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今日もいつも通り、治療室に通い治療をしてもらい、静城は治療室から出てきた。そのまま家に帰ろうと建物の出入り口に向かっていると、曲がり角で大きな体の男性と衝突した。
「うぉっ! おい、気を付けろっ!」
「わっ、ごめんなさいっ」
曲がり角での衝突だ。どちらが悪いわけでもないが、大きな声につい静城が謝る。
「っと、悪い! 俺も気ぃ付けるべきだったな……って、水人じゃなねぇか」
「耕哉? もう帰ってきてたんだ」
「おう。お前は相変わらず小せえなぁ」
「平均よりは小さいけどさあ……耕哉に比べれば誰でも小さいでしょ」
ぽん、と静城の頭に手を載せ巨漢の男性――穂村耕哉は笑顔を浮かべる。静城は頭にのせられた手に嫌な顔をするでもなく、指を弾きどけろと意思表示をする。
「そうだな。お前はこれから帰りか?」
「特にここですることもないし、家に帰るつもりだけど」
「おう、ならこれに行こうぜ」
くいっ、と手で何かを飲むようなしぐさを静城に見せる。どうやら酒でのも飲みにいかないか、と誘っているらしい。
「割り勘?」
「お前はあんまり飲まねえし、わざわざ付き合ってもらうんだ。これでいいぜ」
そう言って穂村は指を一本だす。
「わかった」
「金のことよりも、免許はあんだろうな? お前はいつも年齢確認されるからな」
「財布があるのに免許だけないってのもないでしょ」
「それもそうか」
静城は身長も低く、童顔で時々子供と間違えられることも多い。巨漢でガラの悪い穂村は一緒にいると時々勘違いされることもあるくらいだ。
「よし。じゃあ行こうぜ」
「耕哉は報告とかないの?」
「別に今日じゃなくてもいいからな。お前を見つけたんだから友人付き合いのほうが大事だろ」
「不真面目な……」
そう言って静城は苦笑を浮かべる。と言っても、静城も本気でそう思っているわけではなく、変わらない友人の姿に嬉しくも思っている。二人はそのまま所属する組織の建物を出て居酒屋に向かった。
二人は居酒屋で酒を飲み、結構酔ってきている。
「最近はどうだ?」
大分酒の入った穂村が静城に近況を聞く。
「いつも通りだよ。こっちもあっちも変わってないね」
「そうかぁ……」
「そっちは? 潜入調査って大変でしょ?」
穂村の仕事は悪の組織に入り、内部事情を調査することだ。穂村は正義の味方としての特殊な能力はなく、身体能力が多少強く、視聴覚がとてもいいのが最大の特徴だ。それゆえに、正義の味方としてはばれにくく、その性格と雰囲気もあり、悪の組織に入り込むのに適していると考えられた。そして実際に入り込み成果を上げている。
「そうだな……今はだいぶ落ち着いてるが、向こうはそろそろ何かしてくるかもしんねぇ」
静城の言葉に頷き、自分の仕事内容を思い出し、つい内部事情を漏らす。
「そういうのは言ったらダメなんじゃ?」
「ああ、悪い。黙っといてくれよ」
「もちろん」
静城の言葉に笑顔を浮かべる穂村。ただ、見た目の影響もあり悪いことを考えているように見えてしまう。
「……お前は大丈夫か?」
「何が?」
「こっちもいろいろと調べてんだけどな。お前のこともいろいろ知ってる。最近もずっと出ずっぱりだろ。疲れとかねえのか?」
穂村は静城を心配そうな目で見る。
「ちゃんと治療してもらってるし、いつも攻撃を受けているだけだからそういうのはないよ」
「………………」
静城の言葉に穂村は何を言うでもなく、グラスに入った酒を飲む。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって」
「お前が頑張ったって、誰にも認めてもらえないんだぞ」
「…………」
正義の味方、ヒーローとしての評価は如何に怪人を倒したかで評価されている。それゆえに静城はどれだけ一番に戦闘に出て市民を守ってもその仕事が正しく評価されることはない。もちろん、静城も自分のやっていることが評価されていないことは知っている。
「俺としてはお前が仕事を続けているのが正直苦しい。なんで続けられてるかもわからねえ」
「……それが僕の役割だからね」
「お前がそういうのだってのは知ってるけどな。だからってそれに準じる必要はねえだろ」
「それもそうだけど、ね」
穂村の言葉に静城も酒に口をつける。
「自分がそういう力を持ってるってわかったから、その力を最大限生かしていきたい。別に誰かに認められなくても、自分が納得できればそれでいいんだ」
「…………そうか」
静城は自分の言葉に少し満足したような表情を浮かべている。その顔を見て穂村も同意するしかなかった。
「悪いな。お前もいろいろ受け入れてるってのはわかってんだけどなぁ」
「心配してくれているのは嬉しいよ」
その言葉で会話がいったん止まり、二人は静かに酒を飲む。
「そろそろ行くよ。穂村はまだ飲むの?」
「ああ。次の仕事も入ってるしな。今飲んでおかないといつ飲めるかわかんねえ」
穂村は悪の組織へ潜入する都合上、潜入中に油断や判断ミスが生まれてしまう危険などを考え酒などの思考や五感に影響がでるものは仕事期間中は手を出さないようにしているらしい。
「ま、次のはそんなに大変なもんはねえが」
「そう……代金は置いておくよ」
席を立ち静城は財布から二千円を取り出し机の上に置く。
「おい、一枚でいいっつったろ」
「気にしないでいいよ。割り勘よりは安いしね」
そう言って静城は居酒屋から立ち去った。
「ったく……」
その後もしばらく穂村は酒を飲み、帰り際に受け取った千円札の一枚を自分の財布から出したお金に加え勘定した。




