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やることが決まったからと言って、プレイヤーたち異世界召喚者側は自由に行動できるが、国、城側や騎士たちがすぐに動けるわけではない。また、騎士やプレイヤーたちが個々で行動するわけではなく、共同で魔物たちの休憩地を攻める以上、それぞれの行動のすり合わせは必要になる。そのため互いに話し合ったり、一緒に過ごしたりと多少仲良くなる方向で生活している状況となっている。
「兄さんどこー?」
ツキが城の中を移動しリュージを探している。ツキはその戦闘方法の都合により、前衛組に加わることはない。間違って味方を撃ってしまわないように注意するべきだが、基本的には後方から矢を射るだけだ。その距離が距離であるため、ほとんど前から敵がやってくることを危惧する必要はない。そのため、あまり戦闘に対する準備が必要ない。使っている弓の調整や矢、切り札として使う槍矢の確保くらいだろう。その弓の調整も、彼女の使う弓はスキルメーカーの中で生まれたゲーム由来ものであるためか、調整みたいなものが必要ではない。これは他のプレイヤーの武器防具も同じだったりするが、そんなこともあってツキは基本的に城で自由に行動している。
自由に行動と言っても、城で言っていい場所悪い場所の都合もあるし、立場的に友人などを作ることも難しいため、ある程度自由に行動した後はプレイヤーたちと合流している。そのため、兄の姿を探している。一番身近で長く共に過ごしている相手を。
ツキのようにある程度自由に行動できても、そのように行動できる内容に限度がある。前線組などは騎士などと息を合わせたり、話し合ったりなどが必要であるため、その彼らのいる場所は殆ど限られる。
「あ、いた」
訓練場。騎士たちが模擬戦を行ったり、行軍の練習を行ったりなど、戦闘や戦争の訓練を行う場所だ。その場所にリュージの姿が見える。訓練場には大体のプレイヤーがおり、リュージのほかにもオルハイム、アルフレッド、牡丹の姿も見える。シャインの姿も見えるが、彼女は基本的に回復、治療の要員として扱われており、戦闘に参加することはない。一応彼女も前衛を任せられるほどの戦力にはなるはずだが。
オルハイムは指揮の練習をしており、騎士もその指揮の内容と自分たちの行動が一致しているか、合わせる内容の確認をしている。プレイヤーたちの中ではオルハイムのみが少々特殊な立場となっており、彼は騎士たちを率いて指揮する役割を担っている。オルハイムとしても自分の能力が多数の人数を率いている時に有効であるのはわかっておりその立場を受け持つことを受け入れた。最も、オルハイムとしては少々その立場になることに緊張しているところがあるようだが。指揮官という立場に立つため、場合によっては騎士に死ねと命令することになるかもしれないのだから当然ともいえる。
リュージは多数の騎士相手に同時に戦闘を行っている。リュージ自身の戦闘能力の確認がてら、自分より強い相手、仮想的な魔物としてリュージを相手取っての複数での戦いを騎士が学ぶためである。プレイヤーと騎士の強さはそれほどに隔絶している。この戦いは騎士だけでなく、リュージ自身も複数相手の戦い方を学ぶのに役に立っている。
訓練場の端の方では、アルフレッドと牡丹が戦っている。正確に言えば牡丹がアルフレッドに攻撃を撃ちこんでいる形だ。牡丹の状況、精神的なそれはすでにプレイヤー間では周知されている。しかし、本当にボタンを前線に出さないでいられるか、というとそういうわけにもいかない。他のプレイヤーが魔王を倒しにいくとき、彼女一人城に残すというわけにもいかない。故に、戦いに対する忌避、せめてまともに戦うことくらいはできるようにと、アルフレッドが彼女と戦い、恐怖を取り払おうとしている状況である。基本的には一方的に撃ち込ませ、アルフレッドは防いだり回避したりなどを主としている。牡丹は最初は戸惑いや恐怖、嫌悪を見せていたものの、やらざるを得ないのは理解しており、何度か攻撃をすることである程度戦闘に対する忌避、恐怖が軽減されているようだ。
ところで、姿の見えないジャックは街に繰り出している。ジャックに関しては直接戦闘を主体にするよりは、その影を利用した移動による限定的な転移能力を使った連絡役を担った方がいいということになっており、戦闘に参加しないこととなっている。一応彼も天使戦に参加できた有力プレイヤーではあるし、魔物を相手に戦うこともできなくないが、やはりそれはシャインと同じく個々の役割ということだろう。
「……あれ? フィルマはどこ行ったんだろう?」
そんなふうに各自の訓練状況を見ていると、ひとり姿の見えない存在がいることに気づく。リュージおよびツキの妹のフィルマである。フィルマは前衛組ではあるが、そもそも彼女は協力しての戦闘はやりにくい。一番に切り込んで行き駆け抜ける中に斬りつけ幾らかの魔物を討ち取り、ある程度を引き付ける囮に近い役割が主題である。戦法の都合上、移動能力を高めるため、金属鎧の類をつけられれず、行動の機敏性を優先するため装備も結構な軽装となっており、防御能力は低い。そのため、他の人員と一緒に戦闘するということは出来ず戦闘に際しては結構な自由が認められている。もちろん、オルハイムから指示が飛べばそれに従ってもらうこととなっているが。
そのフィルマはどうしても訓練場のような場所にいる必然性はない。しかし、だからと言ってどこかに勝手に行くタイプでもない。
「どこに行ったんだろう……」
きょろきょろとツキは周囲を見渡す。彼女の持つスキルは弓を主体とする遠距離攻撃のスタイルであるため、当たり前だが遠視や対象指定した相手の存在する方向を判別できるスキルを持つ。それを利用し、フィルマの位置を探す。
「……上?」
ツキの能力で確認できるフィルマの現在位置は上空に位置する場所であるらしい。フィルマの能力、所持している魔法を知っているため、上空に上っていったのはわかるが、しかし何故そのようにして上空まで移動したのか。ツキにはわからなかった。
「"フィルマ、ちょっといいー?"」
"姉さん、何か用ですか?"
「"今何か上にいるみたいだけど……"」
"敵地の観察です。上の方が見やすいので"
遠視系のスキルは別段ツキなど遠距離の戦闘スタイルを主としているプレイヤーも持つことは少なくない。スキルメーカーにおいてスキルの作成は自由であるためだ。最も、それをどの程度育てているかは別の話だが。
「ふーん……"そういうことならいいけど"」
"はい。あ"
「ん? "どうしたの?"」
"いえ……特に何もないですよ…………流石ですね"
最後に念話を終えるのが遅かったのか、ぽつりとつぶやいた一言をツキは聞いていた。
「んー……なんだったんだろう」
最後の言葉が気になるものの、その前に効いても教えてくれないのだから聞いても言わないだろうとツキは考え、兄の雄姿に視線を戻した。
城を出たブレイブは、空中を移動して真っ直ぐ土塔へと向かっている。移動に四日はかかるだろうというのはパティの試算だが、それは普通の移動手段で移動した場合だ。仮に途中で休まず、障害物を気にすることのない空中で真っ直ぐ土塔に向かうとすれば、その半分ほどの日程で十分到達することは可能だろう。
そして、ブレイブの移動手段は地上を行くものではなく、空中を行くものだ。跳躍スキルを使用したほうが移動速度は速いが、制御などの観点もあり、空中浮遊と移動の魔法を使用している。それ自体は以前から開発しているが、あまり必要とすることはなく、パティに持たせていたものである。スキルメーカー内では必要ないと言えるスキルの多くはパティが持っているのだが、その中でもこの世界であれば有用であるスキルは少なくない状態となっていた。
コッチーニ……この世界ではクルゼヘリムと呼ばれる国だが、そこにブレイブは立ち寄らず、真っ直ぐに土塔に向かう。クルゼヘリムと土塔の間には自然環境による天然の要塞である湿地帯の存在がある。そこには未だに多数の強力な魔物が存在し、水中という都合もあって移動がしにくい。クルゼヘリムの住人も、無理にそこを通ってまで南に行く必要性がなく、ほぼ人間の手が入っていない場所だ。故に他の場所とは違う生態系が確立している。
ちなみに、魔物の類で魔族に従うのは魔王の存在する北エリアに存在す魔物が主体である。一応こちら側の魔物も、魔族に従うことになるような魔物もいるが、彼らが直接この場に来なければ影響力はない。北エリアでは魔王の力により、その力の及ぶ範疇の魔物全てがその影響力を受けている。ゆえに、こういった場所の魔物は魔王側の影響を受けていない自由な状態である。
湿地帯にはそんな魔物たちが闊歩しており、それが移動を阻む……はずだが、空中を移動しているブレイブにはほぼ関係のない話だ。空を飛ぶ魔物の類がブレイブを襲うことがあるものの、強さの差もあり撃ち落とされその下にいる魔物の餌になっている。
そうして、ブレイブは普通よりも早く、極めた簡単に土塔の側まで来ている。砂漠地帯もやはり魔物の存在があり危険だが、空中移動の優秀さが極めて高い。
「あっさりついたなあ……」
「そうだねー」
「四日?」
「一般道と高速道で移動するのを同じに扱うわけないじゃん」
四日の基準は普通の道を進んだ場合、ということだ。ブレイブのように空中をまっすぐ移動することを基準にはしていない。また、歩きとは違い空中移動は手間も苦労も疲労も少なく、また道中に存在する多くの物をほぼ無視できるため、そういったものにかかる余計な時間もない。移動時間が少なく済むのは当然の帰結と言える。
「で、この中に入ればいいのかな」
「そだね。前の時と同じ、一番上まで登ってボス撃破。ただ、まあ、普通の場所と違って迷宮内はあっちの管轄だから、魔物とかその手のがいっぽいいるけど」
この近辺は人間の手が入っていないため、どうしても一般的な自然環境として魔物が存在するが、アルディスとクルゼヘリムの間あたりは魔物が少ない。これはそれぞれの国の兵士や騎士などが街道に存在する魔物を討伐しているからである。これがクルゼヘリムの西の山であったり、アルディス西の森方面であれば話は違ってくる。
それでは迷宮内はどうなのか、というと、迷宮はこの世界の神の生み出した楔となる存在の管轄にあり、独自の環境が作られている。魔物が多い可能性もある死少ない可能性もある。
「……面倒くさいなあ」
「まあまあ。面倒なのはわかるけど、ほら、私がついてるから!」
「ついてるからなんだって話だけど」
なんだかんだで迷宮挑戦というのは大変だ。かつてクリアしたことのあるものだとしても。