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北エリアへの中継地、その奪還のための部隊がアルディスから出発する。魔物の襲撃、ブレイブの城からの脱出、騎士たちと特訓と連携の確認など、色々と遣りつつ数日がたち、騎士の補充と兵士との連携を深め、ようやくまともに攻め入る部隊ができたことでの出発である。
この世界において、騎士と兵士の差異はその立場である。騎士は戦闘専門の人間であり、それ以外のことをほとんどしない。せいぜいが戦場に出た時に野営する程度の技術を持つくらいである。兵士は基本的に街中での雑務が主であり、犯罪者の摘発、街の巡回、侵入した小物の魔物の始末などを主としている。決して騎兵と歩兵の違いではない。
なぜ今回その役割の違う二つの兵種が混同で出るかというと、中継地に駐屯していた騎士や先の魔物の襲撃時に失った騎士が結構な数になるからである。一応、騎士の補充は行ったが、それでもまだまだ中継地の奪還には足りていない。一応異世界召喚者であるプレイヤーたちがいるものの、彼らにすべてを任せきりにするわけにもいかず、魔物を殲滅することで奪還はできるがその後のことを考え、さまざなな雑務ができる兵士を配している。
兵士も戦えないことはないが、騎士には劣る。よって、基本的には騎士とプレイヤーたちが戦闘を行い、兵士は後方でのバックアップだ。
プレイヤーたちはオルハイム、フィルマ、リュージ、アルフレッドが前衛、シャイン、ツキ、牡丹が後方に控えることになっている。ジャックは前衛に出ることが多くなるが、基本的には後方との伝令役だ。影を利用した移動方があるため、いくらかの人数の兵士を途中途中に配置し、その影への移動を利用した高速空間移動を行うことで短期での連絡を可能とする。最も、影の移動は特殊なスキルであるため、どうしてもMPを消費するため、高頻度での使用は難しいのだが。
中継地となっている場所は、当然だがエメンリア……ではなく、その手前のあたりである。エメンリアの位置にはこの世界では何もない。これだけは微妙にスキルメーカーと差異が存在している。その理由に関しては、森でも手前の部分と奥の部分では危険性が違い、今は魔族たちの住まう北エリアに近い奥の方が魔物強さや数、植生などの様々な点から危険である。故にエメンリアの手前当たりに中継地となる村が作られていた。
「で、誰が残ることになるんだ?」
アルフレッドが移動途中の野営時にオルハイムに尋ねる。基本的に、騎士は騎士たちで、兵士は兵士たちで、プレイヤーはプレイヤーたちで野営する場所を分けている。こういう時は連携を深めるために一緒にという考えが浮かぶかもしれないが、下手に混ざるほうが騒動の下であるため、きっちりと分けたほうがいい。実際にプレイヤーたちと一緒に寝るとなると不安が大きくなるし、そもそもプレイヤーたちには女性が存在している。基本的に騎士や兵士に女性は存在しておらず、例外的に存在する女性騎士や兵士も、基本的には女性にしか相談できないようなことであったり、姫の護衛であったりと限定的な内容であり、戦争に参加しない。
そういう事情もあり、当然だが中継地点となる場所に女性プレイヤーが残ることはあり得ない。よって、残ることになるプレイヤーはオルハイム、リュージ、ジャック、アルフレッドの四人から選ばれることになるだろう。
「俺が残るのは確定だね。彼らの指揮もあるし、彼らには俺のスキルがあったほうがいい。連絡に関しては念話で何かあったら話せばいい……そう考えると、姫と中のいいリュージを連絡役に回した方がいい。別に俺一人でも構わないけど、ジャックかアルフレッドのどちらかが残ってほしいとは思うが……」
「私たちは?」
「戦場で男性と寝食を共に、は不安が大きいので駄目ですよ姉さん」
「信用しないってわけじゃないけど……間違いが起こってからじゃ遅いしね」
「あー、なら俺が残るぜ。戦力としては不安だろうけどな」
中継地点は魔物が攻めてくることを考えプレイヤーを残す以上、戦力になるプレイヤーがいたほうがいい。しかし、ジャックが自ら残ると宣言する。
「えっとだな、フィルマ、あんたの気配探知って中継地点まで届くのか?」
「無理です。流石にアルディスからだと離れすぎですね。ここではもうすでに範疇ですけど……」
流石に中継地となっている場所に関してアルディスからでは少々離れすぎだ。コッチーニから湿地帯の位置までの気配探知ができるが、そもそもスキルメーカー内の距離とこの世界の距離では大幅に違う。もともとの気配探知の範囲が縮尺の変化で増大しているわけもない。そもそも、気配探知はスキルではなくフィルマの個人技能なのだが。
「なら、やっぱり俺がいたほうがいいだろうな。一応盗賊みたいなもんで、多少は魔物の位置が分かるスキルがあるからな」
最も、その範囲はそこまで大きくはない。しかし、一種の警報みたいなスキルであるため、寝る前に使用すれば起きるまでに魔物の接近があれば気付くだろう。もちろん、その魔物が襲ってくる目的のものではなく、単に近くを通った夜行性の魔物である可能性もあるのでその内容はある程度把握する必要もある。そのあたりは残るジャックがなんとかするべきことだろう。
「……そういった部分には考えが及ばなかった」
「普段はフィルマに頼りっぱなしだからな」
「フィルマさんすごいです」
「あの、何故そういう話に……」
流石に自分がすごいという話になって今はそういう話ではないとフィルマが戸惑う。珍しい姿である。そんなふうに、今後中継地点奪還後の話をしながら夜を過ごす。特に彼らは奪還できないとは思っていない。特にフィルマは相手の状況を理解しているからこそである。
先の戦闘において、三百の魔物がアルディスに攻め入ってきた。あの時、中継地点は相手に襲われ奪われた直後である。中継地点を襲った魔物とアルディスに着た魔物は別物だが、山越えの都合上、相当数できているはずだ。その相当数がアルディスの三百に組み込まれている以上、残っている魔物はそれほど多くない。数日の間にいくらか送られている可能性はあるが、そもそも魔物の数は極端に多いということはない。三百も失われている以上、中継地点に補充として送った魔物はそこまで多くないだろう。
フィルマの気配探知に引っかかるのはおよそ百程。中に一つ大きな気配があり、それが魔族であるだろうと彼女は推測している。
途中で野営を数度行い休みながらも、中継地点が見えるくらいの位置まで来る。最も、森の中だ。迂闊に突っ込むわけにもいかない。森への道を前にプレイヤー、騎士、兵士たちが佇んでいる。
すぐに突っ込む、というわけにはいかない。森の中はどちらかと言えば獣に向いているフィールドであり、みちもそこまで広くはなくこちら側の強みである数と連携の強さを生かすのが難しい。
「どうする?」
「……誘き出すのが一番いい。しかし、方法がな」
「弓撃ってみる?」
「枝に引っかかるんじゃねえの?」
魔物たちを誘い出すのがいい手法だが、問題はその方法だ。モンスターを招くスキルの類があればそのスキルの使い方次第で可能かもしれないが、プレイヤーの中にその手のスキル持ちはいない。どちらかというと突っ込んでいくプレイヤーの方が多いので。
そんなふうに森を前に話し合っている中、一人駆けだしていく影が見える。
「あ、ちょっと待て!」
「フィルマ!」
フィルマである。悠長に話し合いなどしていても仕方ないと言わんばかりに森に向けて駆けていく。それと同時に念話がリュージに向けて発される。
"私が囮になっておびき出します"
「え!? "いや、ちょっと待てって!?"」
"攻撃は当たらないので大丈夫です。これ以上は念話に応じないので"
「あ! "おーい!?" だめだ、切られた。ブレイブみたいなことを……」
学校では同じ委員であったり、スキルメーカー内でもたまに出会ったりと下手をすればリュージよりもブレイブとの付き合いは多い。影響を受けていてもおかしくはないだろう。
そんな話はさておき、フィルマは森の中を駆けていく。さすがに上空からというのは行わないが、その移動速度は下手な野生動物よりも早く、魔物がいても捕らえづらいだろう。事前にフィルマは気配の探知で森の道中に魔物がいないことは確認済みである。
その移動中、小さく何かをつぶやいているが、特に森に変化は見られない。そのまま道を過ぎ去り、あっさりと中継地点に到着した。中継地点となっていた駐屯地は、魔物襲撃によるものか建物が大きく破壊されており、一部の魔物は破壊されていない建物の内部で休んでいる。外で休んでいる者も多く、一つだけ殆ど壊されておらず、少し補修された跡の見える建物も存在する。恐らくは魔族の住んでいる場所だろう。
フィルマはぶつぶつと呟いた後、跳躍と空中跳躍で一気に駐屯地内に侵入し、最も手近にいた魔物を刀で斬り飛ばす。突然の人間の襲撃、それを見ていた魔物たちは一瞬何が起こったか把握できなかったようだが、斬られた仲間の姿を認識しており、少し遅れて森全体に響くような鳴き声を出す。その声に続いてフィルマが魔物に近づきその命を刈り取るが、すでに魔物たちに侵入者、敵の存在が伝達された。周囲で休んでいた魔物、建物内部位いた魔物、森にいた幾らかの魔物、すべての魔物がぞろぞろとその鳴き声の場所に集まり始めた。