3・4
こちらの世界も、日が昇り、沈む、昼夜のサイクルは同じだ。もうこちらに来て何日たっただろうか。
体が動けば経過日数を刻んでいたと思うが、今の樹の体では動きようがない。
枝から身を飛ばす作業は時々やっている。どうやら、あれを飛ばすことによって土地の栄養が増えるようだ。
何もしていないと植物が弱々しくなり、徐々に茶色になっていく。
一々実を飛ばさないとだめなのが面倒だ。そう思っていると、意識した場所を肥沃な土地にできるようになった。
もはや樹であることは関係ないんじゃないと思う能力だ。
ただ、土地は肥沃になるが、新しい植物を増やすならば実を飛ばすことになる。
この実はあらゆる植物の素になるのかと思うくらい、多様な植物を生み出す素となっている。
樹もようやく数本生えてきた。もはや成長の速さには驚くまい。実が落ちてすぐに植物が生えてくるのだから。
だが、実による成長の補助は最初のうちのみで、最初の成長後の生育は普通の樹と変わらないようになるようだ。
あくまで推測だが。まだ樹が成長するだけの日数が立っていないのだからわかるはずはない。
実はここの世界に住んでいる人らしき存在を見た。あの半透明な人影ではない。
らしき、と言うのには理由がある。この人影だが、色々な特徴のある人影が多いからだ。
普通の人間らしき人影、角の生えた牛や山羊のような特徴を持つ人影、エルフのように耳が長い人影。
他にもいろいろと人間種と思われる存在がいる。亜人、という言い方は人間を中心に見る言い方なのでどう呼べばいいだろう。
全体でまとめて人種でいいか。彼らはどうやら、植物の生えているこの土地まで食物を得るために来ているようだ。
荒野に植物が満ちて、種などでその植生を広げている。その徐々に広がった植物たちを遠くから見たのだろう。
いや、それよりもまずその前にこの樹を見ているはずだ。それを確認しに来たのもあるのだろう。
この樹がいつから生えているかわからないが、俺の意識が芽生えた当初からあると仮定するなら理由としては納得がいく。
それ以前から存在していたのにこの辺りに実を落とさず荒野な状況にしているのは変だからな。
肥沃にする能力からみても、この樹の体が土地から栄養を奪っているとは思いにくい点がある。
まあ、自分のことに関しての分析はともかく。
彼らはここに食物をとりに来ているが、もちろん他の動物もここに住み着いてきた。
特に鳥は移動範囲が広いのもある。よく植物の実を食べているのを見る。食べられて種を糞に含ませ植生を広げるのは植物の特徴の一つだ。
自分自身が植物となってその作用をみるのはなかなか感慨深いというか、面白いというか。
虫なんかもいるようだ。あまりに小さいとちょっと見えにくいが。
ここの土地は俺の能力によって肥沃になっている。生物が過ごすにはいい環境だ。
雨の代わりに実を落としてやらければならない現状は少々面倒だが。
一体この体は何なんだろうな。
ところで、あの半透明な人影、仮に精霊とする。
彼らはどうやら本当に透明というか、実体を持たない存在であるようだ。
基本的に飛んでいるせいでわかりづらいが、物体をすり抜けている。これは人種とぶつかった時の様子を見ているせいでわかった。
彼らは普通の生物とは違い、突如発生するようだ。いや、正確ではないな。
植物が増えていく過程で徐々に増えていった。単純に生物のように集まってきた、繁殖したとは違う。
特に自分が実を落としたところを中心に突如出現しているのを見た。恐らく、何かの自然物の霊、もしくは自然物の力の結晶か。
彼らが増えるのに生殖をする様子は見られない。と言っても、まだ発情期でないとか、あるていど生育しないとだめだとか理由はあるかもしれない。
だが発生の仕方から思えば、普通に生殖する生き物ではないだろう。
ちなみに死ぬこともあるようだ。時々はじけて消えているのを見る。
そういえば、俺の体に住み着いた彼女だが、時々外に出て上のほうに上ってくる。
他の精霊よりも早く発生したからか、それとも不思議パワーの多い俺の体に住んでいるせいか、結構体が大きくなっている。
穴が小さくなっているようで、時々引っかかっている。新しい住む場所を作ってやるか。
周辺の景色は緑一色。大分森に近づいた感じだ。今は林といったくらいだろうか。
あれから結構な月日がたち、今は大分環境が落ち着いている。
この周囲に動物や植物を得るために来ていた人種たちはかなりの数がこの森に定住するようになった。
たまに木を伐っている光景を見かけることがある。同じ植物だが、そういった光景を見て何も思うことはないというのはどうなのだろうか。
彼らはそれぞれの種族に分かれて過ごしている。どうやら一部の人種同士は仲が良いこともあるが、多くはそうではないらしい。
彼らが鉢合わせしたとき、互いに警戒しながら離れていく。酷い時は殺し合いになっているくらいだ。
でも俺にはそういった彼らの関係性はどうでもいい話だ。彼らの問題は彼らが解決するものだろう。
彼らは時々俺の体の近くまで来るが、俺の体に触れる距離までは来ない。
どうも近くまで来るので精一杯というか、来るのが大変なようだ。物理的にではなく、精神的にだ。
見ている限り、疲労するほどの距離でないのに近づくにつれ大量に汗を流すほどに疲労しているのが見られる。
本当にこの樹はいったい何なのだろうか。まあ、彼らに俺の体が破壊されないのはありがたいが。
ところで、精霊達だが結構な数になっている。
彼らは今では実を落としただけでは発生しなくなっている。代わりに、発生しても消滅する頻度が減っている。
そして、ある程度力を持っているらしい精霊が生まれているらしい。
時々彼らが水を発生させたり、土を掘ったりしている光景を見る。それらは今までの精霊には見られなかったものだ。
だが、その中でも火を発生させる精霊は見なかった。恐らくだが、この周囲は俺が実をばらまき、それにより環境を作ったからだ。
空気があればどこでも通る風はともかく、実をばらまいた環境で満ちるだろう力は水分で水、植物で土とみるべきだ。
それに俺が植物であるため、火を避ける、嫌うことも理由にあるのだと思う。
人種に対しての影響を見てもそうだが、この樹の体の影響は大きい。不思議パワーもある。
なので俺の体である樹の部分が火を忌避するため火の精霊が存在しないのだろう。
ところで俺の体に住み着いていた精霊だが、彼女は今や立派な女性となった。恐らく成人位の姿だろう。
そんな彼女は周辺に存在する精霊たちのまとめ役だ。持っている能力は風を操る能力だ。
どうやら周辺の精霊たちは彼女にまとめられ、自分たちの住む環境を作っているらしい。
といっても、彼らは実体を持つ存在ではない。本来そう言った環境は必要ないはずだ。
だが、人の姿をとっているためなのか、理由は不明だが人と同じような生活スタイルをとる。
彼らは水場を作ったり、樹の上に休める場所を作ったり、根元に穴を掘ったりなどで自分の過ごす場所を作っている。
思えば彼らは物質をすり抜けることができるのに地面の上を歩いていたりする。
どうやらある程度実体を持っているような行動はできるようだ。
もっとも、その能力以外での干渉はできないようで、あくまで実体を持っているような振る舞いができるという程度だ。
ただし、俺の体に住む少女は物理的な作用を持たせることができる。
どうやら実体を作れるらしい。それが彼女特有の能力なのか、精霊すべてがある程度成長すれば実体を持てるものなのか不明だ。
新しく俺の体に精霊が住むことになった。もともと俺の体に住ませていた精霊が連れてきた。
どうやら、連れてこられた精霊は彼女とは違う形での精霊のまとめ役のようだ。
彼女は風の精霊であるようなので、どうしても風の精霊は言うことを聞かせやすいが、他の精霊はあまり聞いてくれない。
その他の精霊をまとめる役、土の精霊のまとめ役と水の精霊のまとめ役のようだ。
少女と少年だ。別に住み着くのは構わないので、彼らの住居となる洞を作る。
目の前で作ってしまったので驚いて逃げようとしていたが、風の精霊に抑えられている。
別に害はないので問題はないのだが。突然なので驚かせてしまったようだ。
驚いたのはその時だけで、すぐにできた洞に入って住み着いたようだ。意外とタフだな。
しかし、彼女はほかの精霊を住まわせてどうしたいのだろうか。
まあ、彼女がここで大きく成長していることから、自分と同じように成長させるのだろう。
どうでもいいが、この体で話しているのを見ることはできるが音が聞こえない。おかげで言葉を覚えることが無理だ。
流石に読唇だけで言葉を理解しろというのは不可能だろう。




