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「えっと、つまり……どういうこと?」
「えーっと、ようはこの決闘の勝者が敗者を自分のものにできる……負けた人が相手のものになる、ってことかな」
「……ええ?」
ブレイブは疑問の声を上げる。それは意味が分からない、ということではなく、どうしてそういうことをしたのかという行動に対してのものだ。
「……でも、なんでそんなことを?」
「さあ。私に聞かれても。で、なんでなのフィルマちゃん?」
「……先輩、鈍いです」
「あー……うん、そうだよね」
フィルマの一言でパティは内容を理解したようだ。しかし、ブレイブはイマイチ理解できていないようだ。
「もう、はっきり言わせてもらいます。私は先輩が欲しいんです」
「…………?」
「あー、鈍いなあこいつ! もう、フィルマちゃんもフィルマちゃんで、感情をはっきり言えばいいでしょー! フィルマちゃんはブレイブが好きだから全部ほしいってことだよ!」
「えっ!?」
「……勝手に代弁しないでほしいんですが?」
酷い告白の伝えられ方である。最も、この場合は鈍めなブレイブと、微妙に迂遠なフィルマの方に責任があると言えるのだが。
「え、でも、え?」
「……勝手に代弁されたので、感情に素直に言わせてもらいます。私は先輩のことがずっと好きです。最初に兄さんに連れられて会ったときから。いえ、あの時は好意であっても恋愛感情とは違ったかもしれません。ただ、その時先輩のことが気になったのは事実です。それからずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、先輩のことを見てきました。兄さんと一緒に先輩のしているゲームに付き合ったり、学校でも委員会やクラブをできるだけかかわりの持てるように、帰り道などもできるだけ帰宅ルートが一緒になるように」
もはやストーカーに近いものと思われるほどしつこい行動である。ブレイブもそれを聞いて一瞬引きかける。ただ、ブレイブは今までそれらの行動に関して気づいたことはなく、フィルマはブレイブの迷惑にならないよう、細心の注意を払って動いてきていた。もともとリュージを通じてフィルマとは仲が良く、一緒にいられるようにと委員会でも組になることがおおく、お互いに知らないことの方が少ないくらいの……友人関係、である。最もフィルマは片思いのようだが。
「それが、普通の、ゲームや現実あれば、そのままでよかったんです。私は先輩が好きで、先輩と一緒になりたい。だからそのために努力をする。それだけです。ですが……この世界にきてしまった私たちは違う」
「……?」
「まさか……」
「この世界は現実です。しかし、私達は現実のものではない。虚構の存在。いえ、スキルメーカーで作られた器、ですか」
「っ!?」
「……フィルマちゃん」
フィルマの言葉、それはこの世界におけるプレイヤーたちの真実である。しかし、その真実を知っているのはパティのみであり、それを伝えられたのはブレイブのみであるはずだ。しかし、実際にはその内容をフィルマは知っていた。
「今まで怪しいなーとは思ってたし、いっつも感覚的に感じてたからなんとなく可能性はあるんじゃないかなーって思ってたけど……」
「えっと……何が?」
「ずーっと見られてたみたいだね。監視スキルか、盗聴スキルか……何か知らないけど、いつも使ってたでしょ?」
「一つ二つではないです。先輩の現在地、会話内容、行動状況の観察、プレイ状態から色々と」
どうやらフィルマはスキルメーカーでもストーカーだったようである。スキルメーカーでブレイブのしてきたことは全て知っているし、またそれはこの世界でも同様である。
「最北の迷宮のボスは倒しました。これで先輩がすることは終わり……ですよね?」
「あー、それで北側からかー」
「え、攻略早くない?」
むしろ疑問に思う所はそこではない。
「残念ながら、三柱の楔を撃破するだけで終わりじゃないの。ブレイブにはその後の仕事がある。神を殺し、この世界の神になる」
「……そうした場合、私達はどうなりますか?」
「どうなるかはわからないけど……」
「その時、先輩はどうなりますか? 神になって、その時に」
フィルマはパティを睨む。フィルマの行動はブレイブのためにあると言ってもいい。フィルマ自身のブレイブが欲しいという望みがあっての決闘でもあるが、ただそれだけの理由ではない。
「……だから、こうして繋がりを作る気なんだ? どちらにせよ、自分自身はブレイブと一緒になれる。主体が違うだけで」
「先輩が主体であれば、私を要らないというのなら容易に捨てられる関係ですけどね。私が主体であれば先輩を捨てるなんてことはありませんけど」
フィルマはブレイブを捨てることはない。しかし、ブレイブはフィルマを捨てる可能性はある。フィルマの恋情はあくまで片思いであり、ブレイブからのフィルマへの感情は明確になっていない状況だ。
「……でも、それはそれで問題だけど。ブレイブが神になったあと、主体がフィルマちゃんにあれば、神の上位に君臨する存在ができちゃう」
「その場合、先輩から私に神の役割を押し付けることは出来ませんか? 先輩のみが神となり孤独に苦労する必要はありません。先輩さえいれば、私がどれだけの苦難と苦行にまみれようとも私はかまいませんよ?」
「そんなこと……いや、できるかも? 仮に決闘スキルにより、上位者下位者、所有の束縛と連環が明確化していれば、そのつながりを利用してブレイブの神格を完全に神として成立する前にフィルマちゃんが奪う、この場合は下位の者が上位の者に差し出す形で得ることが不可能ではないはず……つまり、フィルマちゃんが神になる未来もあり得る?」
最も、それが成立するにはこの決闘においてフィルマが勝利し、そのうえで神を殺しブレイブが神の座を奪える状況下になる必要性がある。結局のところ、やることはあまり変わっていない。最北の迷宮がすでにクリアされていることくらいの影響だが、結局決闘を挟むのであれば大して変わりはないのではないか。
「だ、そうです先輩。先輩はこれ以上頑張らなくても構いません……私が、すべて引き受けます」
「え…………」
フィルマがブレイブに話を振るが、微妙な反応が返ってくる。ブレイブ自身が微妙に話についていけていない。いや、話自体はついていけているのだが、それを連鎖して理解するまでに時間がかかっている状況だ。
「でもさ、フィルマちゃん。不意打ちすればよかったんじゃないの? 決闘スキルを使ったあと。わざわざ戦いの前に話をしなくても、ブレイブを倒してから話をしてもよかったんじゃ?」
「それはフェアじゃありません。だいたい、私が先輩に騙し討ちをするとでも? やるならば、正面から正々堂々不意打ちを仕掛けるくらいです」
「それって不意打ちっていうのかなぁ……」
フィルマはブレイブに対して誠実に、真っ直ぐ相対する。やり方は迂遠でも、本当に本人に相対するべきことは本人に真っ直ぐぶつかる。このあたりは兄と似ているといったところだろうか。
「……ひとまず、色々と理解したけどさ。結局、ここで決闘をしてその結果次第ってことになるんじゃないかな」
「まあ、そうだけどさぁ……もうちょっと何かないの? 告白されてるのに」
「……告白じゃないです。告白に代弁したのはあなたでしょう」
「俺は、フィルマの……美空のことは、好きだ」
「っ!?」
突然のブレイブの発言に動揺を見せるフィルマ。好意を持っている相手に好きだと言われて動揺しないはずもない。
「ただ、それが恋愛感情かっていうとちょっとわかんないけどね」
「ちょっとー!? もうちょっとはっきりしなよー!」
「いや、そう言われても……」
パティはブレイブにつっかっかる。他人の恋愛事情であるため手出しできるようなことでもないが、確かにどうにも踏み込みが足りない感じではあるだろう。しかし、ブレイブの心境としては、単純に感情をみれる状況でもないし、ブレイブがフィルマにいだいている感情がどういう者なのか、明確に判別することが難しい。今の状況が状況だ。落ち着いてはいる者の、その実精神的な中身は半ば混乱状態である。
「その答えは、全部終わってから、だ。はっきり言って今の状況はいろいろあってあれこれ考える余裕がない。だから……答えは、この戦いが終わった後で」
「はい。わかりました……どのみち、この決闘で私が勝てば、先輩の答えがどうであっても、構いませんし」
先にブレイブが言った通り、この決闘の結果次第ということになる。
「はあ……ま、いっか。ブレイブはいつもどおりブレイブらしく決めればいいよ」
「そうですね、先輩は先輩です」
「そういう所は意見会うのね、二人とも」
普段はどうにもいがみ合っているというか、敵対しているというか、そんな感じだが妙なところで波長の合う二人である。
「それじゃ……決闘するってことでいい?」
「はい。そうですね、先輩もちゃんと準備してください」
「準備って……」
「騙し討ちはしません。正々堂々と。ただ……不意打ちはさせてもらいます」
とっ、と地を蹴る軽い音共に、フィルマの姿が消えた。少なくとも、フィルマを見ていたブレイブにはそう見えた。
「バリアッ!」
フィルマが消えた直後にパティが叫ぶ。パティにより、ブレイブの横側にシールドタイプのバリアが展開され、それがフィルマの攻撃を防ぐ。
「速っ!?」
「ブレイブ、驚いてる場合じゃないよ!?」
「わかってる! 感覚共有を!」
「りょーかい!」
先ほどフィルマの動きをブレイブは目で追うことができなかった。パティがフィルマの動きを感知できたのはフィルマの魔力探知の力のおかげである。動体視力よりも正確で精密、高速の認識のできる探知能力はフィルマの魔力の動きを感知した。それにより、パティはギリギリで防壁の展開ができたのである。もしこれがパティの存在する側でなければ一撃で勝負は決していただろう。
不意打ちである。しかし、騙し討ちではない。パティの側から攻撃したのは、パティであれば防げるという期待と半ばの確信があったから。一度は自分の手の内を見せるから対処してみろ、という意味合いだ。故に不意打ちであり、騙し討ちでない。
ブレイブの反応、対処の選択も早い。自分の目では確認できないことを理解し、一瞬で即座に反応してのけたパティの探知能力を頼ることを選択した。これにより、ブレイブ側とパティ側の二方向に対処が可能である。両者背中合わせになれば両方面の対処が可能ではあるが、流石にそれをするには個々の能力の問題ができる。
「バリア!」
ブレイブのバリアにフィルマの攻撃がぶつかる。ブレイブのバリアはパティのバリアよりも堅いものの、それでもパティのバリアと同じ結果だ。フィルマの速度も高いが、攻撃力の高さもピカ一、剣術スキルレベル九は伊達ではない。
「ファイアーボール! ファイアーランス! ソードレイ!」
「エレクトリックボール! ウィンドボール! ウォーターランス!」
ブレイブの飽和弾幕、それもフィルマを囲い込むように空中に円状に発生された複数の魔法スキル。さらにそこに程度が落ちるが、パティのいくらかの攻撃を含ませた無数の流星系弾幕。その無数の攻撃がフィルマに向け振り下ろされた。