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戦勝を祝うパーティー。本来であれば、国を襲ってきた魔物を退治しただけで開かれるものではなく、魔王を倒すかそうでなくとも大戦果を挙げなければ開かれることはなかったはずだ。しかし、今回開かれることになったのは異世界召喚者と言う大きな力を持つ協力者、味方の紹介をするからである。
そのためもあり、パーティーの規模は大きく、国内に存在する貴族もほぼすべて集まっている。これない貴族も身内か代わりを立てており、ここで手に入れた情報は確実に伝えさせることを徹底している。それだけ今回のことは異例と言える事態である。パーティーの開始と同時に、王はプレイヤーたちを呼びその紹介を行った。今回のパーティーにおいて一番の重要ごとである。
王が自ら貴族に紹介し、さらには王は彼らの支援を行う。彼等こそ魔王を倒す、最大の戦力であることを王はパーティーに来た貴族たちに告げた。それはすなわち、彼らに手を出すことは王に対し敵対することと同じだ。支援を行うと言うことはそういうことになるのである。それだけの存在であることを理解し、また王は訪れた貴族達に支援を行うことを頼む。もちろん、自主的にではあるが。
この支援の助成を頼むのは、支援を行うことで成果の一部を受け取ることができる、という意味だ。すなわち、魔王討伐に関しての成果である。もちろん、彼らがいなければ魔王討伐できないと言うわけではないが、魔王討伐に貢献したと言うことにはなるだろう。それは発言力、権力の強化につながるし、異世界召喚者に手を貸したと言うのは立派な行いだと言う称賛もあるだろう。少なくとも、悪くは言われない。彼らは支援しない選択肢はないにしろ、どう支援するか何を支援するかを話し合うことになるだろう。
そんな貴族たちの動きはさておいて、プレイヤーたちはパーティーを楽しんでいる。最初に挨拶をさせられたことや、王の支援の表明をわざわざ行ったことなど、このパーティーが単なるパーティーでないことには察しのいい人物たちは気付いている……と言うか、気づいていない方が少ない。最も、その深い部分、意図や意味までは把握していない方が多いだろう。多少理解していても、そこまで重要視していない、気にしていない者もいる。
「あ、えっと、ヘルヴィレナ姫」
「あ……確か、リュージ様でしたね」
若干気落ちしている風なヘルヴィレナに対しリュージが話しかける。彼女が気落ちしているのは自身の行いに関しての問題であったり、プレイヤーと積極的に会話することを禁じられたことに由来する。彼女の後ろにはファロットがついており、彼は彼女の行動の監視、抑制のためでもあった。しかし、リュージから話しかけられたとなるとそれを断る、今日秘することもできない。
「なんか元気ないけど、どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないですよ……それより、どうしました?」
「いや、元気なさそうだからどうしたのかと思ってさ」
どうやら単に気落ちしていたヘルヴィレナを心配しての様子だ。
「大丈夫ですよ。少し今後のことを考えていただけですから」
「そっか。一応、ほら、パーティーだし、楽しまないと。ここで一人でいてもつまらないだろ」
そう言ってリュージは姫の手を取る。ヘルヴィレナは王族である以上、手を取るなどと言う迂闊な行いをするのは本来よくない、よくないどころか下手をすればその場で切り捨てられかねない。最も、リュージ達はこのパーティーの主役であり、華やかな場を地で汚すことができるわけもなく、リュージを咎めることもできない。
「リュージ殿、そこまでに……」
「話すくらいいいだろう? 俺たちの住んでいる世界のこととか、こっちの世界の事とか、色々と話すくらいなら」
リュージは真っ直ぐな性根で、傍から見ると何も考えていないように見え無くもないことも多いが、これで意外と聡い。特に、本能の面で直感的に動く面においては強い。それが、ヘルヴィレナを誘うことに繋がったのだろう。ファロットとしても、単純に断るのは難しい。断る理由が存在しないからだ。
「仕方ありませぬ。姫様、あちらのお話を聞くくらいならばよろしいでしょう」
「本当ですか?」
「ええ。ただ、こちらのことは姫様が知りえることで話せることは少ないでしょう。聞きに徹するのでございまする」
流石にその言葉の意味は理解できる。何も話すな、と言うことだ。別にヘルヴィレナをいじめたいわけではなく、プレイヤーたちに姫がこのようなことを言っていた、姫がこういうことを頼んだと言う言質を作りたくないからである。用心深いように見えるが、それだけプレイヤーたちは危険視されている。
「はい、わかりました。リュージ様、エスコートをお願いします」
「え、あ、ああ……」
エスコートなどしたことないリュージはそれを頼まれかなり困惑気味である。経験がないことはヘルヴィレナもファロットも理解している。リュージのように経験がない場合は手を取り連れていくくらいで十分だと言えるだろう。
「あの動きは予測できないよねー」
「あっち、困ってるだろうな」
プレイヤーたちがそれぞれ集まっている中、その輪から外れている一人のプレイヤーがいた。パティと会話していることからわかるが当然ブレイブである。
「ほら、これ食べよ」
「……いや、いいから」
ブレイブは今のところ食事に手を付けていない。飲み物にもである。それは毒や薬を警戒しての行いだ。当たり前だが、この場所はパーティー会場であり、そこにある食べ物には他の人間も手を付ける。そんな食物に毒が入っているわけはないし、ここでそういったことをするくらいならばその前の食事に毒を入れているだろう。それ自体はパティもわかっている。
「変なの。気を付けるならここだけじゃないでしょ」
「……まあ、そうだけどさ。ここだと不特定多数だし」
「私たちがやったことにしたいとか、そんなこと? 心配するだけ無駄だけど」
プレイヤーが毒を仕込んだ、などと言われる可能性や、様々な可能性を考えられるが、ここには不特定多数の人間がいる。中には王に従わない、敵対気味な貴族もいるかもしれない。そんな気持ちもあるのだろう。はっきり言ってパティの言うように心配するだけ無駄と言うものだが。
「でも、これは大丈夫だよ。私が食べたものだから」
「……高性能だなあ」
パティは毒味の機能もついているようだ。実に高性能、便利な存在である。パティから皿を受け取り、その料理に手を付ける。王族の開く催し、貴族も訪れる以上その料理は上等なものだ。最も自国が飽食と言われるくらい様々な料理にあふれるお国柄の国民、そこそこに美味ではあるが特別うまいと言うほどでもない。好みの問題もあるだろう。
「……パティ、大丈夫なら、あっちにもっていってやって」
「ん……そうだね。おいしいものだし、何も食べないのも寂しいもんね」
皿を二つ、手に取り毒味をし、パティは大丈夫と判断する。その皿を持ち、とある方向へと向かった。
ブレイブと同じように、このパーティーの中で物を食べていないプレイヤーがもう一人いる。それはパーティーのまとめ役であるオルハイムだ。彼はプレイヤーたちのリーダーのような役割を引き受けており、もっぱら王と相対し会話するのは彼の役目と言うことになっている。もともとリーダーをやっているからリーダーになったのもあるが、上位者との対話になれているというのも理由の一つだ。
「楽しんでおるかね?」
「これは、国王様。ええ、楽しんでいます」
オルハイムはそういうが、オルハイムが料理や飲み物に手を付けていないことは王もわかっている。王も相手が警戒しているのをそのことから読み取る。自分たちも同様であるのだから責められるものではないし、それくらい注意力があるほうが信用できる。仮にそうでなくても、使う分には問題がないと考えられる。前者であれば利害が一致すればいいだけで、後者はうまく同情を誘うなど善意を利用したやりようがある。
軽く会話を行い、多少今後のことについての言及も含めるが、オルハイムはその内容をある程度把握し躱す。現時点で受けてもいいことは頷くが、それでも確約はしないなどうまく言葉を運ぶ。彼らが会話している中、パティが料理を持ってきた。
「オルハイムさん、料理だよー。食べてないでしょ」
「え……その、えっと、パティだったかな? ブレイブ君にたのまれたのか?」
「違うよー。食べないのもったいないからね。はい、私が食べてるから安全だよ」
そのパティの言葉にオルハイムは硬直する。二つの意味合いで。
一つはパティが手を付けている、と言うことだ。人の食べた物を食べるのは正直オルハイムの常識としてはどうかと思う所である。しかし、二つ目の硬直の意味、そのパティの言葉に含む意味を受けてのものもある。パティは自分が食べているから安全だ、と言っている。それはつまり、オルハイムが食べない理由を理解していると言うことである。善意ではあるが、どうしたものかとも思うが、パティが渡してくるものを受け取らないと言うわけにもいかない。他の人、具体的には国王にもみられているのだから、断るには難しい。いや、パティが手を付けたと言うことを理由にすればいいのだが、パティは人間ではなく人形のようなものであるため微妙に人が手を付けた物とは違う。パティ自身が人間のように見えるのだから理由としては通るとは思うのだが。
最も、オルハイムとしても、食事を全くしないと言うのもつらいし、安全だと言うのならば食べてもいいだろうと判断し、受け取ることにした。パティが手を付けたことについては置いておくことにしたようだ。
「それじゃあねー」
「……あの子は読めないな」
パティを見送り、オルハイムはつぶやく。プレイヤーでないパティはオルハイムとしては一番わかりにくい相手である。
「ふむ、あの小さい娘は一体どのような者かな」
「ああ、すみません。あれは仲間の魔術師の使い魔です」
「……使い魔か」
一応国王も魔術師の持つ使い魔に関しては知っているが、この世界の使い魔はスキルメーカーの使い魔とは全く違うものだ。少なくともパティのような人間染みた使い魔は存在しない。その後も二人は会話を続けている。
「戻ったよー」
「そっか。それじゃあ、ちょっと外出ようか」
そう言ってパティを連れてブレイブはパーティ会場の外に出る。パーティー会場内は多少監視されているものの、人が多いためどうしても気づかれない動きもある。ブレイブが会場外に出ることもまたその一つだ。
「パティ、出るなら今だよな?」
「……決めたの?」
「ああ。城の外に……ここから外に出る」
「理由は……後で聞くね」
ブレイブは城を出る。それをパティに告げた。