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戦績はそこそこあがり、ある程度高い勝率になった。
まだ対処できていない部分はあるが、十分だといえる。
しばらくして、ランクアップ戦の通知が来た。ランクアップ戦はある一定以上の戦績同士で対戦し、勝ったほうが一つ上のランクになる。
戦う相手がランダムではなく特定の相手ということになるため、お互いに戦う日時を選択する必要がある。
ある程度の折り合いはつけてくれるらしい。
ランクアップ戦は確実に強い相手との戦いになる。しっかりと準備しよう。
「今日はランクアップ戦だ。確実に強い相手だ」
『……それは大変そうです』
「そうだな。頑張ってくれ、ユア」
自分と同じほどの戦績を持つ相手ということである以上、単純に見れば同じくらいの強さを持つということになる。
となれば相性次第といえる。人型の相性のいい相手というのはそうそうないが。
対戦相手が来る。戦闘エリアに現れたドールは今までに見たことのない、市販の型のものではなかった。
「……特殊型だと?」
『特殊型……ですか?』
「特注のドールだ。どんな相手かの情報がないから厄介だな」
特殊型のドール。特殊型とはその名のとおり、特殊な型のドールだ。
この特殊型は市販されたドールではなく、直接会社のほうにこんなドールが欲しい、と連絡して購入するものだ。
一般的に売られているドールの系統ではないドールに限られるが、自分でドールの設定を決められるというのはかなりの利点だろう。
しかし、この特殊型は最大ともいえる弱点があるためよほど市販されていないタイプのドールがほしい場合でなければ使われていない。
特殊型はどんな形であれ、術式魔核が最小に設定されているのだ。
つまり特殊型は術式を多く刻むことができない。ほぼ初期状態で戦闘を行わなければならなくなってしまうのだ。
もちろん自分でドールの設定を作れるため、極端に強いドールにすることは不可能ではないが、流石に運営側もバランスをとっているらしい。
「四角い……どういうタイプかわからない。相当注意してくれ」
『はい、マスター』
まったく相手の情報がわからない。どう動けばいいのか、今までの戦闘スタイルが通じるかどうかもわからない。
だが、ランクアップ戦は負ければ次のランクアップ戦までかなり間をあけることになる。負けるわけにはいかない。
戦闘開始に合図が鳴る。
「まずは様子見だ」
『はい』
とりあえず相手の動きを見る。どういう相手かわからなければ対処はできない。
しかし、こちらの行動に対して相手は動きを見せない。そもそも足も腕もない四角い形状の相手だ。どういう動きをするかの想定もできない。
こちらがまごまごとしていると、相手のドールの上部に穴が開く。
そこから丸い形状のものが5つ射出された。
「何か来る。気を付けろ」
『はい』
空を飛ぶ球状の何かはこちらに向けて飛んできた。途中で棘が生えたり燃え始めた。
確実にこちらを攻撃するためのものだ。武器とみるか能力とみるかはわからない。自動操作なのかも不明だ。
飛んでくるものを防ぐ。弾く。叩き落とす。形状か、そもそもの素材によるものか、なかなかの耐久力を持つらしい。
ユアの周りを飛び、タイミングよく攻撃を仕掛けてくる。
「周りを飛んでいるものを一度叩き落したら敵の本体に攻撃を仕掛けろ」
『わかりました!』
一気に周辺に飛行してる物をに強化した攻撃を叩きこみ破壊する。一部が完全な破壊はできていなかったが、地面にたたきつける形になりこちらから遠くに飛んでいく。
四角い敵に対して強化した攻撃を叩きこむ。すさまじい音がした。しかし、殴ったところは破壊できていない。
いや、若干のへこみや傷が確認できる。いくら人型の攻撃とはいえ、装備と最大の強化ののった攻撃でこれだ。とんでもなく固い相手だ。
「砦……もしくは要塞、といったところか?」
そんなところ辺りだろうと考える。腕も足もないため、動けないがその硬さはとんでもない。完全に防御に特化させたものだろう。
本来はそれ自身が攻撃手段を持つことはないが、武器か術式でそれを補った形だ。それが飛んできた球状の飛行物だ。
相手が動けないのであれば全部の武器を破壊すればこちらに攻撃手段がなくなると考えたが、破壊した飛行物が消失し砦型のドールから新たなものが出てきた。
きちんと対策は取られているらしい。特殊型は術式魔核が小さいため魔力量がネックだが、こちらもずっと飛んでくる飛行物の対応を続けられるとは思わない。
このまま攻撃に対処して魔力切れを待つのではなく、相手を倒すことを考えるべきだ。
「飛行物の対処をしつつ側面に回ってみてくれ」
『はい』
ユアが敵のドールの横に回りこむ。飛行物もそれに追随する。常に囲まれている形だ。
側面に回っても敵の行動が変わらない。背面はどうかはわからないが、おそらく変わらないと推測できる。
そもそも目に頼っているわけではない以上、視界の外側があるかもわからない。
どうすればいいのか。飛行物の攻撃が続いている。ドールは疲労というものが存在しないが、ミスをしないわけでもない。
このまま続けば確実に攻撃をもらうことになる。
こういった砦みたいなものを相手にする場合のいろいろな作品を思い出す。
「ユア、敵のドールの上部に乗ることはできるか?」
『多分届くとは思います。今の攻撃状況で跳躍はできませんけど』
周囲から高頻度で飛行物がぶつかってくる以上、回避行動をとれなくなる空中に跳躍することはできない。
飛行物を対処しなければ上部に行くことはできない、ということだ。
「飛行物を落とさず、少しずつダメージを与えてくれ。こっちが合図をしたら一気に叩き落して相手の上部に跳んでくれ」
『……はい!』
かなり面倒なやり方だ。無理をさせてしまうのを申し訳なく思う。
しばらく防御と小さな攻撃が続く。流石にこちらも小さなダメージの積み重ねが危なくなってくる頃だ。
「今だ行け!」
『はいっ!』
ある程度ダメージを重ねたところに一気に攻勢をかける。どうしても飛行物である以上、完全に排除することはできなかったが一気に三つを落とすことができた。
その攻撃の勢いのまま、跳躍する。飛行物が追いかけ、そのうちの一つが攻撃を仕掛けてくる。
流石に肝が冷える思いだったが、ユアが空中で何とか対処した。体勢の都合もあり無理がかかっただろう。しかしまだ問題ない程度のダメージのようだ。
『上に来ました! どうしますか?』
「恐らく飛行物を発生させる穴があるはずだ。そこを狙え」
こういった外側の堅い生物への対処は柔らかい内部への攻撃、というものが一般的だ。火を利用した蒸し焼きや電気の伝導みたいなケースもあるがこちらには無理だ。
仮にできても効くかはわからない。しかし、先ほどから破壊した飛行物の射出場所はあることはわかる。
内部が弱いとは限らない部分はあるが、たとえ内部が弱くなくても武器となる飛行物の射出地点を押さえれば魔力切れまで耐えることは難しくない可能性が高い。
『穴が開きました。そこからでてきます』
「全力を叩きこめ!」
『はい!』
砦型の飛行物の射出場所に全力を叩きこもうとする。流石に残った飛行物がそれを阻もうと体当たりを仕掛けてくるが、何とか耐えて攻撃ぶち込んだ。
ガシャンと残った飛行物が落下する。外側は堅かったが内部はそこまでではなかったらしく、大きく破壊できていた。
おそらく中枢、中心まで届いたのだろう。飛行物が落ちたというのは恐らく本体が機能停止したためだ。
程なくして戦闘終了となった。
「よくやったな、ユア」
「はい、頑張りました」
嬉しそうに笑いながら言う。今回の戦いでランクアップしたのだ。それは大きく前進したということだ。
「えっと、ランクアップに伴って成長が起きています」
「術式魔核の拡張……だったか?」
「はい」
術式魔核のランクアップの最大の褒章ともいえる。特に最初から大きい人型はその恩恵はわかりづらいが、獣型は顕著だ。
一つでも多く術式を刻めるようになるのは獣型にとってはありがたいことだ。
「とりあえず、術式は現状維持だな……現状でも十分というよりは使い切れていない部分も多い」
「私が未熟だからですね……ごめんなさい」
「ユアはよくやってるよ。術式を刻まないのを選択してるのは俺だから」
ユアが悪いわけではない。経験記憶を利用すると考えたのは自分であり、刻む術式を考えたのも自分だ。
今はこれでいいが、この先やっていけるのかはわからない。その時はその時だ。