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流石にフィルマの移動能力、戦闘能力の高さがあると言っても、続々と魔物が集まってくる中動かずいれば周りを囲まれ逃げ場もなく蹂躙される。当然ながら、魔物に囲まれる前にブロックの魔法を使い足場を作り、上空へと逃げる。そのまま待機し、ある程度魔物が集まってきたところで来た道の魔物のいない所に着地し、そのまま道をブロックの魔法を使い高めの足場を作りその足場を伝って逃げた。
もちろん、仲間を殺された魔物たちは逃走したフィルマを追う。魔族により彼らに対して指示されている内容は基本的に侵入者に対する攻撃など、外敵の始末である。それゆえに、逃走した相手も追いかけ殺害しようと試みる。そこまで知能が高くない故の行動である。指示された内容に忠実すぎる。
残念ながら、すべての魔物というわけではないが、フィルマを確認した魔物、魔物の移動についていく魔物など、連動してほとんどの魔物がついていく形になっている。それでも魔物の数はそう多いものではなく、おおよそ八割ほどである。
頭上を逃走しているフィルマを目標に魔物が道を通り追いかける。そうしていると、突如魔物の動きが変わった。何もない所で何かに衝突したのである。結構な速度を出していたため、最初に衝突した魔物は壁にぶつかったことにより肉を打ち結構なダメージとなっている。また、後ろから追っていた他の魔物も衝突した魔物に衝突するなどし、結構な事故の状態となっている。
フィルマはここに来る道中にブロックの魔法を唱えていた。ブロックの魔法は周囲の物質を固定する魔法である。ブレイブやフィルマは主に足場と使用しているが、物質の固定による障害物としても用いることができ、さらに言えば空気を固定した場合のブロックを見ることは出来ない。水や土のように明確に物質として視認できるものであれば違うが、最初から見ることのできない空気は固定しても視認できないのである。もしかしたら、固定された空気ということで風が強かったり特殊な気体が多い場所などの条件下であれば見えるかもしれないが、少なくともこの森の中で確認することは出来ない。
存在することすら知らない見えない壁とは非常に厄介であり、それにより魔物の足止め、衝突事故が引き起こされている。しかも一つではなく、いくつかの壁を配置しており、それによる魔物の被害は意外と大きかった。無事で済んだのはおおよそ五十程と言った所である。それほど被害の出る衝突事故を繰り返していたせいか、途中からフィルマの姿が見えなくなったことに魔物は気付かず進んでおり、気づいたころにはかなり森の出口付近まで近づいていた。
フィルマの姿を見失った魔物たちは、自身の役目である休憩地の守りに戻ろうと、指示に従った行動をとろうとするが、森の外から矢が飛んできて数体の魔物に刺さった。流石にそれで殺されることはなかったが、足や頭部に刺さり、そこそこ大きなダメージとなっている。
屋の出どころは森の外でフィルマの魔物の誘引を待っていたオルハイムたち、その中の後衛であるツキだ。流石に森の奥までは届かない物の、森の入り口付近まで魔物が出張ってくればその魔物を狙うことは容易である。後衛の待機地点よりは前に出て撃ったが、その後は後衛の場所まで戻り、森の外に出てくる魔物には前衛組と騎士たちが対処し、ツキは後ろから弓での支援となる。
魔物の数は途中の事故などもあり、いくらか減っており、七十程だ。しかも、そのうちのいくらかは怪我もしている。前衛組、および騎士たちで魔物の攻撃を受け止める。今回は最初から三人の前衛組が存在し、騎士たちも以前のような準備の余裕もない急な招集でなく人数も十分であり、事前にあれやこれやと準備している上にオルハイムのスキルの恩恵もある。一対一での戦闘は流石に負けるかもしれないが、二人で一体を抑えるのは難しくない状況である。さらに後衛から動きを抑えられた魔物はツキが射撃し、余裕のあるアルフレッド達前衛組により魔物が一体ずつ確実に駆逐されていく。
それゆえに、誘引されてきた魔物の掃討は難しいものではなく、ほぼ被害もなく勝利を得ることができたのである。
そんな風に中継地点となる駐屯地奪還の部隊が森の外で誘引された魔物と戦っている頃、フィルマは道を戻り残った魔物や遅れて行動している魔物始末をしている。フィルマの行動により、森の外まで誘導で着た魔物はおおよそ八割ほどであり、つまりは二割ほど、およそ二十ほどの魔物が残っているわけである。遅れてきた十体ほどはフィルマが始末をつけたが、残りは魔物たちが休憩していた場所に残っていると言っていいだろう。
フィルマは来た道を戻り駐屯地まで戻ってきた。そんなフィルマの目に映ったのが、奇妙な人型をした存在。フィルマの気配感知において他の存在よりも大きな気配を持っている存在、即ち魔族が待っていたのである。
「ああ、戻ってきたのかい。よかったよかった」
異形の姿、人のように見えなくもない二足歩行で人と同じような頭部を持っているが、その肌は人間にはあり得ないような赤色をしており、多くの動物は四本の脚、人型のような直立する生物は二本の腕と足を持つのだが、この魔族は六本の腕を持っていた。
「……魔族も人の言葉を話せるんですね」
魔族がフィルマの姿を見て言葉をしゃべったことに彼女は少し驚いていた。魔族と呼ばれる種族がどの程度の知能を有するかは不明だが、そもそも種族が違う上に戦争を起こすような相手なのに、自分たちと同じ言葉をしゃべるものだろうか、という思考である。
「はっ。自分たちが基準とは随分偉そうだねぇ。あんたらがしゃべってる言葉があたし達の喋っている言葉だろ?」
「そういう考え方も可能かもしれませんが……いえ、そもそも互いにコミュニケートできることそのものが奇妙です」
そもそもフィルマ達は異世界の住人であり、彼女たちの元の世界ですら、国によって言語は一定ではない。それを考慮すればどう考えてもこの世界で普通にコミュニケーションできることは奇妙に思うべきだ。
「ふん、まあそんなことはどうでもいいね。あんた……いや、あんた達か。あたしたちを壊滅に追い込んだ謎の人間どもは」
「知りません。敵は殲滅する、討ち滅ぼす。襲われたから抵抗しただけでしょう」
「ははは、そりゃそうだ。あたしたちは人間を滅ぼそうとする、人間はあたし達を滅ぼそうとする、そういうもんだろうね」
軽く笑い声をあげる魔族の女性、それに対し全く表情を変化させない無表情を貫くフィルマ。対照的な構図である。
「はあ、あんた少しは笑いなよ」
「面白くもないのに笑うのはどうでしょう?」
「ふん。ま、これから戦うってのに一緒に笑うって柄でもないだろうねえ」
女性は腰に下げている剣を抜く。腰には剣を二本下げており、その二本を構えフィルマと相対する。彼女はどうやらフィルマと戦うために残っていたようだ。
「……一人で戦うつもりですが? まだ魔物は残っているのではないですか?」
「逃がしたよ。最悪、あんたと戦って死ぬ可能性だってある。帰巣本能ってやつで一番近い魔族の街に戻るさ。ここまで壊滅した以上、あたしが手ぶらで戻ったら確実にこれさ」
そう言って女性は首に剣を持っていない腕の一本で手刀をする。首を斬られる、ということだろう。物理的か、それとも職や立場的な意味かは不明だが。
彼女たち、ケンタウロスの魔族と赤い六本腕の魔族……蛸の魔族の二人はこの場所の占領におよそ四百の魔物を率いている。常識的に考えれば、それだけの魔物は相当な戦力であり、それだけあれば国一つが出せる戦力とほぼ同程度、蹂躙は不可能にしても大打撃を与えることは確実に可能である。しかし、実際にはそうならなかった。プレイヤーたちにより魔物のすべてがほぼ殲滅されたのである。
魔族として、大戦力を率いて戦果はないわけではない物の、想定されている内容と比べると大失敗と言ってもいいくらいの結果である。そんな状態に追い込んだ二人が戻ってまともな扱いをされるはずはない。生かしてもらえれば御の字だろう。最も、その責任をとるべきもう一人は死んでいるが。
「だから、あんたを殺し、こいつらがとんでもない実力を持っていて、それによって魔物がやられたって証明しなきゃなんないのさ。ま、だから殺されてくんないかな?」
「……その立場そのものには同情を感じなくもありませんが、それは認められません。私に剣を向ける、そういうことであるならばあなたは敵ということでいいですね?」
既に構えている蛸の魔族相手に刀を向ける。
「ああ、いいねえ……殺し合いだ」
フィルマが地を蹴り蛸の魔族に迫る。跳躍を使った移動でなくとも、フィルマの移動速度は速く、高い動体視力を持っていても、その動きを捉えることは難しい。その上、その速度の中で制御された動きにより刀が振るわれる。高速の斬撃は蛸の魔族に一直線に振るわれるが、蛸の魔族は一本の剣でその攻撃を防ぎ、そのうえで反撃を仕掛ける。フィルマはその攻撃を防がれた時点で既に後ろに退き、魔族の剣の突きは回避される。
回避されたフィルマを追い、魔族が追撃する。二本の剣を縦横無尽に、蛸の魔族という種族であるがゆえの軟体の体を生かして攻撃を仕掛ける。フィルマも流石に連続攻撃を回避するが、連続攻撃は徐々にその攻撃の隙間が狭まり、回避が難しくなってきた。
フィルマは剣を振るって一撃を払い、そのままその流れに沿って懐に攻め込む。このまま回避し続けていても仕方がない。攻撃しなければ戦いは終わらない。流石に外で戦っている仲間がここまで来るのを待つのは悠長であるし、人に頼るのは自分自身あまり好みの行動ではない。
懐に攻め込んだ攻撃、しかしそれは一本の剣によって防がれる。両腕に持っていた二本の剣ではなく、何も持っていなかった四本の腕の内の一本により。その時の蛸の魔族の表情は誰かが見ていたら笑顔を浮かべていたと答えただろう。
女性の四本の腕、使われていない腕は実のところ、この不意打ちのためのものである。彼女は腰に下げている日本の剣とは別に、背中に四本の剣を持っている。もちろん、ある程度の実力者相手で後ろに回られたり、動きなどでばれてしまうのだが、それでも二本の剣を相手にしているところに四本がいきなり追加されれば面食らうし行動の変化に戸惑う。今回は残寝ながら完全な不意打ちに称することは出来なかったが、それでも相手の攻撃を防ぐことに役立った形となった。
懐に入りこんだフィルマを五本の腕が持つ剣で斬りつける。流石に内にまで入り込んだフィルマは後ろに逃げるにもタイミングが遅くなる。回避しようにも完全には不可能だし、左右に避けるにも五本の腕による四方八方からの攻撃だ。
「っ!?」
しかし、その攻撃に手ごたえはなかった。剣が通り抜け、回避された。左右を確認し、フィルマの逃げた方向を確認する。しかしいない。前方も左右の視界も、フィルマの姿を確認することは出来なかった。
そして、魔族の女性は痛みを感じる。腹を斬られた灼熱感、血の抜け出る感覚。体内に明確な感覚は持っていないが、致命的な攻撃を受けたのだけは本人も理解できている。視線を腹に向けると、両断こそされていないが、左わき腹に届かない程度に背中まで突き抜け切断されていた。位置的に臓腑も確実にやられており、一分も持たないだろう。
「ああ……強いねえ、あんた」
そのまま魔族の女性は崩れ落ちた。
五本の腕の攻撃は数が多いため、どうしても視界に収める量が多い。その攻撃の中、フィルマの動きは見えなくはないが視界情報の多さゆえに、確認がしづらい。上下左右、しかしした方向からの攻撃は、真下からの攻撃というものはなく、斜め下からの攻撃となっていた。つまり、下からの攻撃がない。しゃがみ込みそのまま相手の視界の真下から相手の横へと抜けたのである。意外と真下にあるものは見えにくい。そして横を抜ける際に腹を切り裂いた。それが今回の戦闘の結末である。
「……魔物残りはなし、と。皆が来るのを待ちましょう……奪還は終わり。しかし、ニアーズレイに攻め入るのは現状では難しいはず……二方向からの攻撃を行うにしても、ブルマーグにはいくはず。一度会って話したいところですが、合流できるでしょうか」