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「はい、治療終わりましたよ」
「いつもありがとうございます」
いつも通り、静城の治療が終わる。そして今日は特に会話もなく、挨拶だけをして静城は治療室を出て行った。
「さて、スーツをもっていかないと……」
風見は治療の際に静城が脱ぎ、治療室で預かっているスーツを箱に入れ持っていく。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です。いつもどおり、スーツの修復をお願いします」
そう言って風見は組織の物品管理の受付に提出した。
「了解です」
受付はスーツの入った箱を預かり、中に運ぶ。
「これ受付札です。スーツの修復だと、明日には終わってると思いますので、受付の担当に提出してください」
「はい、わかりました」
受付から修復したスーツを受け取るための証明の札を受け取り、風見は治療室に戻った。基本的に受け取ったスーツの修復、返還は治療室の担当職務となっている。治療室からではなく、本人が物品管理の部署に直接来て渡した場合はその限りではない。
そして翌日。
「まだ修復されていない? どういうことですか」
「ええっと……」
いつも通り、スーツの修復依頼をし、その受け取りに来た風見は受付からスーツの修復がされていないことを告げられる。
「仕事の怠慢ですか?」
「いえ……私はよくわからないのですが、上からの指示みたいで……」
「どういうことです?」
「それは……ええと……」
受付はどうしたらいいかわからないようで、うんうん唸り頭を抱えている。どういえばいいのか、どう対応すればいいのかわからないようだ。
「どうしました」
「部長!」
受付の様子を見て何かあったのか、と部署の上司が来たようだ。
「昨日渡したスーツの修復が済んでいないらしいんですが?」
「受付札を」
部長に言われ、風見が受付札を渡す。
「……ああ。このスーツの修復は基地長に言われてできないんです」
「……どういうことですか?」
ヒーローの使うスーツはヒーローを守り、戦闘力を高める効果のあるものだ。なくても戦闘できるが、戦闘における生還率、撃破率が全然違うことがスーツの開発前と後の記録でわかっている。そして、スーツはヒーローを市民、悪の組織から隠すための保護の意味合いもある。もしヒーローがその正体をさらして行動していれば、相手はその縁者を利用してくるだろう。それをして相手に隙を見せないよう、その姿を隠す役目がスーツにある。
つまり、スーツ無しでヒーローが戦うのは難しい。そして、スーツの修復は優先度の高い事項だ。治療室で行う怪我の治療と同じ程度には優先度が高い。それが行われない、というのはかなり異常な状況だ。
「私にはわかりません。直接基地長に聞いてください」
「……わかりました」
ここで問答してもどうしようもない、と感じた風見は大人しく引き下がる。その足で基地長のいる部屋へと向かった。
「どういうことですか!」
「だからそのスーツの修復は止めるように通達した、と言っている」
風見は基地長室に行き、直接基地長に問いただした。その結果、帰ってきたのはスーツの修復をすることを禁止した、という答えだった。
「何故ですか? スーツは戦闘を行う上で重要な装備です。その修復は優先的なものであるはずです」
「そうだな。確かにヒーローの戦闘を助け、その命と匿名性を守るためのスーツは必要なものだろう」
そう言って基地長はにやり、と笑う。
「だが、それは正しくヒーローとして活躍するものに与えられるべきものだ」
「…………」
「君も知っているだろうが、そのスーツの使用者である彼は戦闘能力を持たず、怪人を倒すことができない。つまり、ヒーローとしては役に立たない」
確かに静城が怪人を倒すことができないのは風見も知っている。しかし、それと同時に静城がどれだけ市民を守るために体を張っているかも知っている。
「確かに怪人を倒した実績はありませんが、市民を守った実績もあるはずです。それではいけませか?」
「その実績をだれが証明してくれるのかね?」
「…………」
それを証明する存在はいない。市民の声は怪人を倒したヒーローに向けられている。それは先日に行われていた民間の調査からも明らかだ。静城の味方になってくれるだろう市民は存在しないだろう。
「わかっただろう。使えないヒーローに渡すスーツはない、ということだ」
「…………わかりました」
苦虫を噛み潰したような表情で風見は言った。納得は言っていなかったが、言っても時間の無駄だと思ったのだろう。
「……それでは失礼します」
そう言って風見は部屋から出て行った。
「ふん。使えない存在に使える金などないわ」
部屋を出て行った風見を見送り、だれもいなくなったところで基地長はそう呟いた。
「すいませんが、静城さんは来ていますか?」
「来てませんよ」
「すいませんが、静城さんは来ていますか?」
「静城…? ああ、あいつか。今日は見てないよ」
「すいませんが、静城さんは来ていますか?」
「さっき食堂にいたよ。多分いつもどおり資料室か図書室に行ってるんじゃないかな」
風見は幾つかのヒーローがいつも基地で休んでたりする場所をめぐり、静城のいると思われる場所をようやく聞けた。先に資料室に行ったが静城の姿はなく、もう一つ言われていた図書室へと向かう。
「あ、いた」
色々とめぐり、少し疲れていたのか、少し息を吐く。風見は幾つかの本を机の上に置いており、本を読みながら大学ノートに何か書いている。調べものか何かのようだ。
「静城さん、何をしているんですか?」
「風見さん? なんでここに?」
「ええっと、その……」
風見を探していたのだが、その理由が理由なのでつい口ごもる。しかし、結局すぐにわかってしまうことなので、風見はその内容を静城に告げる。
「実は、スーツの修復なんですが、基地長に禁止されてしまったんです。スーツがないので静城さんは戦闘に出ることはできません」
「…………そうですか」
静城はその言葉に少し呆然としたような表情を浮かべ、そういった。
「……すみません」
「風見さんのせいじゃないんですし、別にいいですよ」
静城はそういうが、その場では少し沈黙ができた。ちょっと気まずいと思ったのか、静城は話し出す。
「実は、ここで色々調査をしてるんです」
「………調査ですか?」
静城は別に諜報や情報を受け持っている事務方ではなく、怪人と戦う戦闘要員だ。そういったものは本来仕事ではない。
「まあ、ちょっと友人から色々聞くことがあって、それで今までの怪人の傾向とか、出現場所、性格や能力の強さとか、諸々まとめてみようかなって思って」
「……それはすごいですね」
基本的に怪人の出現記録や誰が戦闘し、どう倒したか、何が有効であったのかなどは記録されるが、それよりもさらに深い情報を書き起こしているようだ。これは静城にしかできないことでもある。静城は怪人が出現するとすぐに出動し、現場に現れる。そのため、最初から最後まで怪人の行動を見ていられるのだ。特に戦闘できないからこそ、傍観者の立場だからこそその全てが見られるからこその情報だ。他の誰も持ちえないデータだろう。
「まあ、これくらいしかできませんからね」
「自分がやれることをしっかりすることは立派だと思いますよ」
風見はスーツの修復ができなかった。別に修復は風見自身がやるべきことではないが、スーツを受け取りその管理を正しく行うのは治療室に努める自分の仕事だと風見は思っている。それができなかった自分と比べると、本来やるようなことではないこともやっている静城は凄い人だと感じたようだ。
「そうですかね……」
「ええ」
沈黙ができる。ただ、先ほどの気まずい沈黙とは違い、どこか暖かい雰囲気のある沈黙だ。
「それじゃあ、私も仕事があるのでもう行きますね」
「はい。頑張ってください」
そう言って風見は図書室から出て行った。
「…………でも、スーツどうしたらいいかしら」
治療室にはまだ静城のスーツを預かっている状態だ。修復受付にもっていっても直してもらいないし、直っていないものを所定の場所に帰すのも憚られる。とりあえず、風見はまだ預かっておき、治療室に置いておくことにした。




