがこちらのは人型だ。
そうであることを知っていれば今の発言をどう取られるか、取るべきかと思ってしまう。
「そうかー。よし、一度あっちで会おうぜ。俺のポチの可愛さを堪能させてやるぞ!」
「……ポチ」
いくらなんでもポチはないんじゃないだろうか……
ヴァーチャルリアリティは無限の広がりを持てる特殊なものだが、実際には有限だ。
電子空間を維持するにはその維持を行う機械設備が必要であり、その機械の能力は限度がある。その限界がヴァーチャルリアリティの限界点だ。
普段は個人の空間のみで存在し、人々がヴァーチャルリアリティの中で人と会う場合はそれ用に作られた空間に行くか、個人用の端末で部屋を作ってもらうことを申請することになる。
買い物をしたい場合などは少し特殊で、個人用の電子空間に店舗データを一時的にコピーする形で出張させることで買い物することになっている。
電子空間内では製品を作るのはデータのコピーなどででき、必要な素材もなく、元となった設計さえあればいいため、現実で買うよりも安い。
「今日は服を買うぞ」
「服ですか?」
「ああ。友人に自分のドールを紹介するぞって言われてな。それでこっちのドールも紹介しろ、と言ってきたからな。流石に初期の服のまま、というわけにもいかないし、戦闘用の装備だと少しあれだからな」
別に気にしないとは思うが、そういう問題でもない。戦闘の場でならともかく日常の場にだすのだから相応の装いはしておくべきだと思う。
それに普段はあまり意識しないが、ユアも女の子だ。本人はあまりそういった部分を見せないが。
「えっと……私はそういったものの良し悪しはわかりませんけど」
「とりあえず店に行くからその中で適当に何か選べばいい。別にユアが選ばなくてもこちらで選ぶからあまり気にする必要はないぞ」
「それなら私が行く必要はないですよね?」
「一応体に服のサイズを合わせる必要があるし、いたほうがよさそうな服を選びやすい。それにユアも戦闘ばかりじゃなくてこういった経験を積むのもありだろう?」
「はあ」
あまりよくわからない、といったような顔をしている。ドールによってはいろいろとそういう方面でうるさかったりすることもあるらしい。
その辺は最初の性格設定によるものだろう。
「よっ! こっちで会うのは久々だな!」
「別に学校でいつも会ってるだろ」
「いやいや、学校で会うのとここで会うのは違うだろー?」
「まあそうだな」
祐司が申請した部屋は一般的な休憩設備のある一室だ。こっちで会うとき大体何らかの遊び道具ある施設だが、今回は結構広めの休憩室だ。
ドールなどもいるからだろう。犬型のドールだし、普段から遊ばせているのかもしれない。
「そいつが?」
「ああ、ポチだよ。ほらポチ挨拶しろよー」
「ワン!」
獣型のドールの声はいくつかの種類から選択でき、限りなくリアルに近いものから漫画的表現の声のものもある。
祐司はリアリティの薄いほうを選んだらしい。
「そっちは?」
「ああ、ユアだ」
「ユアです。よろしくお願いします。えっと……なんてお呼びすれば」
「祐司でいいぜ」
「では祐司さん、ですね」
顔合わせは終わった。特にこれといった話があるわけでもなく、休憩設備でゆっくりとする。
「なあ、智治」
「何だ?」
「ランクいくつ? 上がったか?」
「……ああ、Dだよ」
「おー! 人型は使いにくいって聞いてたからまだEかも、なんて考えてたぜ」
「酷い奴め」
表情は別に驚いたような感じはない。まだEなんて考えてはおらず、すでにDになっていると考えていたに決まっている。
しかし突然なんだろうか。ランクを聞いてくるとは思わなかった。
「ランクなんて聞いて何か意味があるのか?」
「ああ、俺もちょっと前にDになったからな」
「……バトルやってたのか」
ドールのゲーム要素はドール同士の戦闘だ。やっていない、と考えるほうが本来おかしいが、祐司がドールを購入したのはペットとしての用途が強い。
てっきりそっち方面には手を付けていないものだと考えていた。
「何だよ。ドールのメイン要素だから当たり前だろ?」
「いや、ペットとして買ったじゃないか」
「まあ、そうだけどさぁ。でも男としてそういうのはやらなきゃおかしいだろ」
「そんなもんかな」
あまり自分はそういう考えにはならないから同意はしかねる。
「ま、それはいいか。ドールのバトル、全国大会あるだろ?」
「Bランクから出られるやつか」
「そうそう。俺、あれに出たいんだよ」
「とりあえずまだ出られるレベルじゃないよな」
「ああ。だからこれから先の話だけどな」
全国大会。ドールが発売してから二回だけだが行われたものだ。
最初は発売してあまり間がない時期だから参加人数がそれほど多くなかったらしい。
二回目は、県大会の予選を行ってから行われた。その時の上位者8名が現在のSランクだ。
以後Sランクは全国上位8名に与えられることに決定している。
「なあ、智治」
「なんだ」
「ここで軽くバトルしないか?」
「……戦闘エリアじゃないし、そういった戦闘行為はできないだろ?」
「ダメージは確かにないけど戦闘はできるようにしたんだよ。だからちょっと広めの部屋をとってあるだろ」
いつもと違う感じなのはそれが理由だったのか。初めからバトルするつもりだったということだ。
だが本来のバトルの仕方とは違う形だ。
「普通にバトルするんじゃダメなのか?」
「だめだ。そういうのはもっとちゃんとやりたいからな、お前とは」
イマイチよくわからないが、友人でありライバルである、といった見方なのだろうか。
まあ、やりたくないというのならしかたない。
「だけど普通にバトルになる可能性はあるだろ?」
「その時は仕方ないさ。ただ、意図的にはしたくないってだけだ」
「でもここではバトルするのか」
「軽く、だけどなー。やりたくないなら別にいい」
やりたくない、というわけではない。それでいいのか、という考えているだけだ。
だが、祐司はそうしたいからそうしているのだ。そういう友人であるのは今までの付き合いから知っている。
「いいよ、やろう」
「そうこなくっちゃな! ポチ!」
祐司のドールが呼ばれて駆けつける。こちらもユアを呼んで戦闘することを話そう。
戦闘はあっさりと決着がついた。ユアの勝利だ。
「おい、術式刻んでないよな?」
明らかに動きが戦闘しているものではない。普通の犬と同じ動きだ。
戦えるように筋力強化などの術式を刻むのが一般的だがそれが見られない。少なくともDランクのドールとは思えない。
「ああ。戦闘するとき以外は普通の犬と同じようにしてる」
術式は普通刻めば意図的に消すことはあまりしない。術式を消すのは魔力量を増やすためであるとか術式が必要なくなるとか、より良い術式が刻めるようになった場合などが主だ。
いちいち戦闘しなくなるたびに術式を消し、戦闘するときになると術式を刻むというのは明らかに普通じゃない。
「なんでわざわざそんな状態で戦ったんだよ?」
「けじめ、というかそんな感じだな。心に決めるため、っていう感じだよ」
「……………………」
祐司がどんなことを考えているのかはわからないが、今回のことは必要だった、ということなのだろう。
それならこちらから言うことは特にない。いや、何かを言うことはできないだろう。
「まあ、それでいいっていうなら別にいいが」
「ははっ、俺の問題だからな。今回は付き合わせて悪かったよ」
「気にするな。友人だろ」
「そうだな!」
なんだかんだで長い付き合いの友人だ。いろんな良いところも悪いところも知っている。
これくらいのことで気を悪くしたりはしない。
「俺もとりあえず全国大会を目指してみるかな」
「その時は県大会でバトルになるな。決着はその時か」
「そうだな」
まずBランクになる必要がある。全国大会に出られるかはともかく、それを目指すのが当面の目標になりそうだ。