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怪人の出現の報が施設に流れ、各ヒーローが出動する。ヒーローは基本的に待機中のヒーローがすぐに準備をして出動するが、基本的に出現した怪人の情報に合わせ、相手をするには向いていないヒーローはその旨が基地から伝えられ、退くことになっている。しかし、今回はその情報が遅れ、怪人の情報があまり入手できていない。ヒーローたちはいつもとは違う状況に少し戸惑いながらも現場に向かっている。
「はあー。退屈だなぁー。せっかく俺様がこんなに街を破壊してやってるのによぉー。なんでヒーロー共はとっとと出てこないんだぁー?」
町の一角、建物から道路まで周辺一体が破壊されている。その中で破壊されていない場所には逃げ遅れた市民たちがまとめられていた。
「なあ、あんたはどう思う? なんでヒーロー共は来ないんだと思う。なぁーなぁー」
「ひっ! ……し、知りません。僕にはわかりません!」
若い会社員と思われる男性に怪人が絡む。会社員は突然の怪人の行動に恐怖し、震えながらもかろうじて答える。
「あああああああもおおおおおおおおおおー。はやくこいよおおおおお」
怪人が表情を変えずに声を上げる。がん、がん、と地面を足踏みし叩く。徐々にスピードは上がり、がんがんがんがん、と徐々に足踏みしている場所が破壊され破片が飛ぶ。
「退屈だー。適当に遊んでみるかぁー」
「ひぃっ!?」
絡まれていた会社員が怪人に片手で掴まれる。そのまま怪人は会社員を持ち上げ地面にたたきつける。それほど早く、力も込められていないが、何度も何度も執拗に地面にたたきつけられる。意図的かどうかはわからないが、会社員は死ぬことはなかった。それが逆に会社員にとっては不幸だっただろう。ヒーローが来るまで執拗に地面に叩きつけられ続けるのだ。顔は潰れ、腕や足は本来曲がらないほうに曲がり、存在しない関節ができていた。
「待てっ!」
ボロボロになった会社員が放り投げられ、怪人が次の暇つぶしをしようかとしていたところにようやくヒーローが現れる。黄色の戦闘服を着たヒーローだ。ヒーローが来たことで怪人がそちらの方を向く。
「やっと来たかー」
にやりと口角を上げる怪人にヒーローが肉弾戦を仕掛ける。しかし、怪人はヒーローの腕をつかみ攻撃を止める。
「なっ」
腕をつかまれたヒーローはそれを振り払うことができない。怪人の力が強いためだ。そのまま怪人は腕をつかんだままヒーローに殴り掛かる。
「ぐぅあっ!!」
顔面ストレート。掴まれていて回避もできずヒーローはまともに受ける。そして、腕が掴まれたままで倒れることも、吹き飛ぶこともできない。そのまま怪人はまたヒーローに殴りつける。何度も何度も。腕を顔の前に構え、防御の体勢をとるがあまり意味がない。逃げることもできずに攻撃を受け続けるしかなかった。すぐにヒーローはボロボロになり、意識を失いかける。
「ああーつまんねぇー」
怪人は碌な抵抗もできずにボロボロになったヒーローを投げ捨て、残った市民たちの方を向く。
「また遊ぶかぁー」
市民が悲鳴を上げる。先ほどの会社員のように、再び市民をおもちゃのように乱暴な扱いをし、ボロボロにする。
「そこまでだっ!」
何人かの市民が犠牲になったところで怪人にヒーローが不意打ちをし、エネルギー波を打ち込む。
「うぉおおおおおおおー」
怪人がその攻撃により地に倒れる。まだ元気な様子を見せるが、ダメージは結構あるようだ。そのまま現れたヒーローは物質に干渉できるエネルギー体を操り怪人を拘束する。動けない怪人に連続でエネルギーを纏った攻撃を加え、最後に強力なエネルギー弾を体内に打ち込み、爆砕して倒した。
「大丈夫か!!」
怪人を倒したものの、周囲の雰囲気はヒーローを讃えるといったようなものではない。今回はヒーロー、逃げ遅れた市民の両方に負傷者が出たのだ。直ぐに基地の方に連絡し、市民とヒーローの治療の手配をし、運ぶこととなった。
今まで全く犠牲者が出ない、というわけではなかった。だが、ある時からは犠牲者が出るケースがほぼなくなっており、最近は毎回市民に犠牲者がでなかった。そのせいもあり、今回のことはヒーロー側が一度負けていることや、ボロボロにされた市民が出たことでかなり大騒ぎになってしまった。
「なぜこうなったのだ!!!」
基地長の務める部屋で基地長が叫ぶ。今回のことは最近ヒーロー側で問題が起きていなかったためか、マスコミが大きくその内容を取り合げた。ヒーロー側の対応に何か問題はなかったか、市民に犠牲が出たことで保障はしないのか、ヒーロー側に市民を守る気はあるのか、本当にヒーローは怪人に勝てるだけの能力があるのかなど、面白おかしく話題にした。基地長である彼はそれにより評判の低下、権威の失墜などが起きるのではないかと懸念しているのだ。
「くそっ……」
机の上にある書類を忌々しそうに見つめる。今回のことは大きな騒ぎになったせいか、ヒーローたちの大本山、正義の味方の施設本部からもどうして今回のような事態になったのかの報告書を求められている。
「本当のことなど書けんな」
今回の事態の要因はすでに分かっている。もともと最近の市民の犠牲者やヒーローの負傷者がでなくなったのは攻撃能力のない彼が、スーツの修復を禁じたヒーローが真っ先に前線に向かい、怪人の的となり情報の収集をし、彼自身が市民を守り続けた結果だ。認めたくはないが、そういう役割を静城が担っていたことを基地長は今回初めて理解した。
「忌々しい……」
本当のことは書けない。本来静城のスーツの修復は行われていたはずだが、それを禁じ、修復に使われていた分の予算を自分の使う金に回そうとした、などと書けるはずもない。正義の味方の施設の不祥事は確実に問題視され、更迭ですめばいいほうだ。
「……証拠を消さねば」
基地長は考える。今回のことは自分の責任ではない。すべてはあの攻撃能力を持たないヒーローが悪いのだ、と。そう考え、まずはスーツを修復し、修復を禁じたことをなかったことにするべきだと。すぐに自分の手足として使っていた人員を使い、彼は情報の隠蔽、改竄に奔走した。
「ふう……」
怪我をした市民とヒーローの治療を終え、風見は椅子に座って休んでいた。治療した彼らは現在ベッドの上だ。傷は残らないだろうが、市民のほうは心の傷が残るかもしれない、と風見は考えている。
「失礼しまーす。あ、治療終わりましたー?」
「はい……誰ですか?」
突然治療室に入ってきた青年、風見は普段見かけた覚えのない相手で誰なのかを尋ねる。
「あ、すみません。僕は基地長付きの雑用係です。いつもいろいろ頼まれて、連絡を回したり物をとってきたりしてるんです。えっと、今回の被害者の治療おわりましたー?」
「そうなんですか。被害者、ヒーローともに治療は終わってますよ」
「そうですかー。僕は市民の被害者にいろいろと説明とかしなきゃならないんで暫くここにいるつもりですけど、あなたはどうするんですか?」
「まだいるつもりですけど……」
「あ、そうなんですかー。でも壊れたスーツの修復とかもあるでしょ? 僕ここにいるんで、行ってきたらどうです?」
「え……いえ、治療した人が起きたらやることもありますし」
「何かあったらすぐ呼びますよ。こう見えても連絡係としては優秀なんですよー」
ぐいぐい、と入ってきた青年は風見に押しの強い発言でスーツの修復にでも行って来い、と言ってくる。流石に強いその押しに負け、風見は疲れると感じ、言われた通り部屋を出ていくこととなった。
「……もうちょっと職務怠慢気味な奴なら楽なんだけどなー。さぁーて、例のものを持ってくか」
治療室に残されていた、静城の使っているスーツを回収し、青年は治療室を出る。そしてすぐに戻ってくる。スーツはすでに持っていない。
「これでよーしっと」




