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ブレイブの張ったバリアが破壊されると、バリアの向こう側にいた魔物たちが流れ込む。横から抜けるのにはかなり長めのバリアだったため、破壊するしかなかったようだ。
バリアの向こうに残った魔物の数はおよそ百二十ほど、それに対して戦える騎士たちの数は百、死んだ騎士を除いて傷ついた騎士の守りや退避を考えると八十程しか戦闘には参加できない。仮に一人一体としても四十ほどのモンスターが自由に行動できる。そして一人一体は実質不可能、拮抗以上にしたければ二人はいなければ厳しいだろう。
この場にいるプレイヤーは七人だが別働中の百体に向け空を進むブレイブ、戦闘よりも治療優先のシャイン、不意打ち向きでむしろ連絡要員のジャックは除いて考えるべきだ。つまり、この場で直接戦闘向きのプレイヤーはフィルマ、リュージ、オルハイム、後衛にツキと言った所だろう。
「フィルマ! 強いモンスターのヘイトを稼ぎこちらじゃない方に誘導を頼む! ツキはシャインと後方に、ただし弓での支援を頼む! リュージはモンスタの群れの右側から、俺は左側から攻める!」
オルハイムが早急に支持を出す。乱戦は良くないのは確実だ。しかし、実質四人ではどうしようもないと言える。オルハイムはプレイヤー側に指示を出すと、騎士たちに視線を向ける。
「騎士の人達は俺の指揮に入ってほしい! このまま闇雲に戦って死ぬか、それとも俺に従い戦って生きるか、英雄の仲間入りをするかを選べ!」
オルハイムの指揮は単純に本人の指揮能力だけではない。一種の連携、連絡のスキルを用いた連携力の強化が行われる。流石にパッシブスキルではないが、このスキルにより彼のチームに入った場合、戦闘中だけ微妙に他者の感覚がわかり、仲間の攻撃に合わせた攻撃ができたり、フレンドリーファイアを起こす事がなくなったりする。このスキルはかなり無意識的な感覚に影響するため、その影響を受けていてもわかりにくい。オルハイムの持つスキルの隠し玉、ユニークスキルである。
オルハイムの言葉を騎士たちが受けるのか。目の前の現実に、騎士たちは恐怖を抱き、今にも逃げだしそうな状態だ。そんな中に駆けつけてきた戦士たち、その中でも堂々としたオルハイムの立ち姿や魔物に剣を向けるリュージの姿、先ほど自分たちの間を縫ってモンスターを切り裂いたフィルマ、それらを見て、プレイヤーたちと一緒に戦えば勝てるのでは、自分たちはまけずに、生き残ることができるのでは、とわずかに希望を灯す。
希望とは尊い光のようなものだ。それを見てしまえば、得てしまったらなかなか捨てることは出来ない。仮にそれが無謀で、死に向かうものであっても、彼らはそれに縋っただろう。
「おおおおおおおおおお!!」
一人の騎士が叫び、剣を掲げる。それに倣うかのように、他の騎士たちも剣を掲げた。戸惑った騎士もいるが、九割ほどは剣を掲げ、魔物たちに敵意を向ける。魔物たちもいきなり叫びをあげた騎士たちの力強さに、少しだけ勢いを弱める。
そんな魔物たちの頭上をフィルマがブロックの魔法を併用し駆けていく。フィルマの気配探知でおおよその強さを判断し、後ろの方に回すには少々手が余るような、少し強めの魔物に宙から降りて斬りつける。その後はまた空中へと跳躍し、同じことを繰り返す。
フィルマの引き付けた魔物はおおよそ五十ほど。斬りつけた魔物だけでなく、その周囲の魔物もフィルマを追った結果だ。少々後ろに向き、離れたところでフィルマはおり、魔物たちの相手を始めた。
「騎士たちは中央で二列に分かれ、魔物の相手を! 後ろの一人が間から攻撃できる隙間を作り、後列は相手の隙を突き前の騎士を支援! 中央だけでいい! 左右は俺とリュージが対応する!」
指示を出し、迫ってくる魔物に向かっていく。左側の抑えをオルハイムが担当し、リュージも指示通り右側の抑えをする。騎士は中央で魔物の群れを受け止める。単純な数の上では相手の方が多いが、向かってくる魔物がそのまま全て攻撃できるわけではない。仮に四十人の列に魔物が向かっていけば、前方から攻撃できる魔物は四十程になる。間隙を縫って攻撃するには魔物では少々知能が足りず、場合によってはもう少し数が少なくなる可能性もあるだろう。もちろん、単純に前から攻撃するのではなく横に抜ければいいだけだが、そこを抑えるのがオルハイムたちだ。
前列の騎士が盾を構え、防御を優先し、その魔隙から後ろの騎士が剣で前の騎士が相対している魔物を斬りつける。堅実だが、本来は実行が難しい話だ。連携力がいるし、今までこのような戦い方はやったことがないため、経験も足りていない。しかし、それをオルハイムのスキルにより補助されている。それが成功につながっていた。
左右に分かれたオルハイムとリュージは、魔物を抑えながら、少しずつ削る。彼らはスキルメーカーのトップレベルのプレイヤーであり、今彼らが相手をしている魔物たちはスキルメーカーにおいて、北エリアの魔物より少し弱い程度だ。一対一であれば割と余裕をもって倒せる相手だ。しかし、実際には複数であり、彼らが戦っている舞台はゲームではなく現実だ。ゲームではない世界での戦いは、ゲーム以上に精神を削り、恐怖を抱かせるものとなるだろう。牡丹が考えたように。
最も、オルハイムはその理性、意思で恐怖をねじ伏せている。リュージは、正義心や守る意思がそういった恐怖を払っている。彼らには、戦う意思、理由があった。だからこそ、戦いの舞台に怯えず進むことができる。
それに対し、フィルマは少々別物である。
「これで最後、ですね」
連れて行った五十程の魔物はフィルマによって全て切り捨てられていた。フィルマはそれに対して躊躇や罪悪感はない。
「……あっちは問題なしですか。なら私はこちらの手伝いでいいでしょう」
フィルマのいる場所は魔物の群れの後方だ。後ろからの不意打ちを仕掛ければ魔物たちは不意打ちを受け、振り向く前に致命的な傷を負わせることができるだろう。彼らも、前方に敵を抱えている以上全てを後方に回すことは出来ず、仮にすべてを後ろに回すようであれば前からの攻撃を受けることになる。そこで問題となるのは数であり、逃げる、抜けるのであればフィルマを相手にした方がいいだろう。最も、それを判断できる魔物は遠くにいる百の魔物の群れにいたのだが。
「ケンタウロス?」
「半人半獣、だけどあれは亜人とかそういうのじゃないから安心していいよ。魔物……というか、魔族とかそういうのだから」
ブレイブが上方から下を見下ろしている。彼等はブレイブの姿を認識していないのか、動く様子はない。ブレイブの行ったことは遠方からバリアを張ったことだけであり、その後にフィルマが横を抜けて敵陣に参加し、彼らの視線はそちらの方に向いたためブレイブには気づかなかったと見ていいだろう。つまり、今ブレイブは完全に彼らの隙をつけるのである。
「あれは意思もあるし、会話もできるけど……まあ、人類の敵で相容れない存在だから殺しても問題ないよー」
「それ聞くと殺しにくくなるんだけど?」
意思のある生物、明確な知性を持つ生物、会話ができる生物、人間は自分たちに近しいか、自分たちと共にいられるような生物相手ではなかなか躊躇なく殺すと言う選択を持つのは難しい。
「でも、彼らは生かしておくわけにもいかないよ? 生かしておいたら、確実に人間に仇なす。そういう生き物だからね」
「…………仲良くなるのは不可能だと?」
「そういう生き物だから。私達と同じ、運命というか宿命と言うか、生物としてそういうものに縛られている。仲良くなりたいと思っても、不可能なんだよ」
ブレイブとしても、別に殺すことを嫌だと言うわけではないが、やはり躊躇はある。例として仲良くなることを上げた物の、実質的に相手が襲ってきている、王や姫の話を聞いて、魔王が敵として存在していることはわかっている。あれだけプレイヤーたちの目の前で話していれば聞こえて当たり前だ。意図的に聞かせようとしていたのか、それともそこまで気が回らなかったのかは不明だが。
実質的に、これは戦争だ。種族同士の戦争、どちらかが滅ぶまで戦うような戦争と言える。創作物においてはよくあるケースだが、実際それに参加することになるとやはり戸惑いがあるだろう。
「ブレイブ……どうするの?」
パティがブレイブを心配そうに見ている。ブレイブに判断させることが精神的負荷にならないか、心を折らせるような結果にさせてしまうのではないか、トラウマを作るのではないか、色々な心配事がブレイブに起きるのではないかと思ったからだ。
ブレイブはそんなパティの表情を見て小さく息を吐く。
「大丈夫。最初から、覚悟は決めてる」
空に火の魔法が展開される。空を覆いつくす火の雨。流石に空を埋め尽くすほどの熱と光源ができれば魔物たちもそれに気づく。指揮官であるケンタウロスの魔物が空を見上げ、何か言葉を発している。しかし、彼らに空中にいるブレイブを攻撃する手段はない。魔物の移動が始まろうとした。
「ファイアーボール」
火の雨が魔物の群れを襲った。魔物たちはその有効範囲から逃げきることは出来ない。ブレイブが逃がす程甘い効果範囲にすることはない。一撃で倒れることはなくとも、火の雨はまるで本当の雨のように無数に降り注ぐ。一度展開しただけの量ではない。落とした先から新しく生成され止むことがない。二撃、三撃と喰らえば、死なずとも逃げられるほどまともに動くことは出来なくなる。そして、火の雨を受けその命が消える。
指揮官の魔物は火の雨の中、自分に落ちてきたそれを払いつつ雨の中を抜けていく。いくらかは体に受けるものの、他の魔物と違い魔族である彼はそこそこ頑丈で、恐らくは十数発受けてもまだ耐えられるだろう。その機動力を生かして逃げようにも、周囲に存在する魔物が邪魔で逃げづらい。場合によっては味方である魔物を殺してなんとか火の雨の射程範囲の外まで逃げきった。
「よし、なんとか逃げきれたぞ!」
魔族は歓喜した。これで生き残ることができると。その歓喜の直後、炎の槍が彼の体を貫き、爆発炎上させた。最後に歓喜のまま死ぬことができたのは他の魔物たちよりも幸運だったかもしれない。