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「すまないが、静城という人物を知らないか」
静城が図書室で大学ノートに記録をつけていると、入り口から男性に声をかけられる。
「静城は僕ですけど」
「ああ、そうなのか。悪いが、一緒に来てくれないか」
「……いいですが」
突然のことで、静城は一体何なのだろうと思ったが、特に急ぎの用事があるわけでもなく、明確に自分を探していたようなのでついていくことにした。
「いったい僕に何の用ですか?」
「用というよりは呼び出しだな」
「呼び出し?」
ここ最近特に何かあっただろうかと記憶を探るが、特に思いあたることはない。
「ああ。本部への呼び出しだ」
「……本部」
正義の味方の所属組織の最重要施設、基地本部。そこは基地長などごく一部の職員しか知らず、行き来も何度かの転送、空間移動系の能力や装置を使い移動しその場所を知らせないようにするくらいの場所だ。そしてそこに呼ばれるということは、かなり大きな出来事だ。静城は何か変なことに巻き込まれた、と理解した。
「何度か転送で移動する。多分空間移動に伴う酔いとかはないと思うが、何かあったら言ってくれ。その時は少し休むから」
「はい」
一緒に行く男性はいい人物なのだろう。かなり静城のことを気遣っている。
「ところで、なぜ僕が本部に呼ばれることに?」
「……どうせ後でわかるから言うが、査問……みたいなものだな」
「査問ですか」
「そうだ。君がヒーローとしての仕事を全うしない、職責を放棄した、そういった疑いがかかっている」
「はあ」
確かに前回の戦いに出なかったが、基本的にヒーローの活動はスーツ無しではできない。そのため、スーツの修復がなされていなかった以上、出ることはできなかった。そのことが問題視されるのであれば直ぐに解決するだろう、と静城は考える。
「まあ、何はともあれ査問を受けてもらう。何か意見や事情があるならばその場で抗弁すればいい」
「わかりました」
何度かの転送ののち、基地本部に到着した。建物の外に出ると、普通の街並みよりも近未来的な建築様式で建てられた建物群が見え、奥にはその様式の十階建てくらいの建物が存在していた。
「……何かすごいですね。でも、こんな目立つ建物があったらすぐにわかるんじゃないんですか?」
「見たものの認識を変更する情報操作の結界くらい張ってるさ。査問は明日からだから、今日は暫く泊まる部屋に案内する」
「あ、はい。わかりました」
静城は見えている大きな建物まで行き、その中の一室まで案内された。
「ここで休んでいてくれ。食事をとりたい場合は内線電話を利用するといい。必要な連絡先はわかりやすく机の上に番号を書いた紙が貼ってある」
「はい。ここまで案内してくれてありがとうございました」
「別に礼はいい。仕事だ」
そう言って男性は部屋を出ていく。
「……何か変なことになったなあ」
いきなり基地本部に来ることになり、査問を受けることになる。よくわからないが、あまりいいことでないのは間違いないだろう。そして、なぜこんなことになってしまっているのかも不明だ。若干これからどうなるのか不安がある。
「まあ、どうしようもないし」
ぼふっ、とベッドの上に横になる。図書室で使っていた筆記用具や大学ノートなどは持ってきているので、少し休んでから記述の再開をしよう、と静城は思った。
「職責を放棄するような性格には見えないな」
静城を部屋に案内した男性が廊下でつぶやく。
「しかし、変な話だ。今回の出来事が大きく取りざたされたとはいえ、いきなり査問になるとは」
本来査問みたいなことは一般的なヒーローに対して行うようなものではない。それに、問題がおきてここまで早く物事が進むのも奇妙だった。まるで何者かが意図的に今回の査問を誘導したような感じだった。
「……監視はある。後で彼の様子を確認してみるか」
男性は部屋の監視をしている担当者の場所を尋ねることを決め、そちらに向かった。
「ちゃんとやったのだろうな?」
基地長が仕事任せた雑用係に頼んだことができているかどうかを尋ねる。
「ええ、もちろん。ちゃんと治療室に置かれていたスーツは修復させておきましたよ」
「うむ。書類はこちらで必要な分は用意してある。ちゃんと処理を指せておけ」
基地長はにんまりと笑顔を浮かべ、机の上に置いてある新しい書類を雑用係に渡した。
「はーい。部署の人員の口止めはどうします?」
「私からの命令だ、といつも通り伝えておけ。それで向こうもわかるはずだ」
「了解しましたー」
雑用係は書類を持ち、部屋を出て物品管理の部署まで向かった。
「全く。手を煩わせてくれる」
基地長は疲れたように大きく息を吐く。
「これで手は打った。あとは査問が終わるまで待てばいい。さて、そろそろ行くか」
基地長も今回の件についての説明や証拠の提出、証言などで本部に向かうことになっていた。必要なものを用意し、基地長室を出て行った。