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膨大な力の結晶、神を神としてその座につける程の力を内包する光の塊が神の肉体が失われたことにより現れる。それは通常現れることのないものだが、この状況下における特殊な条件により出現したものだ。己の体の内から出た力の塊、それを見なくても、そこに現れたことは神にはわかる。それに神は驚いた様子を見せた。
「なっ!? これは! どういう、ことだ!?」
肉体の消失による苦痛、頭しかない状況でどうやってしゃべっているのかの疑問があるかもしれないが、神なので珍しくもない。
「ブレイブ、回収お願いー」
「はいはい」
ブレイブが光の塊に手を延ばそうとしたところで神が叫ぶ。神には光の塊は命綱、己自身の力の中核であり、その存在を神として維持するには必要不可欠なものである。故に奪われるわけにはいかない。
「待てっ! それをとるなっ! 僕が死んだら、この世界は滅ぶぞっ!? それでもいいのかっ!?」
「……滅ぶ?」
「まー、神殺しが順当になされれば、そうなる可能性もあるね。この世界は特に」
この世界は世界としてはかなり特殊な形となっている。本来世界と神は別の者であり、例え管理する神であっても自身が滅べば世界が滅ぶ、世界が滅べば自身が滅ぶと言った繋がり、連続性は本来ありえない。しかし、この世界では世界は神の手により大きく縮小し、どこかしこにも神の手による世界への影響が存在し、楔という大きな世界に突き立て柱の存在がある。世界は大きく神の影響を受け神により維持されていた。そうなれば、世界を維持する神が存在し無くなれば世界は崩壊する危険がある。
そのことを神は言っており、つまりは自身を殺せば世界が滅ぶ、そうなればこの世界に住む住人達や今この場に存在し元の世界に戻ることのできないプレイヤーたち、その全てを人質として脅しているのである。
最も、その程度の脅してと止まるはずもない。そもそも神の跡目をブレイブが継ぐ予定である以上、世界の維持に関してもブレイブがその役目を引き継ぐのだから。
「ま、だいじょーぶ! ブレイブが神になれば問題ないよ。その前にちょっと世界の一部が崩れ落ちてくかもしれないけど」
「ええ……」
「これを生かしてても結局今までと同じ。犠牲が増えるだけ。さ、早く奪っちゃおう」
ちょっと世界が崩れるか、それとも世界がリセットされるか。どちらがいいのかなんてわかったものではないが、正しく世界の運行がなされていない状況から正当な世界として成立する状況になったほうがいいはずである。そういう意味では少し世界が崩壊してもブレイブが力の塊を奪った方がいい。そもそもこのままいけばいつかは世界ごと潰されかねないのだから。
ブレイブの手が光の塊に触れる。力の結晶物である其れは物理的な存在ではないが、そこに実在する者としてつかみ取られる。神にとっては心臓をわしづかみにされたようなものであり、醜く喚きたてる。
「やめろ! やめろ! やめおおおおおおおおおおぉぉ!!」
握り潰すように、光の塊をブレイブが収得する。それと同時に、神と呼ばれた存在は崩壊を始め上げていた喚き声も消えていき、解けるように宙に散っていった。それと同時にどこからか崩壊するような音が聞こえ始める。
「何か嫌な音が……」
「神様がいなくなったからね。のんびりしていると世界が滅ぶよ」
「えっ、ちょっと、どうするのこの後?」
流石に世界が滅ぶと言われ焦るブレイブ。しかし、言った本人であるパティは特に気にした様子もない。
「落ち着いてー。手続きはこっちで……ああ、本体がやってくれてるから」
「本体……?」
「そ。いやー、これで私もお役目ごめんかなー。あ、でもまだちょっとやることいろいろあるかも? そうだね、ブレイブたちに対する指導とかいろいろと……」
「……パティ?」
ぶつぶつと独り言をつぶやくパティ。流石に先から発言している内容など諸々から色々と押さえている不信が再燃しかねない状態である。
「あ。これで一応神様として、認められた感じかな」
「……っ!?」
ブレイブが自身の状態の変化に驚く。見た目状では変化はないが、少なくともブレイブ自身は自分自身の変化を実感できている。力の適合、神から奪った力はブレイブの物となっていたが、それを制御や操作することはできず、本当に持っているだけだったが、それと自分の持つ神の力と同種の力に統合され、それが自分の体……いや、正確には存在、器に満ちたことを感じている。それを感じられたのはブレイブ以外ではパティとフィルマくらいだ。他のプレイヤーたちは完全に置いてけぼりである。
「さ、世界の再構成をしよう。このまま、この世界でいるわけにもいかないし」
「……再構成か」
「ブレイブが……ううん、直斗が神様になるからね。直斗が、直斗の望む世界にするといいよ。神様って言っても、まだ研修段階というか……神様らしく、世界を見守るにはまだ早いから」
神様と認められたからと言って、本当の意味で神様になるにはまだブレイブの状況では早い。結城直斗としての記憶はあるが、本当の意味で生まれてからの時間は一年もないのである。神様として生まれていればその時間で神として活動するのも不可能ではないが、人間として生まれたブレイブにはまだまだ経験が足りていない。精神の成熟が必須というわけではないがちょっとくらい人間としての生を一度謳歌しておけということだ。
だから、ブレイブの望んだ世界を作る。彼が一度、生を謳歌するために。世界の私的利用にあたるが、神として正しく存在を成立させるのに必要な期間である。いまだにブレイブには神としての知識も足りていないがゆえに。
「……その前に、フィルマちゃんのことを決めないとね」
「私の事ですか?」
「うわっ……ちょっと驚いた」
ブレイブの背後からフィルマがひょっこりと顔を出す。何やら重要なことを話しているな、ということでブレイブの後ろで背後霊のごとく話し合いを邪魔することなく待機していたのだが、自分のことが話されているということで顔を出したのである。ブレイブもフィルマの存在に気づいていないわけではないが、それ以上にパティとの話に集中していたということと、突然耳の横で声が聞こえたための驚きである。
「フィルマちゃん、このままだとブレイブとの上下関係、主従の繋がりがあるから、一生……神様だから、永遠に囚われることになるよ。それをどうにかできるのは、神として世界を生まれ変わらせる前の今しかできない」
「あー、それは問題かな。今なら、なとかできるのか」
本当の意味で神と昇華する前であれば、フィルマは人間として、リュージ達のようにこの世界で生きることができる。もしこのまま神となってしまえば、永遠に神に囚われたままの存在となり果てる。従者、というと聞こえはいいかもしれないがどちらかと言えば神の奴隷と言った方がいい。それは永遠に神に自由を制限され、いいように使われるものとなるということだ。ある種地獄と言ってもいい。
最も、ブレイブやパティがフィルマに何か訪ねてくる前にフィルマが答える。
「ダメです。私はこのままで構いません」
「え……」
「ま、そう言うとは思ってたけど」
「えっと、フィルマ……美空、このままでいいの? ずっと、俺に従うままってことになるけど」
フィルマというスキルメーカーでの名称ではなく、本人の本名の方でブレイブはフィルマに訊ねる。本当の意味で、彼女自身に本心を聞きたいがゆえに。別にスキルメーカーでの名前が彼女の名前ではないというわけではないが、本人の意思としては元の世界で使われていた名前が本当の意味で自分の名前と言えるものである。
「構いません。むしろ、それは下手に放り捨てることもできないということじゃないですか? それならむしろ、私は全然かまわないと思ってます。ずっと、永遠に、直斗さんの側にいられるのだから」
「…………ああ、うん」
流石に狂気じみた愛情を向けられるとブレイブも怯む。別にその愛に応えないとは言わないし、フィルマに対し自身も好意を持ってはいるものの、それ自体に対する重さ、圧力みたいなものを感じるからだ。食べたことがありうまいと分かっていても、見た目がゲテモノであれば一瞬箸を延ばすのに躊躇するかの如く。
なお、パティのみがわかっていることだが、別に神になった後でもフィルマが必要無くなれば捨てることはできる。神の従者としての存在故に、人に堕ちるか、それとも化生になり果てるか、捨てられることで崩壊や消失するかに関しては不明だが、ブレイブ側で縁を切ることはできるのである。どちらもその考え方ができていない。まあ、ブレイブもそんなことをすることはない。
「直斗さんも、一人で、理解者がいないとつらいはずです」
「……だからってこと?」
「同情とかではないです。私が一緒にいたいから、です。でも、直斗さんも……誰もいないのは、つらいと思います」
人である。神と成っても、ブレイブはいまだに人である。神に昇華しても、精神は人である。神として生まれた最初から神である者とは違う。人であれば人恋しくなるものだ。その時誰も側にいなければ苦しいことになるだろう。神として、側に寄り添える存在がいたほうがいい。特に人から神になる者には。
「……まあ、フィ……美空がそこまで言うなら、いいかな」
「ひゅーひゅー」
「パティ?」
「ああ、怒らないでよっ!? もう、それじゃあ、世界の再構築するよー。ブレイブ、世界を思い描いて」
「ちょ、いきなり!?」
諸問題も解決したということでパティが世界の再構築の準備を始める。パティはブレイブの力として存在し、同時にブレイブの神として成立した現状でブレイブの指導役として存在している。その特殊な状況と立場ゆえに、現在のパティの権限はブレイブよりも上だ。ただし、ブレイブの望まないことは絶対にできないし、神としてのルールを逸脱するようなこともできない。ただし、世界の再構築は本来神として行わなければならないことであり、ゆえにパティがその権限で遂行できる。
ただ、ちょっと唐突過ぎるのが問題だ。また、解決していないことも多い。今この場にいる、プレイヤーたちの事とか。
「ブレイブ!」
「リュージ……」
いつの間にか、ブレイブとリュージの間には世界の垣根ができている。残った魔王城の床の上と、歪んだ神の住まう世界として成立する白い空間。その間には、すでに人では行き来できぬ壁がある。リュージ達はブレイブたちに近づくこともできず、声をかけること、話をすることくらいしかできない。そもそも、彼らはある意味蚊帳の外だ。
世界の再構築を行えば、彼らはどうなるのか。そもそも、再構築するのは本当にいいことかという疑問もブレイブの中には生まれる。それは神の行ったリセットと大差がない。ならば、どうすればいいか。
「全てを……救済する……」
「直斗さん……」
「うん、ブレイブならそう言うと思ったよ」
フィルマがブレイブの手を掴み心配そうに声をかけ、ブレイブの言葉にパティがにこりと微笑みかける。この世界の住人と、プレイヤーたちを、その存在を救済する。完全な意味で救うことは出来ないが、単なる世界のリセットとはしない。
そうして、世界が再構築された。




