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「まず、現状から話そう。今、魔王と戦っている国はアルディスとノーヴェスだ。アルディスはここ、スキルメーカーにおいてはアーテッド、ノーヴェスはアルイヌイット。この二国が魔物の侵攻を受けている」
「オルハイムも俺たちと同じなのに、なんでそんなに詳しいんだ?」
リュージが疑問を呈する。確かにオルハイムと他の面々は同じタイミングでこの世界に来ている。パティのいるブレイブは別としてオルハイムがこれだけ詳しいのは奇妙に感じるだろう。その理由はすぐにオルハイムの口から語られる。
「昨日のパーティーで王様と話してね。俺は一応、皆のリーダーみたいなものをやっているだろう? まあ、話が長引いてパーティーが終わった後も少し話すことになったけど」
オルハイムの持っている情報は基本的に王様が語った情報だ。最もその情報を知識として受け入れてはいる者の、地名の不明であったりと完全にオルハイムの中で整理できていなかったのだが。
「ちょっと混乱状態だったから、情報をまとめたり必要な資料を持ってきてもらったりとできてないけど、少しづつ話しながらまとめていく。魔物の侵攻は明日ディスとノーヴェスだけど、この二国で状況が微妙に違う。これは魔物の侵攻ルートの関係だね」
「スキルメーカーと同じなら北エリアに繋がるのはアルイヌイットだと廃坑だったな」
「そう。廃坑ではなく正しくは坑道だけどね。今は使われていないみたいだけど」
もともとノーヴェスの東の坑道は今も使われていた。スキルメーカーでも廃坑になっていたのはアイアンロンド側からの封鎖状態だったからだったりする。この世界では行動として使われていたところに魔王の出現があり、それにより魔物が行動を占拠した形になる。
「坑道は狭く、魔物が侵攻するのには向かない。また、出入り口を封鎖するか、その入り口に出てきた魔物に対処する部隊を置くことで対応できる。それに魔王も気づいたのか、すぐにこちらの坑道を使った侵攻はなくなった。ただ、入った魔物はそのままになっている。時々今も廃坑から出てくることはあるみたいだ」
「つまり、ノーヴェスは実質的に魔物に攻撃されてはいないってこと?」
「そうなるね。そして、あちら側を攻めることができなくなった分、山越えとはいえルートがしっかりとしているアルディス側への攻めが苛烈になった。エメンリアがあった場所を騎士たちの待機場所として設けて、山からの侵攻を防いでいたみたいだけど、最近奪取されたみたいだ。先日の魔物の攻撃も、その奪取された後に監視を置いたみたいだけど、その監視が連絡する前に殺されたため、情報が遅れた形になった」
地図上にオルハイムが色々と書く。現時点でアルディスはかなり厳しい状態と言えるだろう。相手側が存在する北エリアへの中継地点を奪われ、もともと自分たちがその場所を使っていたのを相手側が魔物の待機場所として利用するようになったのである。もともとは山を越えてこなければなかったのだが、休憩場所ができてしまったと言うことはつまり体力の回復、山を越えてきた直後の披露のある相手ではなく、全力の相手が襲ってくると言うことになる。
「……つまりまずはこの奪われた場所を奪取する必要がありますね」
「アルディスから北エリアに責めるなら必須になるだろう」
「なあ、二か所しか責められてないのか? ここは?」
リュージが地図上において、テイルロマジアのある場所の付近の山脈を指さす。
「……ああ、そういえば、君たちなんだっけ? 隠し道を見つけたの」
「そうだよー」
「……隠し道は発見が困難です。その場所にあることを知っていなければ、どちら側からでも殆ど気付くことはない。相手側も気付いていないということですか?」
「使われていないならそうとしか考えられないね……こちらから利用するのもありかもしれないけど、それはおいおいかな。使えば相手もその存在を知ってしまう」
隠し道の存在を知っているのは現時点でプレイヤーたちのみである。魔王、魔族はこの存在を知らない。
北エリア、テイルロマジア、アイアンロンド、ニアーズレイの三か所は魔族たちが小さな集落をつくっている状態だ。もし攻め込む場合は、一か所に攻め込むのであれば他の集落からの応援が来る。一気に攻め滅ぼすか、もしくは三か所を同時に攻撃することで他の集落の応援をできなくすることが必要になってくるだろう。どうしても攻め込むのは、ノーヴェスからでは坑道の狭さと魔物の群れの都合で難しく、抜けるにしても大隊での移動の困難さ、集落が行動を出てかなり近い場所にあるため難しい。よってアルディスから山越えで攻め込むしかない状況だ。しかし、それでは二か所の集落から応援が送られてくることになる。山越えの披露もあるうえで他の二か所の集落の応援ありの状況で勝つのは不可能だ。
しかし、もしテイルロマジアの位置の集落に隠し道を使い移動し奇襲を仕掛けられるのならばどうだろうか。もちろん、それらを仕掛けることができるのはプレイヤーくらいの強さが必須になるが、その奇襲とアルディスからのニアーズレイの位置への集落への攻撃を併せて行えば、まだ可能性の芽はある。最も、アイアンロンドの位置の集落が厄介になってくるのだが。
「…………やっぱり、使うのは一斉に攻める時でなければ難しいね。北エリアの三か所の集落……スキルメーカーでは三つの街だったが、そこは魔族たちの住む集落になっているらしい。魔王の城に乗り込む前に、ここを攻め落としておかなければ行けない」
ゲームのように魔物を倒しながら魔王の城へ、というほど単純にはいかない。他の集落を放置しておけば、その集落から魔王の城へ応援が向かう。つまり、三か所の集落を機能しない状況にさせてから出ないと魔王に挑戦できないのである。
「シミュレーションゲームか何かかこれ……」
「面倒ですね」
「……今は麓の魔物が待機するようになった場所の奪取を行うことになるだろう」
北エリアに攻め入ることはまだまだ先の話だ。少なくとも、アルディス側から北エリアへのルートを開通させなければいけない。そのため、まず最初に行うことは山道の手前に存在する、現在は魔物に占拠されている中継地点の奪取となる。
「魔物を倒すだけでいいのか?」
「いや、騎士たちがその場所に駐屯する必要がある。残っているかどうかも不明だし、建物の再建やら何やらが必要だ。物資はここから送るからいいにしても、待機するには住む場所が必須になるからね。もし奪取したら、俺たちの中から何人か、向こうに向かわなければならない。魔物が攻めてきたときに戦線を維持できる戦力が必要になる」
その場にいる騎士たちでも戦線維持は可能だが、一度奪取されているように、絶対に維持できるとは限らない。何か起きて一気に瓦解する可能性は少なくないだろう。それゆえに、異世界召喚者を支援として送る必要がある。
「…………」
「…………」
プレイヤーたちは無言になる。前線待機、というのは流石に実際に経験したことのある人間はいない。いつ魔物が襲ってくるかわからない緊張感のある戦場でずっと、となると厳しいだろう。
「まあ、今すぐ決める必要もない。中継地点の奪取を成功させてからでいいと思うよ」
ほっとした雰囲気になる。最も、結局後で誰が待機するかを決めなければならないのには変わりないのだが。
「……フィルマ、君は確か気配を感じることができるんだったかな?」
「そうですけど……何か?」
「いや、もし魔物が攻めてきたらすぐに教えてほしい。ブレイブがいない以上、君に頼ることになるからね」
フィルマの気配の探知はすでに実績がある。物見による魔物の侵攻の確認も不可能ではないが、フィルマの気配探知で気配が感じられる距離はそれ以上の範囲だ。実績がすでにある以上、それを頼りにしない手はない。
「わかりました」
「負担をかけることになるだろうけど、よろしく頼む。中継地点に攻め込むのは、流石に俺たちだけでは難しい。騎士たちも必要になるが……彼らの準備はまだできていない。先日の戦闘の影響もあって、どうしても時間がかかる。それが終わるまでは、俺たちは城で待機。ただし、フィルマの気配探知に魔物が引っ掛かった場合はすぐに動いて対処することになる」
全員が理解した様子で頷く。とりあえず、今すぐ動くわけではない、心の準備ができるのは彼らにとってはありがたいだろう。
「俺もそうだけど、実際どれだけ戦えるのか、チェックしないといけない。城で待機、となるけど、どうせなら訓練や城にいる人達と交流するなりしてほしい。部屋で休んでいるだけだと体が鈍るからね」
「ま、それくらいはな」
「回復アイテムとかこっちにはないのー?」
「それは城の人に聞いてほしいけど」
「感覚つかまないとなー」
それぞれ、やることがあるだろうと言うことで、話し合いは終わり、解散となった。皆がそれぞれのやることを確認しながら部屋から出ていく中、フィルマが一人佇んでいる。
「……北エリア、北方ダンジョン。南西、湿地帯の先の土塔のダンジョン、フマーレスト……この世界ではルブジェナですか。その沖の島のダンジョン……ここからではどうしても遠いです、流石に行けませんね。先輩の手助けをしたいところですが……いえ、島のダンジョンを攻略後、先輩にはノーヴェスの方に向かってもらって……そうですね、二方向から攻めるだけでは無理があります。やはり三方向から……」
フィルマが地図を確認しながら独り言をつぶやいている。フィルマはフィルマで、他のプレイヤーたちにない目線があり、それによる思案だ。最も、一人で決められることではない。後でオルハイムと直接話し合いをするつもりである。
「アルディスから騎士たち、マッフェロイ……ブルマーグから北にプレイヤーの少数精鋭、ノーヴェスから先輩。先輩なら、あの時みたいに一人で坑道を攻略できるでしょう……先輩の負担が大きくなりすぎですか」
最終的な思案において、フィルマの一番の不安はブレイブにかかる負担の大きさである。現状でブレイブは土塔の迷宮を目指しており、それを攻略すれば順番的に沖にある島の迷宮だ。そこからノーヴェスに回り込んで最北の迷宮に向かうとなると、移動距離だけでほぼ世界一周である。苦労は半端なものではないだろう。
「…………なら、私がなんとかすればいいでしょうね」
地図上において北方ダンジョンがあるだろう場所をみながら、ぽつりとフィルマが呟いた。