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魔王の下半身が吹き飛ばされ、上半身が地に落ちる。流石に以前見せた体に開いた穴を治した時のように下半身を再構成するようなことは出来ない。あの時の修復の時点でかなり雑な修復でありもともとあれぐらいの修復が魔王の肉体修復能力の限度だ。
しかし、下半身を失ったものの、魔王の命の灯はまだ消えておらず、半身のみの状態でも生きていた。そこに止めを刺そうとリュージが近づいていく。そんなリュージの姿を見て魔王が話しかける。
「歩みを止めよ。これ以上の闘いは必要ない。我が命はすぐに失われることになるだろう。だが、その前に異界の者たちよ心して聞け」
「っ!?」
異界の者。それはすなわち、魔王と相対しているリュージ達が異世界からの召喚者であることを理解しているということである。異世界召喚に関しての情報はアルディスでいくらか公表されているものの、各国でも殆ど情報はなく、そもそも魔王側へと情報が伝わる可能性はない。魔族が人間社会に潜んでいる可能性はあり得ないとは言えないが、フィルマの気配探知で魔族が存在していれば少なくともアルディス、クルゼヘリム、ブルマーグに存在している魔族に関しては感知できていたはずだ。フィルマでも探知できないかフィルマが理由あっていっていないみたいな可能性もあるかもしれないが、そういった可能性のことまで言い出せばきりがない。少なくとも人間社会に潜んでいる魔族はいない前提である。
しかし、そうであるならば何故魔王はリュージ達が異世界召喚者であることを知っているのか。
「なんで俺たちが異世界召喚者であることを……」
「知らぬはずもない。それが我が役目であるがゆえに」
「役目だと?」
「我はお前たちに対する障害。最悪の輩が用意した、詰まらぬ終わりなき繰り返す物語の終着点。数多ある、勇者が魔王を倒し、幸福の中この世界より帰還する物語。実に詰まらぬ筋書きだと思わぬか?」
よくあるお話である。王道を行く物語だが、面白さとして重要なのは結末の内容ではなくそこに至る過程なども判断内容である。
「……まるで、自分が倒されるのが決定事項みたいな内容だな」
「どちらでも構わぬ、それが神の決定事項だ」
「神? 神様とやらがどうしたっていうのよ」
「……ふむ、お前たちはもしかしたら知らぬのか。ならば誰がこの世界に繋がれた楔を打ち壊したのやら」
「楔?」
くくくと魔王が笑い始める。それは喜びである、嘲りであり、そしてこの状況の面白さに対するものである。
「ははははははは! この世界に打ち込まれた御柱の楔、神に仕える愚かな従者たちと世界を貫く三つの社! 聖数の三角描きし封印白き大いなる世界に繋がる道を封ず! 神に至り届きしもの、三柱の楔打ち倒して世界の垣根超えん!」
「……いきなり何を」
「我が命消えし時、お前たち異界の者たちに神へと至る道開かれん。ようやく我が役目も終わり、終わらぬ連環から解き放たれる……さらばだ、異界の人間たちよ」
半身を失って生きていられる生物はそうそう存在しない。本来であれば魔王も半身を失えば死ぬが、無理やり魔力を用いてその命を延ばしていた。命の刻限を延ばす魔力の供給を断てばその命は速やかに失われる。もはや語ることもないと、魔王は魔力を断ち自ら死へと向かう。
魔王の命は失われたが、その表情は安らかだ。最後に言った終わらぬ連環から解き放たれる、今までずっと魔王は束縛されており、ようやく自由になったと考えられる内容の言葉に聞こえる。その魔王の言葉と死んだ後の表情からリュージ達は素直に魔王を倒し喜ぶことができなかった。魔王が死の前に語った諸々の言葉もある。それらは少なくともリュージ達が把握しているもの事ではない。
彼らの中でその内容に合致する、その内容にかかわっている可能性がある異世界召喚者、仲間のプレイヤーには一人だけ心当たりがある。アルディスで一人勝手に仲間の輪から出て行ったブレイブ。未だフィルマと共に魔王城には訪れていない、自由行動を行っていたプレイヤーである。
「まだフィルマとブレイブは……」
「っ!? なんだ!?」
「揺れ、揺れてる!?」
リュージがフィルマとブレイブはまだ来ていないのか、と言いかけたところで魔王城が揺れ始める。いや、城が鳴動しているというわけではない。彼らのいる玉座の間、そこだけが鳴動しているのだ。魔王城の他の部屋にはその揺れは伝わっておらず、その部屋のみ揺れている異常事態。
もしや魔王を倒したのだから城が崩壊するのでは、という考えも浮かびすぐに脱出しようかと言いだそうかと思ったプレイヤーたちだがその前にパリンと何かが割れるような音ともに壁に罅が入り剥がれ落ちる。
「壁がなんかひどいことになってる!」
「割れてるのか……?」
入った罅割れとともに壁が剥がれる。それは物理的というよりはまるでシールを剥がすような剥がれ方というべきか、崩壊ではなく本当に剥がれると表現するのが正しい状況だ。四方の壁が剥がれ、天井も取り払われ、残っているのは床だけだ。そして剥がれた壁の向こうには白い空間が存在し、地平線も見えないくらい広い白い空間の身が存在している。城の外に繋がっていることはなく、外に繋がっているのはリュージ達が玉座の魔訪れた階段が残っているのみである。
「一体何が……?」
「誰かいます!」
壁が剥がれるときに一緒に消えた玉座周辺、その玉座のあった場所の奥の方に人影が存在する。空間と同じ白い色をした髪の毛に、宝石のルビーのような赤を宿した瞳、見た目だけで言えば中肉中背のありふれた体型で顔も特筆して美形とはいえない。しかし、そういった特徴でありながら、普遍的印象を受けない。それはその人物の持つ存在感、威圧感。明らかに人間にしか見えない見かけでありながら人間ではありえないような雰囲気を持ち、その気配だけで圧倒されかねない。
「………………」
皆言葉を発することは出来ない。何を言えばいいのか、そもそも話しかけることすら躊躇しかねないくらいの気迫、圧力。そのせいで言葉をかけることも、近づくこともできない雰囲気だ。
そんな空気の中、ぱちぱちぱちと音が聞こえる。音が聞こえたことよりも、その音の発信源が目の前の異様な男性あること、男性が拍手をしていることに音がしてからようやく気付く。それは見えていたはずだが、気迫に呑まれ気付いていなかった。それだけのはずだ。
「ようこそ、神の世界へ」
「……神の世界?」
「そうだ。ここは神の世界。この僕が住まう、神の住処。まあ、魔王城の玉座に繋がって一部分が余計なもので上書きされてしまってはいるけどね」
オーバーアクションでため息をつく。余計なことを、と思っているような反応だ。
「しかし、まさか楔として配置した玩具共を倒してこの場所に繋げてくるとはね。よくやった、と褒めてあげよう」
そう言って男性……神はもう一度拍手する。しかし、それはそのまま言葉通りの称賛とは思えない。まるであざ笑うかのような発言に聞こえる。
「本当に、魔王を倒して満足していればよかったのに。そうすれば元の世界に帰れるという幸福に包まれたまま、終われたはずだったのにねえ」
「なにい?」
「どういうことだ……?」
神が口端を上げる。それは明らかな嘲笑だった。
「お前たちは本物ではない。この世界の呼ばれた偽物の存在にすぎない」
「偽物?」
「ははははは! そうだな。今、本来のお前たちの姿を見せてやろう」
そう言って神は手を虚空へと向ける。空間に歪みが生まれ、そこに映写機で映し出したかのような映像が生まれる。それは、世界、この世界ではない別の世界、プレイヤーたちがこの世界の呼ばれる前の世界の姿だった。そして、そこで行動する彼らの姿が映し出されていた。いつもと同じ、日常の光景。しかし、それは彼らの経験してきたものではなく、それよりも未来の光景である。
「な……!?」
「おい、これどういうことだよ……」
「単なる映像……よね?」
「……日付が」
映像の中に映し出されているテレビの日付、それは彼らがこの世界の呼ばれてからの時間に等しいだけの時間が過ぎた時間で表示されていた。それはつまりこの世界に呼ばれた間も彼らの元いた世界での時間は進み、その間彼ららしい存在が彼らと同じ日常を送っていたということになるだろう。
「そう、お前たちはこの世界に呼ばれた偽物。魔王を倒し、送り返されれば、本来の存在がいるがゆえにそのまま消滅する。そんな下らない紛い物だ。はははははは! 実に愉快な話だろう! お前たちが希望と信じ、この世界のために働き、魔王を倒しようやく元の世界に戻ることができる、そんな未来は存在しない! 希望なんて初めからなかったのさあ!!」
実に楽しそうに神はプレイヤーたちに語り掛ける。神はプレイヤーたちが行う無駄で愚かで下らない茶番劇、それを楽しんでいた。今回は少し趣が違ったが、それはそれで面白いとも思っているようだ。しかし、それを気化されたプレイヤーたちにとっては絶望に近い心情だろう。自分たちがしてきたことは結局意味はなかったのだから。いや、この世界にとっては意味はあった。魔王という脅威を排除し、人間の未来を救ったのだから。
しかし、神はそのわずかに残った希望も砕く。
「さらに言えば、この世界も魔王が倒され平和になる。それはつまらないな。だから、いつも通り世界をリセットする。どうだ、自分たちがしてきたことが究極に無駄であることを知った気分は?」
この世界は目の前の神の娯楽の場。神が面白く過ごすために作られたルールの元で世界が運営され、異世界から紛い物の勇者を呼び出しそれが魔王を倒し無為に消える、そして世界はやり直されまた魔王が生まれ、そして異世界から……という神による神のための楽しみのために運営されている世界。そう、神はプレイヤーたちにさも可笑しそうに告げたのであった。




