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パティの勇気ある果敢な特攻もあり、坑道内部の状況、およびルートは把握できたようである。パティの努力により、坑道内部を向こう側まで踏破、道中で坑道が崩れていたりなどはしていないようだ。まあ、坑道はそもそも魔族側が利用するつもりだったのだからそうそう破壊して通れなくするようなこともないだろう。内部で魔物が勝手な行動をとった場合は話が違ってくるかもしれないが。坑道内部の魔物が魔族の影響を受けているかどうかで話は全く違ってくるだろう。
そんなふうに事前の調査、探索を混じえつつブレイブはノーヴェスで待機しつつ、進攻に関しての連絡を待っていた。数日後、オルハイムから連絡があり、進攻の日付が指示された。
北エリア進攻の前夜、ブルマーグからチュメレーンを向かう道の途中にある横道を進んだ先の絶壁、その絶壁に存在するスキルメーカーではテイルロマジアへと通じる隠し道の手前、その場所でリュージ達とブルマーグの兵士が休んでいた。北エリアへと進行するにしても、隠し道を通らなければいけない以上時間はかかる。内部に魔物が存在しないため、アルディスやノーヴェスから北エリアへと向かうよりははるかに楽だが。
そうして皆が就寝し休んでいる中、一人動く影があった。
「さて……行きますか」
フィルマである。フィルマは今回の進攻にあたり、少々やることがあるため他のプレイヤーと一緒に行動せず、先に北エリアへと向かうつもりである。進攻前夜のギリギリの時間帯まで待機していたのは、勝手に出ていけば迷惑になるし、ブレイブと同じように勝手にでていったと、ブレイブに対する風当たりが強く案る可能性もあると考慮したからなど。いや、もっと重要なのは、自分の行動をなるべく外部に漏らさない、隠すためである。
フィルマは色々と隠し事が多い。それは他者に言いづらい内容で問題も多い事柄だからである。ブレイブとパティのそれとは微妙に違うのだが、やはりばれない方がいいことである。この隠し事はリュージ達に隠しているものでもあり、ブレイブにも隠していることでもあり。
まあ、そういったフィルマの隠し事に関してはどうでもいいだろう。今、フィルマは隠し道を通り北エリアへと侵入しようとしている。
「どこに行くつもりだ?」
「……兄さん」
そうして勝手な行動をしようとしているフィルマをリュージが止める。フィルマも気配の察知能力がある以上、リュージが待っていることには気づいていた。何故リュージがここにいるかはわからなかったが、フィルマにとってはリュージは微妙に相手しづらいタイプだ。兄だからとかそういう理由ではなく、何故か兄に自分の行動を読まれる節があるという点があるからだ。戦闘に関してもそうであるし、今回の行動に関してもそうだ。やりづらい相手である。
「……北へ行くつもりです」
「俺たちと行けばいいだろ? 一人で行動する必要があるのか?」
「そうです」
視線がぶつかり合う。いつもと変わらないように見える二人だが、相手を見るその目は中々に攻撃的だ。
「……ま、実のところ止める気はないんだけどな」
「…………ならなんで引き留めたんです?」
軽い調子で言うリュージに対し、フィルマは何を考えているんだかわからない、と頭が痛くなるのを手で押さえて尋ねる。そもそもフィルマが北エリアに向かおうとしているのがわかっているのであれば、別にリュージだけがフィルマと相対する必要はない。妹であるツキ、アルフレッドなどがいるのだからそちらを起こすなりして一緒に止めればいい。そうしないのは、もとからフィルマが北エリアに行くことを阻止するつもりではないからである。
「そりゃあ、妹が危険なところに行くってなったら当然行くのを止めるに決まってるだろ」
「……一般論ではそうですけど。兄さんがそんな理由で止めるとは思えませんが?」
「え……俺そんなふうに見られてたの?」
フィルマの辛辣な言葉にショックを受けるリュージ。最も、リュージが単に危険なところに行くというだけでフィルマを止めることは確かにないだろう。そもそも、フィルマの実力であれば北エリアで過ごすくらいは普通にできる。それだけの気配探知能力と戦闘能力を所有しているのは間違いない。問題は野営くらいだろう。それもある程度はなんとか自力でどうにかできるようではあるが。
「いつまでもここで反していても時間の無駄です。言うつもりがないのなら、もう行きますよ」
「ああ……そうだな。ま、ブレイブには宜しく言っておいてくれ」
「………………」
リュージの言葉にフィルマは驚く。その言葉はこれからのフィルマの行動を見抜いているようにしか見えなかった。
「先輩に会いに行くつもりだとわかってたんですか?」
「フィルマがわざわざ何かするのって大体はあいつのためだろ。ま、今回もやっぱり、ってところだな」
リュージはブレイブともフィルマとも付き合いは長い。フィルマに関しては妹なのだから当然だろう。だから、その行動内容、行動理念に関してはよく理解している。最も、坑道の先読みに関しては自分の勘によるものであるようだが。なんとなくで相手の行動を先読みできるのは酷い話だ。
「ブレイブと合流して、魔王退治に?」
「そうです。その前に色々とすることもありますが」
「頑張れよ」
「はい」
別れは簡潔に終わり、フィルマはリュージの横を抜け隠し道に入る。そして、フィルマは隠し道を駆けだした。その速度は今まで見せてきていたスピードよりもはるかに速く、月が地に沈む前に隠し道を抜けきるだろう。
「……本気出すとあんなに速いのか」
そのフィルマの全力の速度にリュージが驚いている。スキルメーカーにおいてある程度実力を隠しているのは知っていたが、その一端の高速があまりに速かったためだ。
「……あんまり無理しないといいけど。さて、俺も寝るか」
翌日、北エリア進攻の日。フィルマがいないということで少々騒ぎになったが、それに関してはリュージが昨晩先に北エリアに向かうのを見たと言って説明が行われる。何故止めなかったのか、と責められたものの、いまさら作戦の決行を取りやめることもできない。フィルマの行動に関しての問題に関してはおいておき、とりあえず予定通りに行動することになった。
リュージ達の進む隠し道は敵がいないため、楽に進むことができる。三方面で一番厳しいのはブレイブのみで進行するノーヴェス東の坑道だろう。もっとも、そちらは集落の魔族に気づかれることはないだろうが。隠し道、坑道は敵に動きが気づかれない、となると一番相手に行動が露見し相手からの攻撃が行われる可能性が高いのはアルディスから攻める騎士たちだ。本格的に戦争という形になるのはアルディスの側だろう。
その状態になれば、ニアーズレイの場所にある魔族の集落から他の二か所の集落に連絡が行き、増援を送られる。その前にブレイブとリュージ達が集落を叩くのが今回の三方面の同時攻撃の理由だ。つまり、もともと大規模戦闘を行うつもりのアルディスに関しての動きよりも、増援の差し止めを目的とするリュージたちとブレイブの集落への攻撃が一番重要だ。最も、ブレイブに関しては一人のみでの行動といういことであまり期待はされておらず、一番行動として重要なのはリュージ達の戦果であると考えられている。
リュージたちは隠し道を進み、テイルロマジアの一に存在する魔族の集落へと向かう。敵がいないのだから、全力で、体力の続く限りだ。もちろん集落を攻める都合もあるのだから無理しすぎは良くないが、休むのは魔族の集落の位置を隠し道から出た所で確認してからでいい。隠し道に魔物入ってこない。出口付近で休めば、回復してすぐに集落へと攻め入ることができる。そうして急いで進んだリュージ達がみた魔族の集落の光景は、音もなく、生きる者の気配もなく、門番となる兵士たちがすでに事切れていた魔族の集落であった。
リュージ達はすぐに生きる者のいない集落へ向かい、状況を確認した。そこにいた魔物、魔族すべてが刀によって切られ死亡していた。状況からして、気配を悟られることなく、気づかれることなく、一瞬で殺害、暗殺、闇討ち。どう考えても暗殺者としか思えない見事な手際である。
これらは全てフィルマが北エリアへと向かい、その先へと進むうえでの行きがけの駄賃である。兄や姉に迷惑をかけるのだから、ということで集落一つを殲滅した。最も、これは直接戦闘ではなく、夜の深い時間に音と気配を消し隠れ討ったからだ。直接戦闘では流石にこれだけの芸当は出来ないだろう。それでもこれだけやれるのは相当なものだと思っていい。
リュージ達としては、テイルロマジアを自分たちが戦闘して制圧するつもりであったため、微妙に肩透かしを食らった気分だった。フィルマに全部を押し付けたみたいな感じで微妙な罪悪感もある。最も、戦闘が行われず、兵もプレイヤーたちも傷一つないという点は悪い結論ではなかったが。今後の予定はプレイヤーたちは北上し魔王城へ、兵士たちはこの集落の占拠だ。兵士たちがついてきても戦闘の役には立たない。魔王との闘いは子の強さの方が重要なのだから。
そういうことなので、プレイヤーたちは北、魔王城へと向かった。




