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「お、おい……俺はどうすればいいんだ?」
早速迷宮に行こうとしたブレイブをここまでブレイブたちを運んできた船主が引き留める。この島、および海は魔物でいっぱい危険いっぱいの場所である。そんな場所に一人放置されればどうなるかわかったものではない。
「……どうする?」
「んー、流石に置いてくのは気が引けるよね」
一応脅した形でとはいえ、ここまで船に乗せて運んできてくれた相手である。また、別に死なせたい、死んでほしいというわけでもない。そして、また船に乗って戻らなければならない。いざというときはパティも空を飛んでいくことを許可せざるを得ないだろうけれど、それでも可能な限り安全策を取るのがパティの方針である。つまりはここで放置されることはない。
しかし、だからと言ってどうするかは難しい所だ。
「穴掘りして埋める?」
「埋めっ!?」
「流石に穴の中は空気なくてきついよ。戻ってこれるのがどれくらいかわからないし」
「お、おい!?」
実に不安になる会話だ。ブレイブとしてはピットフォールみたいな落とし穴作成の魔法で落とし穴を作り、そこに入れて穴を塞いで隠す考えだが、それは酸欠が不安である。隠す、という考えは少々難しい。魔物や動物の類は臭いで獲物を追う種も少なくないし、単純にその場での隠遁生活を船主ができるかどうかの問題もある。異空間のような魔法でもあればいいのだが、ブレイブの持っているその手の魔法は存在せず、辛うじて物を収納できるアイテムがあるくらいである。
ああでもないこうでもないとブレイブとパティが話し合っている。それを船主ははらはらと見守っている。自分はどうなるのか、相当に不安な状況となっているだろう。
「パティが残るとか」
「それは確かにそこの人は安全だけど、ブレイブがどうなるかわからないからダメ。そもそも私はブレイブのスキルだから、ブレイブが死ねば消えちゃうしその場合どうしようもないよ?」
「いや、そもそも死ぬ前提?」
「可能性の問題。それに私自身ブレイブと離れる気はないから却下だし」
「うーん……それじゃあ、どうしようか……」
そうやって考えていると、パティが何かを思いついたようだ。
「そうだ! そこの船、いったん仕舞っていこうよ」
「え?」
「そうそう、なんで放置していくって考えてたんだろうね。一緒に行けば安全でしょ。ここで守るか、一緒に移動しながら守るかの違いなだけで、ブレイブと一緒にいけば私が守る形でも私がブレイブの側にいられるから大丈夫だし!」
「……いや、確かにそうかもしれないけど」
「え、俺がどうしたんだよ……!?」
自分のことが話されている、となって実に不安そうだ。船主に船を先ほどの巨大クラーケンのように仕舞って共に迷宮内に突入する方針となったことを告げる。当然の話だが、船主は戦闘は不可能、海の上での魔物相手のいくらかの格闘はあれども、地上の魔物相手のまともな戦いを行ったことはない。つまりは役立たずの足手まといなわけだが、それでも連れていくのか、安全を確保しておいて行ってくれ、と船主は言う。しかし、置いていく場合の手間などの面倒ごとを考慮し、連れて行く方が安全だと説得する。一度船主もブレイブの強さを見ているのか、それに一応の納得を見せて他に選択肢がないならと賛同する。
そうして、船主を連れての迷宮突入となったのだった。
迷宮内部は暗かった。洞窟タイプの迷宮だからおかしな話ではない。一応パティが明かりの魔法を使えるので、松明のようなものを持ってこなかったことによる弊害はなかったが。
「スキルメーカーで灯りっているんだっけ?」
「いらないよ。でも、あっちがゲームでこっちは現実。現実で洞窟が暗いのは普通です」
もっともであるが、それならば土塔はなぜ暗くなかったのが大きな疑問である。迷宮内部は明るいのでは、と思う要因は先に行った土塔の迷宮があるだろう。
「土塔は?」
「あそこはそういう設計。なんだかんだでちゃんとした建物だから採光はちゃんと弄られてるよ」
なんだかんだでそういう所は無駄に凝っている設計であるようだ。そんなふうに二人が呑気に話しているが、その後ろをきょろきょろと周りに注意を払いながら船主が移動している。暗いせいもあるが、魔物の巣ともいえる迷宮内部だ。かなり不安な様子を見せている。
「お、おい……魔物とか大丈夫だよな?」
「パティ」
「ん、近くには来てないよ。水の中にいるけど、普通はわざわざ水から出てきて襲ってこないし、水上にでてこれる水生生物がそうそう多いわけもないし」
ゲーム内とは全く使用が違う。迷宮内部ではほとんど魔物に襲われることはなく、せいぜいが入りこんだ吸血蝙蝠のような魔物がいるくらいである。
しかし、ここは迷宮だ。そんなシンプルで簡単なはずもない。魔物が襲ってこないのであれば、代わりのものが存在する。
「そこ、右に罠」
「……またか。罠の存在はわかっても、それの中身がわからないのが欠点だな」
この迷宮は罠だらけだ。魔物がいないかわりに色々といやらしい所に罠が仕掛けられており、その中にはじわじわと苦しめ殺すような毒であったり、中が時間をかけて体内に入りこみ食い殺す虫で満たされた落とし穴であったり、張り付けにして誰かの手助けがなければ死ぬまで拘束され続ける罠であったり、体重でどんどん体に刺さるような地面から生える杭やその逆で天井から落とされ徐々に太くなる穴を広げるような杭、これでもかと時間をかけて苦痛を与え死の恐怖を味わうような罠ばかりが仕掛けられている。
幸いにもパティの魔力探知のおかげで罠の存在が把握できるため、引っかかることはないが、暗闇と罠という地味に面倒な仕掛けである。なお、パティは罠の存在はわかるがその中身まではわからない。あくまで罠の存在を示す魔力を探知しているのに過ぎず、その罠がどういう罠であるかまでは探知した魔力で判断することは出来ない。
なので、少々魔術を使って無理やり罠を起動させたり、罠そのものを破壊したりなど工夫しながら進んでいる。その分時間はかかるので実に面倒な状況だと言える。
今のところ物理的な罠が存在していないため幸運だが、完全に物理的に作られた罠はパティに探知できない。
「魔力探知で探知できない罠があったらどうする?」
「ここは洞窟型だから多分ないと思うけど……あったら一巻の終わりかな。でも、多分ない。恐らくだけど、魔力罠はボスの傾向だろうし」
土塔などでもそうだったか、迷宮というものはその迷宮の主であるボスの影響を受ける。土塔では迷宮内の魔物がその影響を受けていた。ここの迷宮では、迷宮内に設置された魔力の罠、それがボスの傾向の影響だということである。
「ボスってどんなのだと思う?」
「魔法型かな? あっちは竜だったし、同じ物理的に単純に強いタイプってのは来ないと思う。特殊な魔法を使うようなタイプじゃないかな」
「それなら楽そうだなあ……」
ブレイブは竜との戦いで苦労したことをもい出す。強力な物理と火炎攻撃を持ち、こちらの攻撃は相手の防御を突破できない。土塔を破壊するような天から剣を通す一撃でも死んでいなかったくらいの強さである。最も、あれが直撃だったのかどうかは不明だが。
それと比べると、単純な魔法戦闘であるならば確実にブレイブ側に軍配が上がるだろう、そうブレイブは考えている。ブレイブの魔法使いとしての実力はスキルメーカーでは随一と言ってもいい。魔法使いそのものが少ないせいもあるが、もともと魔法使いロールでやってきたのと、魔法使用をメインにしてきたことと、特殊なスキルによる大量のエネルギーの確保、そして特殊な攻撃魔法の存在。例え相手が神がこの世界の残した楔の三柱の一つでも、そうそう負けるようなことはない。
「そうだねー。まあ、ブレイブなら勝てるだろうけど、ちゃんと周りに注意はしてね」
「ああ……」
影が薄い、というか、ほとんど喋らないが船主が一緒についてきているのである。流石に死なせるわけにはいかない、なんのために連れてきていたのかわからなくなるだろう。
罠を避けつつ、場合によって発動させて対処しつつ、洞窟の先に進む。この洞窟そのものはほぼ一本道であり、迷うようなことはない。そうして進んでいると大きな扉に出る。同じような扉は以前見たことがあり、土塔のボス竜の前の扉と同じようなものだ。似通ってはいるが、一応その紋様には違いがあったりするが。
「……ここか」
「ボスだねー。えっと、大丈夫? ちゃんと後ろに隠れててね、死ぬかもしれないから」
「あ、ああ……」
ここまでついて来ざるを得なかった船主。ある意味、この世界の住人で楔を倒すところをみれる貴重な存在だ。それが幸運か不運かは彼の心持次第だが、多くの人は不幸、不憫と言うだろう。頑張ってほしい。
船主も覚悟を決めたところで、ブレイブたちは扉を開け中に入った。竜の時と同じ、扉が閉まり外に出れなくなる。そして、ふっと今までパティの作った灯りによって照らされていた広間が暗くなる。
「っ!? パティ!?」
「これ、灯りが消えたわけじゃないよ! 暗闇を作られた!」
「な、なんだ!?」
流石に暗くなった、ということで危険度が高まった状況だろう。しかし、パティがバリアを使わないということはいきなり襲ってくるということではないはず……だが、そもそもこの暗闇も不意打ちだ。不安は大きい。
そんなふうに暗闇に乗じて襲ってくるものかと注意を払っていたが、そんな中ぱっぱっぱっ、と三方向からスポットライトのように光線がある一点を照らす。
「キヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハ! よく来たね君たち! ボクはパペット! 神の忠実な僕の楔の一つさ! ようこそ勇者……と余計な一般人その一! あと、なんか変な人形も! これから楽しいショーと行こう! 観客は君たち、そしてショーの主役もまた君たちさ! そう、僕が主催する殺戮という名のショーのね! さあ、悲鳴を上げて僕を楽しませてもらおうか!」
「前口上長いっ!」
「ファイアーボール!!」
ブレイブの魔法、ファイアーボールが展開され、パペットと名乗った楔の一柱を襲った。




