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基本的に力を使う感覚というのは意外と感じるのは難しい。それはスキルに頼りきりであるという点もあるが、その制御がシステムに由来しているせいでもあるだろう。イメージの産物であるスキルであっても、結局そのスキルを作ったのはスキルメーカーだ。そして、ブレイブ含め異世界に来たプレイヤーたちはそのスキル以上のことをほとんどできていない。
しかし例外はいくらかある。フィルマの気配探知やその剣技はスキルによるものではない。剣の強さは剣術スキルによるものだが、その剣技はパティの言っていた神儀一刀一歩手前の妙技であり、それらはスキルによらないものである。また、これは実感の薄いものであるがリュージがフィルマの行動を勘でわかったというのも例外的事象の一つである。これは別にフィルマに限ったことではなく、もとからリュージはなんとなくこうしたほうがいい、みたいなのが分かる性質がある。
そういった例外はシステム的なスキルとは全く違う特殊なものだ。そして、それらはある種自分たちのプレイヤーという立場の垣根を超えた力だ。神と呼ばれる存在に挑むのであれば、強力であってもシステムによって作られたスキルだけに頼るのではなく、そういった自分の持つ本当の力を扱えなければいけないのではないか。ブレイブはそう考えた。
それゆえに、スキル以外での力の認知が必要だった。しかし、自分の中に流れる力の認知とは簡単ではないだろう。普通であれば。
膨大な力、強力な力。仮に目で見ることを考えれば、視界の端に小さいものがあっても見えない、ある程度大きくても気付かないときは気付かないだろう。しかしそれが天を突くほどの巨大な物であれば、そうそう見逃すだろうか。つまり、力を認知する上で鈍い人間であっても感知できるような、超大なエネルギーであれば、そしてそれらを引き出し制御するのを自覚した上で感知する。単純で簡単な力の認知手段、それによりブレイブは自分の力の流れを把握した。
ブレイブは神に挑む資格のあるものとしての力がある。力の流れを認知し、自分の中にある力を認識し、その神となるべく資格の力を見つける。そして、それに触れ掌握する。ただ、力に使われるままではなく、その力を引き出し扱う。そうでなければ神の後釜に就くなど単なる笑い話にしかならないだろう。
ブレイブが扱えるようになった力の使い方で魔力を放射する。ブレイブの持つ、高いMPによって放射できる魔力は膨大であり、それにより決闘スキルによる結界の中をブレイブの魔力で満たした。
「おおっ!?」
「これは……先輩の?」
パティの魔力探知であればブレイブのしたことを理解できる。今までなしえなかったそれをパティは探知し、驚く。しかし、同時にフィルマもブレイブの魔力放射を認識していた。フィルマはブレイブのことであれば、何でも分かる。それは例えでもなんでもなく、この空間に満ちた魔力がブレイブの者であることも本来魔力感知能力なんてものがないはずなのに理解している。流石ヤンデレというべきか。
「っ!?」
「無詠唱!?」
満ちたブレイブの魔力を消費しファイアーボールが生み出される。ブレイブのいつも使用している弾幕よりも密度は低いが、魔力が満たされている場所であればどこでも生み出すことができる。しかも詠唱無しで。本来ならば視界範囲でなければ難しいが、今ブレイブはパティと感覚の共有をしており、魔力探知ができる。そうであるならば、どこの魔力を使用できるのか魔力探知による魔力の把握で可能となる。
プレイヤーの近くに魔法を発生できない。これはスキルがスキルメーカーで作られたゆえのシステム制限に近い。異世界でもある種の制限が残っている。スキルでない無詠唱のファイアーボールはその基本ルールから外れる。
「ふっ!」
フィルマが気合で自分のすぐそばに作られたファイアーボールを吹き飛ばす。気合で吹き飛ばすというのも地味にチートだが、それと同時に刀を振るい空間に満ちた魔力を切り裂く。切り裂かれた魔力はそのままある程度払われてしまうが、放出した魔力は常に満ちており、単に切り裂き払ったところで意味はない。
「流石に……これは……」
魔力が払えない、消すことができない。それはつまり、自分の間近での魔法の発生を防げないということだ。最も、魔力自体の密度、量自体は強力な魔法を生み出すには値しない。一撃でフィルマを殺害できるほどの魔法を使うことは難しいだろう。たとえ自分の体の周囲をファイアーボールで満たされても、フィルマはある程度持つ程度にHPはある。
しかし、それは攻撃手段で倒しきれないというだけだ。
「っ!? ブロックの魔法!」
「あー、そっか……動けなくすればいいんだね」
今までブロックの魔法は各所に壁のように配置する程度だ。しかし、ブレイブが魔法を相手のすぐそばで出せるのであれば、そしてそれに制限がないのであれば。体全部の周りでブロックの魔法による固定を行えば、完全に動きを封じられる。
フィルマの筋力は低くはないが、ブロックの魔法は単純な筋力で破壊できるほど甘くはない。剣のような、傷を負わせる攻撃手段でなければ余程の強力でなければ破壊は難しい。フィルマの力は決して低くはないが馬鹿力と言えるほどのものではなく、単純な筋力でのブロックの魔法に対する対処は不可能だ。つまり、詰みである。
「神雷の槍よ」
動くことのできないフィルマにブレイブは雷の槍を生み出し投げつけた。雷の槍がフィルマに直撃し、その肉体を完膚なきまで消し炭に変え吹き飛ばした。
「いくら死なないからと言っても……もう少し手心を加えてください先輩」
肉体が完全に吹き飛ばされた状況からフィルマが復活していた。決闘スキルによって張られた結界はブレイブの勝利により消滅し、それと同時にフィルマが光とともに元の肉体で現れた。
「いや、ほら、どっちが上かってのははっきりしておかないと」
「まあ、容赦なかったねー」
消し炭に変えられる感覚とはいかがなものだろう。最も、本当に一瞬だったため、痛みを感じたかは怪しい。そもそもフィルマはブレイブに与えられる傷みであれば望んで受け入れることができるので大したことではなさそうだ。
「しかし……これで、私は晴れて先輩のものです。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「人間って別においしくないんだけど」
「いや、それ言葉の表現であって本当に煮たり焼いたりするわけじゃないから」
そもそも人間を食べたことがあるのかと聞きたいところである不安になるパティの発言だ。
「別に先輩に食べられるのであれば構いませんよ?」
「物理的な意味で?」
「どちらでも」
「食べないから!? 食べないからな!?」
「性的な意味では?」
「食べないんですか?」
「そういう話は後で!」
妙に息の合う二人である。フィルマがパティを敵視していた理由は、パティの立場がフィルマよりブレイブに近い立ち位置であり、ブレイブに近い存在だったからだ。ある意味、今のフィルマとパティは同じような立ち位置であり、いがみ合う理由は少ない。そもそも、フィルマの一方的な敵意だったのだが。
「はあ……まあ、とりあえずフィルマの立場に関しては後に回すとして。今はとりあえず魔王城を目指そうか」
「そうですね……先輩、兄さんから念話です」
「リュージから?」
そうフィルマがいい、フィルマはリュージと念話を始めた。どうやらリュージ達は魔王場前に到着し、オルハイムたちがニアーズレイを攻略した後魔王場前で合流したそうだ。それが終わったので、フィルマの現状を尋ねたということであるらしい。フィルマはリュージにブレイブと合流したことを報告し、これから魔王城に向かうことを告げた。
しかし、現状戦闘継続、戦争継続状態に近い状況であり、魔王討伐は急ぐべきということからリュージ達はすぐに魔王城に乗りこむつもりらしい。フィルマ達を待たないのか、とも思うが、フィルマとブレイブが合流したのであればすぐに魔王城へと向かい来るだろうということから先に魔王と戦うということであるようだ。それをリュージはフィルマに一方的に告げ、連絡を絶った。
「急がないとだめかな」
「ん、魔王を倒した後は神と戦うことになるからね。楔を三柱倒したんだし」
「先輩、急ぎましょう」
魔王そのものは前座、プレイヤーたちの力があれば倒すのは難しくない。ブレイブやフィルマがいなくても結構な余裕をもって倒せるだろう。問題はそのあとに控える神との闘いだ。神は魔王を倒した後、三柱の楔を倒していれば自動的に挑むことになる可能性が高い。その時リュージ達だけでは下手をすれば死亡者を出す危険性がある。
「飛行魔法を使う。パティ、フィルマ、手を」
ブレイブがフィルマとパティに手を差し出す。フィルマは差し出された手をぎゅと掴み、パティはその小さな体で抱き込む。それと同時に、ふわりと三人の体が浮かぶ。一人一人に魔法を使うと手間であるため、ブレイブとブレイブが触れている、掴んでいる者を対象に一気に飛行させるタイプの魔法だ。無詠唱、今まで使っていたスキルの者とは違う。
「よし、急ぐぞ!」
飛行魔法を用いて、ブレイブたちは一気に魔王城に向けて飛び出していった。




