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「ぐっ!」
黒いエネルギー球を受け、青色の戦闘服を着たヒーロー、静城が仰け反る。後ろには市民がいる状態で静城は彼らを庇っている。
「ふふふ……どのくらい持ちますかねぇ?」
悪の組織の怪人は次々にエネルギー球を生み出し、市民に向けて撃ちだす。静城はそれをすべて自分の体で受け市民を守る。
「ぐぅ……」
「よく耐えるじゃないですか。まだまだ行きますよ!」
二つのエネルギー球を生み出し、それを撃ちだす。静城はそれを体を張って防ぐ。次は三つ、静城がそれを守るとさらに増え四つ、怪人はどんどんエネルギー級の数を増やし攻撃していく。八つのエネルギー球を打ち出し、静城がそれを防いだところで静城が膝をつく。
「おや、その程度ですか? ヒーローなんだからもっと頑張ったらどうです?」
怪人はエネルギー球を打ち出し市民に撃つ。
「ぐっ、おおおおお!」
今まで受けたエネルギー球によるダメージに耐えつつ静城は動き、エネルギー球を受ける。
「はぁ……う……」
「まだまだやれるじゃないですか! さあ、どのくらいであなたは死んでくれますかね!」
今度は十個のエネルギー球を発生させる。静城は満身創痍な状態だったが、それでもまだその攻撃から市民を守ろうと動き出そうとする。しかし、静城が動く前に怪人が他のヒーローの攻撃を受ける。
「ぐはっ!? くっ、別のヒーロー共か!」
発生させたエネルギー球が霧散する。怪人は攻撃を受けた方向を向き、そちらにいるヒーローのほうに向かっていく。
「はあ……はあ……」
静城は膝をついて休む。その目はまだ怪人のほうを向いており、いつ怪人がこちらにいる市民に向け攻撃してもいいように、すぐに動けるように待機していた。結局その行動は必要なく、怪人は後から来たヒーローにより倒された。いつも通り、市民は怪人を倒したヒーローの下に向かい称賛と感謝を伝えている。
「…………」
静城はそちらに目を向けることはせず、少しふらつきながらもその場を去り帰還した。
「またこんなに大けがをして……」
治療室に入ってきた静城を見て風見ははあ、とため息をついて言った。
「すみません」
「別に謝らなくてもいいです。ただ、静城さんはいつも無理をしすぎです。もう少し自分をいたわってもいいんじゃないですか?」
いつも戦闘を行う度にボロボロになって治療室にくる静城を見ている風見が静城に意見するが、静城は首を振る。
「僕のできることはこれくらいですから」
「……そうですか。スーツを脱いでください。治療します」
静城の台詞に風見が少し悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに仕事の顔に戻る。静城はスーツを脱ぎ、傷だらけの体を晒す。いつも酷い状態だが、今日はいつも以上にひどいありさまで、風見がその状態に思わず動きを止める。
「…………本当に無理はしないでくださいね」
そう言って手をかざし静城の体を治療する。二人とも暫くは無言だったが、風見が話を始める。
「どうしてそんなに無理に戦闘に参加するんですか?」
「僕らはヒーローですから当たり前だと思いますけど」
「そういう話じゃありません。相手に攻撃できないのに戦闘に参加しても意味がないじゃないですか」
静城は攻撃能力を持たない。防御能力は極めて高いが、それだけでは戦闘に参加してもどうしようもない。風見は何故それでも静城が戦闘に参加するのかわからなかった。
「意味がないなんてことはないですよ。僕はみんなを守ってます。相手と戦うだけがヒーローの役割じゃないでしょう」
「……………」
静城の言葉に風見が口を開き、すぐに閉じる。風見は何か言おうとしていたが、静城の顔を見て、その真剣な表情を見て口に出かけていた言葉を飲み込んだようだ。
「……そうですね」
静城の意見に肯定だけを返し、風見は無言になる。そのまま治療が終わるまで無言が続き、静城が外に出るときに軽く挨拶をして二人の会話は終わった。
「はあ……」
とある日、風見が食堂で昼食を食べている。食べるスピードは遅く、何か考え事をしているか悩んでいるかしているようだ。そんな風見に一人の女性が近づいてきて話しかける。
「月音ー。元気ないねどうしたのよ」
「……佐遊」
風見に話しかけてきた女性――大倉佐遊は風見の目の前に昼食を置き、座る。そしてそのまま風見と話し始める。
「どしたの? あんたが元気ないなんて……よくあることだけど、今度は何?」
「……別に何でもない」
「どーせいつものでしょ?」
「…………」
風見は大倉の言葉に無言で返す。ただ、それははっきりと言いたくないから無言であっただけでその意味は肯定だった。
「そんなに気になるならもっと話せばいいじゃない」
「……別に気になるとかそういうのじゃないです」
「いっつもその子の話ばっかでしょあんた。まあ、よく面倒見ているみたいだしね」
静城のことである。風見が役職を受け持っている治療室には他のヒーローが来ることはめったになく、主な使用者は静城だ。それゆえに風見は静城とはどうしても付き合いが多い。そのせいか、色々な心配事もあり、友人と話す事柄は静城のことが多くなっているらしい。
「……そういえば、民間のヒーローの人気調査でてたわね」
「例の人気調査ですか? ああいうのまだやってるんですね」
「そりゃそうよ。向こうにしちゃ格好のネタでしょ」
「……どうせいつも通りですよね」
「まあね。上のほうはちょくちょく上がったり下がったりだけど。一番下はいつも通り」
「……………」
大倉の言葉を聞き風見はしかめ面をする。その内容は風見にとっては不愉快なものなようだ。
ヒーローの人気調査、それはマスコミが多くの市民にどのヒーローが好きか、格好いいかなどを聞き、その聞き込みの内容をまとめどのヒーローが人気かをテレビ番組で公表する、というものだ。基本的にヒーローの見せた必殺技をあげ、倒した怪人やどんな戦績があったのかなどをあげ、ヒーローびいきの内容が多い。ただ、人気調査でいつも最下位になるあるヒーローに関してはいつも酷評だ。
「……あんたはやっぱ納得いかないんだ?」
「当たり前です。仕方ない部分もあると思いますけど……」
人気投票の最下位は、いつも怪人を倒せない静城がその座につく。市民が見ているのは市民を守りながらボロボロになる静城の姿だけで、怪人を倒すところは今まで見たことがないのだ。静城は攻撃能力を持たないため仕方ないが、市民にもマスコミにもそんなことは関係ない。勝利実績のない静城は格好の的なのだ。
「でも、怪人を倒したことはないのは事実でしょ」
「市民の皆さんを守っているのはいつも静城さんですよ。怪人が現れてすぐに出動して現場に最初に来ているじゃないですか」
「……確かにそうだけどねー」
静城は防御力の高さだけではなく、その移動能力も高い。だからこそ、その防衛能力は群を抜いており、今まで市民に攻撃を通したことは一度たりともない。
「市民に攻撃する怪人も多いんです。その攻撃を防いでいるのは静城さんです。静城さんが就いてからは死亡者ゼロ人の実績があるんですよ」
「……らしいね。でも、結局怪人を倒すのは他のヒーローだから実績には加えられないよ」
「……そういう規定ですからしかたないです。だから嫌いなんです」
静城の能力と行動は結局のところ、正当に評価されていない。どれだけ静城が頑張ってもその結果は他のヒーローに流れてしまう。それは全て静城が攻撃能力を持たず、怪人を倒せないことに起因している。
「ま、持って生まれた能力なんだから仕方ないじゃない」
「……そうですね」
「……結局何を悩んでたの?」
最初に悩んでいた風見の姿を思い出し、大倉が聞く。
「静城さんはいつまでヒーローを続けるのか、と考えてました」
「へえ。月音はあの子に辞めてほしいの?」
「……そうです」
風見の言葉に大倉が驚愕の表情を浮かべる。
「あんたがそういうことはっきり言うの珍しいね」
「別に悪い意味じゃありません……いつもあんなにボロボロになってまで頑張って欲しくないんです」
「……………」
「もしかしたら死ぬまで頑張り続けるんじゃないかと心配で……」
風見はつらそうな表情を浮かべる。大倉はその風見の様子を見ながら複雑な表情をする。
「……なんかなー」
いつも風見の話を聞き大倉は思う。やっぱこいつ例の子のこと好きなんじゃねーの、と。