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「異世界…………そんな…………」
一目見た牡丹の表情は愕然とした、絶望感の混じる表情だろう。少なくともアルフレッドには彼女はそのような表情であると感じられた。今の今まで、誰も牡丹の様子を案じたことはなかったが、最初からこのような感じだったか、それともここで諸々の事実、異世界であることを知ったことによるショックか、それを判断することは出来ない。
ただ、このままではいけない。そう考えてアルフレッドは他の出て行った皆を追いかけるように、牡丹の手を引き謁見の間から出て行った。
「牡丹、おい、大丈夫か?」
「……………………」
アルフレッドが牡丹に問いかけても無言を返される。彼女にとって本当に仲間と言えるプレイヤーたちではないのだから、仮に何か思っていることがあっても言いにくいかもしれない。しかし、この世界に他の仲間はいない。
「牡丹……何かあるなら、行ってくれないと俺たちにはわからない。今、お前のことをわかるのは俺たちくらいだろう?」
「…………あなたに私の何が分かるのかしら? 何を知ってるっていうの?」
牡丹がアルフレッドをにらみつける。
「あなたたちは、異世界に来ても、どうせそれほど問題じゃないんでしょ? 私は大問題よ……」
「……牡丹?」
いつもの牡丹と雰囲気が違う……いつもの、と言えるほど彼女について知っているわけではないが、ボス前からの付き合いとはいえ、ある程度牡丹の雰囲気、言葉遣い、それらが分かっている。姉御肌、と言えるくらいに男前な雰囲気を持つのがアルフレッドが知っている牡丹だ。他のプレイヤーも恐らく同様であり、そして彼女と仲のいいプレイヤーたちもそれについては同じ印象を抱いているだろう。
しかし、もし彼女の友人……リアルの友人がいれば、その反応に苦笑を浮かべるか、可笑しいと笑っていただろう。
「下手したら、この世界から戻れないかもしれない、それを考えたりはしないの? それ以前に、モンスターと本当に殺し合いになることには? 今の体のまま、私達は生きなきゃいけないかもしれない……そんなふうに思わなかったの?」
「飛躍しすぎだ。俺たちはやることをして戻ればいいだけ……」
「戻れるかどうかもわからないじゃない! だいたい、なんで勝手に呼ばれて戦わされるわけ!? そんなの、ここの人達で解決することでしょ!」
彼女の意見は本来あってしかるべき内見である。むしろ、ブレイブやリュージの意見、他のプレイヤーの反応の方が奇妙に感じられる方が多いだろう。最も、彼らも完全にブレイブやリュージの意見を受け入れているわけではないし、それぞれ様々な考えの下で動いているのだが、彼女から見れば全員リュージの考えに賛同して動いたようにしか見えないだろう。
「……だが」
「それに、私はこの体でいなきゃいけない……帰れなければ、ずっとこの体でいるなんて……嫌、絶対に嫌!」
「それはどういう意味なんだ?」
「身長が高くて筋肉隆々なんて可愛げのない女性になるなんて嫌に決まってるわよ!」
その牡丹の発言に思わずアルフレッドの思考が停止する。単純に発言を聞いて意味が分からなかったのである。
「……まさか、そのPCも、今までの行動も全部ロールなのか?」
「当たり前でしょ? あんな風にしゃべる人が現実にいてたまるもんですか。現実の私は……私は……ま、まだ可愛い方よ!」
流石に自分で自分を可愛い、というには自信がない方だったようだ。いや、むしろそれは謙虚だからだろう。実際の彼女は、筋肉なんてないごく普通の女性だ。最近腹回りについてきた贅肉が気になる程度。なお、実際の可愛さは素面で中の中くらいである。
「………………言いたいことはわかった。だが、このまま座して待つだけか?」
「……戦うの、怖いわよ。なんで他の人たちは普通に戦おうって思えるの? ここは異世界、現実なのよ? ゲームじゃないのに……」
直接戦わないシャイン、遠距離攻撃のできるブレイブやツキはともかく、近接戦闘を行うプレイヤーにとっては、本当に死を間近に感じる恐怖だろう。また、相手に攻撃されるだけではなく、自分が攻撃する場合も、人によっては嫌悪や恐怖を感じるはずだ。命を奪う、命あるものを殺す。たとえそれが魔物と呼ばれる人類の敵であっても、それに対する忌避感を持っていてもおかしくはない。
「わかった」
「え?」
「牡丹、お前は直接戦いに出る必要はない。代わりに……シャインや、前に出てきている非戦闘員を守ってやれ」
「…………」
アルフレッドの提案は牡丹に護衛を任せることだ。護衛であれば、前線で他のプレイヤーたちがモンスターを通さなければ戦闘を行うことはない。少しだけ、牡丹の心は揺れ動く。
「お前は俺が守る。だから、頼む」
「…………戦えるか、わからなくてもいいなら」
アルフレッドの力強い言葉、覚悟のこもった言葉で牡丹はひとまず提案を受け入れることに決めたようだ。ただ、実際に彼女がいる場所までモンスターが訪れた場合、彼女が護衛として守る行動をとれるかはわからない。もしかしたら固まって動けないかもしれないし、逃げ出すかもしれない。護衛としては不安定だろう。
「ああ。構わない。お前のところにモンスターを通さない。約束する」
「……うん、わかった」
そんな話を城の廊下でアルフレッドと牡丹が話しており、陰で兵士や従者の類がそのドラマを見守っていたころ、ブレイブは空中を駆け、戦闘真っ最中の前線上空にいた。
「まさかこんなことになるなんてね」
「まあ……そうだな。でも、パティは知っていたんじゃないか? 前からいろいろわかってたよな」
「うーん……まあ、そういうのは後でね」
やはりパティは個々のことも何か知っている様子だ。後で、と言っている以上今すぐ喋るつもりはないようだが……そもそも、現在は戦闘突入前なのだから、悠長にしゃべっている場合ではない。それを考慮しているのかもしれない。
「乱戦中ー」
「囲まれてる……というか、あっちにもいるな」
囲まれていると言っても四方ではなく、前と横の三方である。何とか生き残るために戦っているようだが、多勢に無勢が過ぎる。何体かは横をすり抜けようとしているのが見てとれるが、まだ抜けきったものはいない。代わりに、騎士たちは徐々に後ろに下がり、前線を下げているのが現状だ。だからこそ抜けきったものがいないのだが。
「ひとまず、分断と行こうか」
「座標、共有するね。突き出ろーって感じでいいよね?」
「バリア!」
「バリア!」
二人が魔法を使う。バリアの魔法だが、この魔法は展開の仕方が他と違う。いや、正確に言えば複数の展開の仕方があるのだ。自分から一定距離まで攻撃の侵入によって展開させるオート型、空中に突如発生させるシールド型、そして地面からにょきっと生えさせるウォール型。この場に出てくる前に窓を開けるために使ったバリアもこのウォール型である。それぞれ特徴があるが、オート型はどうしても自分の近場にしか展開できない欠点、シールド型は座標を正確に把握しなければならない欠点、ウォール型は伸びる時間が少しかかる欠点などがある。それでも、欠点は逆に言えば長所にもに繋がる。ウォール型では窓を開けるように使用する、物理的に押しだす力が発生するなどだ。
発生したバリアは地面から伸び、騎士たちを襲っている魔物と、その少し奥にいる魔物の間で発生し、魔物たちを分断した。また、その過程で跳ね上げられた魔物もおり、それらが奥の方に転がり魔物を押しつぶしたりもした。最も、前の方にも転がってきたため、騎士が思わず被害を受け層になったりしたが。
「先輩、味方の救助は私が行きます」
空中に滞在していたブレイブの横を、そんな言葉が後ろから発生し前に消えていった。フィルマがブレイブと同じように空中を駆け抜けていったのである。フィルマはブレイブのように空中に残ることはなく、そのまま騎士たちの戦闘の場に突っ込んでいき、魔物を攻撃し始める。一撃で葬り去れる場合もあるが、できるだけ傷をつけて自分に怒りを誘導させる形だ。騎士についている魔物の数を減らす、それが現在の最重要項目である。
「……速いなあ」
「抜けてっちゃったね。こっちは他の人たちに任せて、私達はあっちにいこっか」
そう言ってパティが指示したのは奥、前線まで出てきていない百の部隊。そして、パティの視線は後ろ、下の方を見ている。つられてブレイブが見ると、フィルマやブレイブの動きに遅れ、リュージ達が前線へと駆けてきている。
「こっちは彼らに任せて、奥のあのリーダーか指揮官かわかんないけど、あのボスっぽいの倒そうよ」
「統率が弱まれば、モンスターが弱くなる可能性もあるかな? ならやってみる価値はある……かも」
騎士隊が壊滅する前にリュージ達が間に合い、バリアによる隔絶したモンスターに関しても彼らに任せれば問題ないだろう。そう考え、ブレイブは奥の百態へと向かう。バリアが残っているが、今回張ったバリアは枚数的にそろそろ破壊される頃合だ。バリアが破壊される前に、騎士隊はなんとか自分たちに残されたモンスターを倒し、フィルマも自分に寄ってきたモンスターをあらかた倒したところでリュージ達が合流、シャインの治療を騎士たちが受けている。
騎士たちの犠牲は少々大きいが、それでもまだいける状況だった。そして、バリアが割れ、彼らの闘いの二回戦が始まった。